第三次世界大戦
一九五六年三月十日、アメリカ合衆国コロンビア特別区、首相官邸ホワイトハウス。
「ついに、この日が来てしまったか……」
アイゼンハワー首相はアメリカへの軍事制裁決議案が可決されたことを聞き、大きく溜息を吐いた。いずれこうなるとはわかっていたし、三帝会談にドイツが背く訳がないので、特に驚くことはなかった。
「もし戦争になったら、我々はお終いですね」
ニクソン副首相はどこか他人事のように言う。
「いや、それはそうとも限らないぞ」
「ほう? 首相閣下には世界を相手に戦争して勝てる見込みがおありなのですか?」
「確かに世界が相手だが、世界が一枚岩になっている訳がない。日本、ドイツ、ソ連は恐らく、別々に動くだろう。そこに勝機を見出すことはできる」
「まさか、閣下は本当に勝つつもりなんですか?」
ニクソン副首相はアイゼンハワー首相の気が狂ったのではないかと疑った。が、幸運なことにアイゼンハワー首相は正気であった。
「勝てるかもしれないと言っただけだ。負ける可能性の方が遥かに大きい」
「そうですか。では、国連の勧告を受け入れて、キューバから撤退しますか?」
「そうすべきだ。だが、そんなことをしたらどうなるか、君も分かっているだろう?」
「第二次南北戦争になりますね」
「ああ。それは、それだけは、避けなければならない」
「世界と戦争するよりマシなのでは?」
「それはそうとも限らないぞ。内戦になれば、アメリカは二つか、或いはもっと多くに分断され、それは恒久的なものになるだろう。アメリカ合衆国は地上から消滅する。だが、世界と戦争をして、国際連盟に降伏することができれば、アメリカという国家自体は存続することができる。もちろん私達は死刑になるだろうが」
キューバ戦争を推し進める連中を黙らせるにはアメリカを国際連盟に占領してもらう他にない。アイゼンハワー首相は最悪な未来を思い描いていた。
「私が処刑されることは別に構いませんがね、本当にそれで国家が存続できますか? ドイツと日本とソ連に分割されて、国が三つに割れるかもしれません」
「分かっている。その可能性は残っている。だが、内戦をすれば確実にアメリカは消滅するが、国際連盟に降伏すれば存続の可能性がある。どちらがいいかは、考えるまでもあるまい」
「ですが、国連と戦争になれば、どれほどの犠牲が出るかは計り知れません。一千万は下らないでしょう。内戦ならば、精々は百万程度で済むかと」
「それでも、国家を存続させなければならない。一千万人を犠牲にしようと、我々は国家を存続させる義務を負っているのだ」
「国民あっての国家では?」
「その論争は無意味だ。やめておけ」
「これは失礼を」
内戦か戦争か。結論が出る筈もない。だが、国際連盟はアメリカに対し最後通告を叩き付け、アメリカはそのどちらかを選ばなければならなかった。
「――そもそも我が国はソ連一国にすら国力で劣っている。世界を相手に戦争ができる訳がない。だが、戦わずして屈服したという歴史を、歴史書に残す訳にはいかない。我々は断固としてこの不条理な侵略に抗い、自由民主主義の精神が不滅であると世界に示し、そして死ぬのだ」
アイゼンハワー首相は高級将校らを集めてそう告げた。国際連盟の脅しに屈し、しかも内戦で分断されるなどという恥辱の歴史を、残す訳にはいかないのだ。
「だが、やるからには妥協はしない。勝つ気で作戦を立案し、実行する。あわよくば……あわよくば国連軍を撃退し、独立を守り抜くことを期待する」
アイゼンハワー首相はかつては連合国軍最高司令官を務めた男だ。この大戦争に血が騒がないと言えば嘘になる。それに、本当に針の穴ようなものではあるが、僅かな勝利の可能性を彼はまだ諦めていなかった。
○
一九五六年三月十一日、メキシコ合衆国カリフォルニア州、サンフランシスコ、大日本帝国陸軍北米方面軍司令部。
先の大戦でメキシコに返還されたカリフォルニア州であるが、その防衛はほとんど日本軍が担っていた。カリフォルニアを守る北米方面軍の最高司令官は辻政信中将である。辻中将は大東亜戦争において「作戦の神様」などと讃えられていた男であり、今は亡き石原莞爾大将の腹心としても知られている。
「閣下!! 一大事です! 国境から数え切れないアメリカ軍機が押し寄せて来ています!」
「な、何!? 先制攻撃だと!?」
「詳細は不明ですが、数千機規模の攻撃です!」
「……まさかアメリカから仕掛けてくるとは、思わなかった」
これでアメリカは国際連盟に先制攻撃を仕掛けたことになる。国際連盟からアメリカに攻め込んだのならまだしも、これで滅亡以外の道はなくなった。
「本気で世界と戦争をしようと言うのか……。狂人どもめ……」
「ご命令をお願いします、閣下」
「我が方に即応できる局地戦闘機はおよそ五百に過ぎない。これを分散配置するなど論外だ。遺憾ではあるが、方面軍司令部の防衛を優先せざるを得ない」
「はっ……」
辻中将は直ちに空軍に出撃を要請した。また海軍にも周辺の艦隊を出撃するよう要請を飛ばした。世界とアメリカの全面戦争は唐突に始まったのであった。




