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外交の展開

 ドイツ海軍はシャルンホルストを撃沈されたことを受け、日本に謝罪を要求した。日本は偶発的な衝突であり双方に非があるとして謝罪を拒否し、両国の関係は険悪なものになってしまった。ドイツも日本も、こうする以外の選択肢を持っていなかったのである。


 ○


 一九五六年一月五日、大日本帝国東京都麹町区、明治宮殿。


 恒例の大本営政府連絡会議が今上帝の御前で開かれていた。


「――困ったねえ。こんな調子じゃアメリカへの武力制裁なんて夢のまた夢だ」


 石橋湛山首相は砕けた調子で言った。それに対して重光葵外務大臣は真面目に応える。


「はい。国家の面子というのは、そう簡単に譲ることのできるものではありません。どちらかが折れないと関係改善は難しいですが、それは無理でしょうな」

「ほとぼりが冷めるまで待っているしかないということかな?」

「簡単に言えばそうなります。関係改善には最低でも一年ほどはかかるものかと。双方が関係改善の意志を持っていればの話ですが」

「ゲッベルス大統領は恐らく我々と対立することを望んでいないと思うが」

「同感です。ですから条件は悪くありませんが、最良の場合でも一年はこの状態が続くでしょう」

「一年か。最低でも一年はこの戦争を続けなければいけないということか」


 アメリカの国際的信用は完全に消滅したし、アメリカの経済もボロボロにすることができた。そろそろ戦争に幕引きを図りたい帝国政府として、今回の事態は最悪と言ってもいい。皆が困り果てていた。


「だったら勝てばいいでしょう。アメリカをとっととキューバから追い落とせば良い」


 そう発言したのは陸軍参謀総長の武藤章大将である。相変わらず嫌味のような口調の大将に、石橋首相は全く頼りにしていなさそうな口調で返した。


「それができれば苦労はしないというものだよ」

「空軍はもう直接に参戦しているんです。陸軍がキューバに出兵することを許してくだされば、3日でアメリカ軍を壊滅させられます」

「まあ、それはそうだろうがね」


 仮に帝国陸軍が参戦すれば勝てることは間違いない。アメリカ軍はキューバ軍相手ですら戦線を進められていないのだ。キューバ軍より圧倒的に優れた装備を持つ帝国陸軍が介入すれば一瞬で片がつく。


 しかし、武藤大将の過激な案に重光外務大臣が反論した。


「何度も申し上げておりますが、空軍の介入ならばキューバ軍に機体を貸したと強弁できなくもありませんが、陸軍の介入を誤魔化すのは不可能です。アメリカと全面戦争になる恐れもあるのです」


 帝国空軍が参戦しているというのは公然の秘密である。日本もアメリカも日本軍が震電改をキューバ軍に供与しているだけという建前を貫いている。どちらも全面戦争を望んでいないからだ。全面戦争になれば日本もアメリカも戦力を消耗し、ドイツとソ連を利するだけであろう。


「全面戦争になって何が悪いんだね? そろそろアメリカはこの世から退場させた方が良の為だと思うがね」

「お言葉ですが、陸軍はアメリカ全土を占領することが可能だと考えているのですか?」


 と、重光大臣が問うと、武藤大将は途端に勢いを失った。


「……今のは言い過ぎだった。訂正しよう。確かに我が軍の兵力でワシントンまで攻め込むのは不可能だ。とは言え、長期戦に持ち込めば我が方が優位だ」

「持久戦ということか? 随分と弱腰のようだ」


 海軍軍令部総長の神重徳大将は淡々と言い放った。


「弱腰だと? いつまでもカリブ海の制海権すら取れない海軍に言えたことかね?」

「船魄だけでは恒常的な制海権の維持つまり通商破壊は非常に困難だ。もちろん海軍が全面的に参戦するとなれば話は別だが」

「……まったく、話が逸れ過ぎだ。つまり私が言いたいのは、アメリカと全面戦争になんてあり得ないということだ。重光大臣、やはり陸軍としてはキューバへの全面介入を提案するが、どう思うかね?」

「最初と仰っていることが違う気がしますが、しかし、窮鼠猫を噛むと言いましょう。敗色濃厚でも、アメリカが一縷の望みに賭けて全面戦争を選んでこないとは言いきれません」

「キューバなどに国家の存続を賭ける価値はないと思うがね」

「その価値があるかどうか決めるのはアイゼンハワーです。逆に帝国としても、キューバを救うことに戦争の危険を冒すほどの価値はないかと」

「つまらん男だな、君は」


 武藤大将はわざとらしく溜息を吐いた。それはこれ以上の議論はしないという意味でもあった。


「そういう訳だ。結局はこれまで通り静観し続けるしかないということだね」


 石橋首相はそう告げた。


「では、いっそニューヨークにでも原子爆弾を落とせばいいのでは?」


 武藤大将はまたしても過激な発言をする。一瞬呆気にとられつつも、重光外務大臣はすぐに否定しようとするが、その前に口を開いたのは意外な人物であった。


「たわけがッ!! アメリカ人相手であっても、陛下の軍隊が民間人を積極的に虐殺することなど許されるものかッ!!」


 内大臣、阿南惟幾元帥陸軍大将である。大の大人でも本能的に萎縮するほどの気迫に、流石の武藤大将も震え上がった。


「す、すみません。撤回します」

「うむ。よろしい」

「どうも、阿南閣下」


 そういう訳で帝国政府の政策に大した変化はなかった。が、海軍と空軍が戦果を上げる中で何もできていない陸軍は不満を募らせていた。

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