合流
一九五五年十二月十九日、ブレスト沖合。
妙高とツェッペリンは無事にフランスを出て、あろうことかフランス海軍の護衛で月虹まで連れて行ってもらっていた。総統の命令にフランスが逆らうことなど不可能なのである。
二人が乗っているのはフランス公海艦隊の旗艦リシュリューであった。先週には妙高とツェッペリンを海の底に沈めようとしていた彼女が、その二人の移動手段に使われている訳である。どうやらドイツ親衛隊から監視の兵が乗っているようで、フランス軍が二人に手を出すことはなかった。
「お二人とも、間もなく月虹と合流しますわ。速やかに降りてくださるかしら?」
妙高とツェッペリンに到着を告げるリシュリューは、慇懃無礼そのものであった。
「無論だ。大義であったぞ、リシュリュー」
「あ、ありがとうございました……」
そういう訳で、妙高とツェッペリンはそれぞれの艦に戻った。月虹は全員が揃って、カリブ海に向けて出発した。
○
一九五五年十二月二十日、大西洋沖合、46°08′N 18°01′W。
丸一日航行してヨーロッパから離れると、ドイツ訪問の成果を聞いたり今後の作戦会議を開いたりするべく、月虹の船魄全員がツェッペリン艦内に集まった。
「全員揃ったわね。じゃあツェッペリン、わざわざドイツに行った成果を聞かせて」
という訳でツェッペリンは、ヒトラー総統と会って約束してきたことを皆に聞かせた。
「策があるから待ってくれ、ねえ」
総統は結局、キューバ戦争を終わらせる作戦があるから暫く待っていてくれと、それだけの約束しかしてくれなかった。
「何も約束してないも同じじゃない。ヒトラーに信頼されてるんじゃなかったの?」
愛宕は全く遠慮することなく、そう言い放った。
「ちょっと愛宕、そういうことは……」
「お姉ちゃんだって本当はそう思ってるでしょう?」
「そ、それは……」
高雄も実際のところは同意見のようである。
「な、何を言うか! 我が総統は約束してくださったのだ! 我が総統ならば戦争の一つや二つを終わらせるくらい容易いことなのだ!」
「終わらせることは簡単でも、その気があるかは分からないじゃない」
「我が総統が約束を破る訳がない!」
「それはちょっと無理があると思うのだけれど。ねえ、お姉ちゃん?」
「た、確かに、ヒトラーさんが条約を破ったことは何度かありますが……個人的に信用できるのかどうかは、わたくしには判断できません」
例えば独ソ不可侵条約を一方的に破棄してソ連に奇襲を仕掛けたり、第一次世界大戦の賠償金を踏み倒したりしている。
「あらそう? じゃあ私も黙ってることにするわ」
「何なのだお前は……」
高雄と愛宕はヒトラーを信頼し切ることはできないという点で一致した。
「瑞鶴、お前はどう思う?」
「ヒトラーを信頼できるかどうかは知らないけど、向こうが勝手にやってくれるなら、私達が気にすることはないんじゃない? これまで通りアメリカ人を殺してればいいのよ」
「それも道理だな」
正直言って月虹に世界情勢を気にしていられる余裕などないし、月虹がヒトラーの計画をどうこうできる訳でもない。自分達自身の生存とキューバ戦争のことだけを見ていればいいという結論になった。
と、その時である。妙高が気まずそうに手を挙げた。
「あのー、瑞鶴さん」
「何?」
「東からドイツ海軍が追いかけてきてるんですけど……」
「え? いや、まあ、そんなのは予想内か」
妙高の偵察機は、ドイツ海軍が月虹から200kmほどの距離を取りつつ追跡してきているのを発見した。
ヨーロッパから離れた後に大西洋のど真ん中で月光に仕掛けてくるというのは、瑞鶴の予想から外れた展開ではなかった。反対にツェッペリンはドイツ海軍の行為に怒っているようである。
「何だと!? 海軍の連中め。我が総統のご命令に逆らうとでも!?」
「あのねえ、あんたが言ってたじゃない。ヒトラーはヨーロッパの近海にいる限りは安全を保証するって」
「ヨーロッパに被害が及ばない状況であれば戦闘も厭わない。そういうことでしょうね……」
高雄は月虹の不利を早々に悟って意気消沈している。愛宕は相変わらず「いざとなったら瑞鶴を囮にして二人で逃げる」などと公言して憚らない。
「と、取り敢えず、敵の戦力を把握するべきではありませんか?」
妙高がそう言うと、瑞鶴も賛成して偵察機を4機飛ばし、ドイツ海軍の陣容を調べに出た。ドイツ側は特に迎撃してくることもなく、瑞鶴はほとんど完全にドイツ海軍の戦力を把握することができた。或いは戦力を誇示するつもりなのかもしれない。
「敵の主力艦は、ビスマルク級2隻、グラーフ・ローン級1隻、エーギル級空母2隻ね。後は重巡が2隻」
「あのー、ビスマルク級以外分からないんですけど……」
妙高がまたしても気まずそうに質問すると、高雄が丁寧に答える。
「グラーフ・ローン級は51cm砲8門を持つドイツ最新鋭の戦艦です。エーギル級は、全長が確か320mほどの、世間で言うところの超大型空母ですね」
「そ、そうなの!? 全然勝ち目ないんじゃ……」
「我も知らんかったぞ」
「ツェッペリンさんは知らないとダメなのでは……」
「うーん、無理そうね。やっぱり逃げましょ、お姉ちゃん」
「愛宕は自重してください」
しかし実際、戦う前から圧倒的に劣勢であることには違いない。戦艦がいる時点でかなり勝ち目薄なのに、航空戦力が劣勢では話にならないのだ。