サンフランシスコ海戦
一九五六年三月十三日、メキシコ合衆国カリフォルニア州、サンフランシスコ。
パナマ運河が破壊されたという報は直ちに草鹿大将と辻中将にもたらされた。特にこの件で影響を受けたのは海軍の方である。
「和泉、これでカリブ海から援軍を得ることは不可能になった。パナマ運河を通過したのは空母二隻と駆逐艦二隻のみ。これではとても、アメリカ海軍と戦うことなどできない」
「私にサンフランシスコから逃げろというのかな?」
「実に遺憾ながら、その通りだ。こんな所で君を失う訳にはいかないのだ。一度撤退し、連合艦隊の集結を待って捲土重来を図るとしよう。少しの辛抱だ」
「だからと言って、アメリカ軍ごときに背を向けるなんて不愉快極まりない」
「和泉……。現在の状況が分からない君ではあるまい」
「馬鹿にしないでくれるかな。勝てるとは思ってないよ」
和泉とて、空母二隻の援護だけでアメリカ海軍の半分に勝てるなどとは思っていない。
「なら、すぐに撤退すべきことも分かるだろう」
「勝てるとは思っていないが、逃げるのは癪に障る。奴らの戦艦を一隻くらい沈めてから逃げることにするよ。引き際くらいは弁えている。君達も、何もせずに敵前逃亡なんて嫌だろう?」
「それを敵前逃亡とは呼ばないが……まあいい。好きにしたまえ」
草鹿大将は連合艦隊司令部ごと和泉に命を預けることにした。和泉はサンフランシスコを出港し、まずは敵に利用されないよう港湾を徹底的に破壊することにした。
「はぁ。私の初実戦の相手が港だとはね」
「まあまあ。大抵の軍艦はあっという間に沈んでしまうんだ。陸上を狙った方が君の主砲の威力がよく分かるだろう」
「そうは言ってもね」
和泉はやれやれと溜息を吐きながらも、サンフランシスコの港湾に主砲の狙いを定めた。
「主砲、撃ち方始め」
艦橋にも上がらず、やる気のなさそうな雰囲気で和泉は言った。9門の51cm砲が火を噴き、サンフランシスコ沿岸の岸壁などを木っ端微塵に粉砕した。一撃で、そこに港があったかどうか分からなくなるまで破壊されたのである。アメリカ海軍が制海権を握っても、そう簡単に上陸することはできまい。
「で、アメリカ軍はいつ来るんだ?」
「およそ3日後だと思われる」
「え、じゃあ、港を破壊するのはもうちょっと後でよかったんじゃないかな?」
「アメリカ空軍が攻撃してくる可能性もある。破壊できる時に破壊しておくべきだろう」
「ああ、それもそうだね」
という訳で、和泉、信濃、大鳳、峯風、涼月というバランスの悪い小部隊は、アメリカ海軍の攻撃を洋上で待ち受けることにした。
○
さて、そのアメリカ海軍第1艦隊を率いているのはフレデリック・カール・シャーマン大将である。大東亜戦争においては空母機動部隊を率いて日本侵略の先鋒となった男であるが、特に裁かれはしなかった。70歳近い老人であるが、マッカーサー元帥などの例と同様、退役することは許されなかった。
和泉がサンフランシスコの沿岸を瓦礫の山にしてから3日、第1艦隊はサンフランシスコのすぐ北に到着していた。
「敵は和泉、信濃、大鳳、駆逐艦二隻のみです」
「連合艦隊旗艦、和泉……。沈められたら大戦果なんだがねえ……」
「敵はほんの僅かです。今ならやれます!」
「逃げられるかもしれないし、こちらにも相応の犠牲が出るだろうね」
「いや、しかし、和泉型戦艦が三隻も揃ったら勝ち目は全くありません! 閣下、ここは全力を投入すべき時です!」
「分かっているとも。しかし、和泉型戦艦の速力は我々のハワイ級よりも上だ。砲撃戦では不利になったところで逃げられるだけだろうね」
「では、航空戦力で沈めましょう!」
「うむ。それがよかろう。全空母の艦載機を出撃させ、和泉への総攻撃を行うんだ」
第1艦隊はその全ての空母を全力で稼働させ、合計でおよそ800機の艦載機を出撃させた。
○
「て、敵の艦載機はおよそ千! とんでもない数です!」
「一個艦隊の全力なんだ。それくらいになってもおかしくないだろうが……これは流石になあ……」
流石にこれと戦うのは無理だと草鹿大将は考える。しかし和泉に退く気は全くないらしい。
「アメリカの艦載機が何機来ようと、どうということはないよ。草鹿、この場の指揮は私に任せてもらってもいいかな?」
「ああ。戦術次元のことなら好きにしてくれ」
「安心していいよ。私も死にたくはない」
和泉は艦橋に上がり、信濃と大鳳に通信を繋いだ。
「信濃、大鳳、君達は敵に突撃して隊列を乱しておいてくれ」
『それだけでよいのか?』
「ああ、それだけでいい。近寄る敵は全て私が落とす。よろしくね」
『承知した』
『は、はいぃ……』
信濃と大鳳は飄風を発艦させると敵部隊に突入させ、和泉から北に80kmほどの地点で会敵して、敵の群れの中で暴れ回ってその隊列を大いに乱す。しかし流石に数の差があり過ぎて、爆撃機や攻撃機を集中的に狙っても、50機も落とせなかった。
「信濃でも大して落とせない、か。まあいい。そろそろかな」
和泉の電探は接近する無数の機影を精確に捉えている。そしてそれらが50kmまで近づいた所で、主砲一斉射を開始した。