帰路
瑞鶴と比叡は10日ほどの航海でフィリピンに到着し、レイテ島で軽く補給を受けていた。暫く暇なので瑞鶴は比叡に遊びに来た。周囲の人間に敵意が全くないことは翔鶴に確認済みである。
「――ねえ、私があなた達を攻撃する可能性は考えてないの?」
瑞鶴は比叡に尋ねた。瑞鶴に対する無警戒ぶりは敵ながら心配してしまうものであった。
「そうですわね……。この状況でわたくし達を攻撃するのは、あまりにも理に適っておりませんわ。それに、瑞鶴さんの半分壊れた飛行甲板では、十分な艦載機の運用ができないのでは?」
瑞鶴はエンタープライズの艦載機に特攻されて飛行甲板が半分ダメになっている。いつもは2機同時に発艦させているので、単純に発艦に倍の時間がかかる。それに格納庫も損傷しているので搭載できる機数も減っている。
「なるほどね。とは言え、艦上攻撃機一機だけでも、十分あなたは沈められるわよ?」
「わたくしは沈んだところで構いません。わたくしのような旧式艦、沈んだところで帝国海軍への影響は大してありません」
「あ、そう……」
「それに、もしそうとなれば、すぐに増援が駆けつけます。こう申し上げるのは失礼ですが、瑞鶴さんに勝ち目などありませんわ」
「この辺に空母はいないと思ったけど」
「確かに空母はおりませんが、フィリピンには伊勢さんと日向さんがおります。いくら瑞鶴さんでも、そう簡単に手は出せないでしょう」
「伊勢型戦艦ねえ。防空戦艦とか言われてるけど、実際どうなのかしらね」
かつて艦尾に飛行甲板を設け航空戦艦として改造された伊勢型戦艦であるが、結局空母としては一度も使われず、代わりに艦尾には対空兵装を山盛りにして、船魄なしでも有効な対空砲火を行っていたそうである。戦後はその方向性を突き詰めて、防空戦艦というよく分からない艦種になっているらしい。
「それは国家機密というものですわ」
「当然ね。まあ私にそんな気はないから安心して」
「もちろんです」
「でも、あんたはもう少し自分を大事にした方がいいと思うわよ」
瑞鶴は大した意味もなくそう言ったのだが、比叡は驚いた表情を僅かに表に出した。
「え、ええ、ありがとうございます、瑞鶴さん」
「いずれ殺し合うかもしれない相手に何を言ってるんだって感じだけど」
補給を終えフィリピンを離れた後は、一週間ほどでハワイに戻って来た。比叡は事前に言っていた通りここまでわざわざ着いてきたのであった。
「では、わたくしはこれにて。どうか無事にお帰りくださいませ」
「ありがとう。あんたも元気にね」
比叡は瑞鶴が真珠湾に入港したことを確認すると引き返して行った。そしてハワイで補給を受けている間、暇そうな夕張が瑞鶴を尋ねて来た。
「やあ瑞鶴。結局何してきたんだい?」
「言わなくても分かるでしょ」
「本当に陛下をお乗せしてアフリカに?」
「ええ、そうよ」
「まさか本当にそんな大胆なことをするとは思わなかったよ」
「私に言われても困るわ。私はただ言われたことをやっただけよ」
「確かに、そうだったね。しかし、君は何か報酬を受け取ったのかい?」
「報酬? 別に何ももらってないけど」
「向こうの都合で一方的に協力させられたんだから、何か要求した方がいいと思うけど」
「確かにそれはそうね。考えもしなかったわ」
取り敢えず無事に帰ることだけ考えていたので、何か対価を要求しようという気は全く起こらなかった。まあアメリカ討伐が始まれば月虹にとって状況は良くなるから、それが報酬と言えば報酬ではあるが。
「私の修理でもやらせましょうか」
「それでいいんじゃないかな。ところで、君達はアメリカが滅んだ後はどうするつもりなんだい?」
「滅んだ後かあ。正直、具体的な計画はないわね。この戦争が終われば日本もそう簡単に艦隊を動かせなくなるから、私達の安全は確保できると思ったけど」
「確かに安全確保は大事だけど、目標がないと組織は瓦解してしまうと思うなあ」
「それはそうね」
「君は最終的に何がしたいんだい?」
「私は……ただ誰にも干渉されずに生きていたいだけよ」
本当はただ大和と一緒に過ごしたいだけなのだが。
「随分と抽象的だけど、自分で国を造りでもしないと叶わないんじゃないかな?」
「流石にそれは無理でしょ。私達は常に整備と補給がないとやっていけない」
「そうだね。私達は本質的に人間に依存しないと存在していられない。まあ人間も同じようなものだけど。だから、誰にも干渉されずに生きていくなんて不可能じゃないかなあ?」
「……確かに、完全な自由なんて存在しないわね。なら、誰も私達に危害を加えて来ない状況を作るのが、望みってことになるかしら」
「それなら現実的だけど、つまり君達に味方する国が必要なことに変わりはないね」
「国ねえ……」
現状ではキューバが全面的に味方してくれているが、キューバの能力では瑞鶴の維持はできない。だがキューバを本拠地としつつ他国から支援を得るような形態も考えられるかもしれない。或いは、列強と呼べる国を全面的に味方につけるか。
瑞鶴はキューバ戦争を終わらせた後について、考えないではいられなくなってしまった。