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ツェッペリンと妙高

 そういう訳でツェッペリンと妙高は大浴場にやって来た。自分達で整備したので、初めて使うのに見慣れたものである。脱衣所に入ると、妙高は何の躊躇いもなく脱ぎ始めた。


「ぬ、脱ぐのか……?」

「へ……?」


 思いもよらぬことを聞かれて、妙高は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「え、ええ。お風呂なんですから脱がないと」

「あ、ああ、当たり前だな。我は何を言っているのだ……」


 と言いつつ、ツェッペリンの手は進まない。ツェッペリンがのんびりしている間に妙高は全部脱いでしまった。


「ええと……ツェッペリンさん、もしかして服が脱ぎにくいとかですか……?」

「い、いやいやいや、別にそんなことはない!」


 ツェッペリンは妙高から顔を背けると、大急ぎで服を脱ぎ出した。が、すぐに恥ずかしくなって手が止まってしまう。


「だ、大丈夫ですか……?」

「い、いや、その、何と言うか、恥ずかしい……」

「え……。瑞鶴さんと一緒にお風呂に入ったこととかないんですか?」

「いや、あの馬鹿相手に恥ずかしがる理由なんぞなかろう」

「じゃ、じゃあ、妙高と一緒は嫌でしたか……?」


 妙高が泣きそうな声で尋ねると、ツェッペリンは大慌てで否定する。


「いやいやいや! そんなことはない!」

「よ、よかったです」

「うむ……。まったく、我は何をやっているのやら……」


 ツェッペリンは自分の不甲斐なさに溜息を吐きつつ、ようやく脱ぐ決心をすることができた。


 そして、今は妙高と一緒に大きな湯船の中にいる。五人しかない月虹にはあまりにも広い、軽く五十人は収容できそうな浴槽であったが、二人は隅っこに並んで入っていた。しかしツェッペリンは妙高の反対側を向いて一言も喋らない。


「あのぉ、ツェッペリンさん……本当に妙高と入ってよかったんですか……?」

「き、気分が悪いなどとは毛頭思っておらんぞ! ただ、その、お前の裸は目に毒なだけだ」

「……え?」

「あ、いや、その、今のは何でもない……。と言うか、我はあまり人前に体を晒すなどせぬから、慣れておらんだけだ……」

「でも、瑞鶴さん相手なら恥ずかしくないんですよね?」

「そ、そうだが……」

「妙高相手なら恥ずかしがってくれるんですね……」


 妙高は不思議そうに言った。


「あ、ああ。お前が相手だから、恥ずかしいのだ」

「え……? そ、それは、その……」

「あ…………」


 ツェッペリンは自分が勝手に墓穴を掘ったことに気付いて、一切の思考が止まってしまった。


「ツェッペリンさん……その……」

「あ、ああ……」


 次の瞬間、ツェッペリンは何かが吹っ切れたように勢いよく立ち上がった。


「そ、そうだ! 我はお前の身体が欲しいのだ! 分かったらとっとと我に差し出すといい!」

「え、えぇ……?」

「ま、まあ、嫌だったら拒否して欲しいのだが」

「こんなところでするんですか?」

「す、するって、お前……」


 ツェッペリンは妙高の目付きが豹変したのを認めた。おどおどとした平生の様子はどこかに吹き飛んでしまった。


「それなら、妙高は大丈夫ですよ。高雄と愛宕さんが来るかもしれないですけど、それはそれで一興ですね」

「お、お前、どうしたのだ?」

「いえ、ただ、そうなると妙高がツェッペリンさんを抱き潰しちゃうと思うので、事前に言っておこうかと」

「の、望むところだ! 散々に抱き潰してくれるわ!」


 何だかよく分からない勢いのままに、ツェッペリンは妙高と勝負することになってしまった。一時間ほどして、真っ赤に茹で上がったツェッペリンを妙高が抱えて風呂場から出て来た。


 妙高はツェッペリンに服を着せて、長風呂でのぼせたということにして高雄にも手伝ってもらい、ツェッペリンの部屋まで運んでやった。彼女をベッドに横たえると、妙高は尋ねる。


「ツェッペリンさんは、妙高のことが好きなんですよね?」

「そ、そうだが、悪いか……?」

「まさか。嬉しいです。でも、妙高はツェッペリンさんのことが好きとは言えません」

「そ、そうか…………」

「もちろん、戦友として仲間として、ツェッペリンさんのことは大事に思ってます。でも、恋人にはなれないです」

「ああ、そういうことか。そんなことは言われんでも分かっておる。今日のことは忘れてくれ。これからも友として接してくれると助かる。我もそうする」

「分かりました。でも今日のことを忘れるつもりはありません」

「い、いや、だが……」

「ツェッペリンさんの欲望が溜まっては悪影響ですから。発散したくなったらいつでも言ってくださいね」

「んなっ……」


 妙高は妖艶な笑みを浮かべて去っていった。


 ○


 一九五六年一月二十四日、パナマ共和国沿岸。


 さて、瑞鶴が出航してから丸一日が過ぎ、瑞鶴は特に妨害も受けず最速でパナマ運河に到達していた。下村大将も人質として残っている。


「パナマ運河の通行料はこちらで払っておこう」

「え、そのくらい自分で払うわよ。そこまでされると逆に馬鹿にされてる気がするわ」

「そうか。ではその辺は君に任せるとしよう。パナマ運河を越えたら、ハワイで補給を受けられるよう手配してあるから、ハワイに向かってくれ」

「分かった。くれぐれも妙なことはするんじゃないわよ」


 瑞鶴は丸一日かけてパナマ運河を越え、再び太平洋に入った。

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