空母対空母
「ユニコーンはこちらに向かってきています! 速力26ノット!」
「逃げることならそう難しくはなさそうだが」
「逃げたところでどうなると言うのだ? ユニコーンとやらの挑戦、受けてたってくれよう」
レニングラードからまた艦艇を引き抜くのは好ましくない。駆逐艦などを多少動かしたところでユニコーンの主砲に吹き飛ばされるだけだろう。長大な射程距離を持つ日本の酸素魚雷のようなものがあればよかったが、ドイツの駆逐艦では一方的に攻撃されるだけだ。
よって、現状でユニコーンを迎え撃てるのは、グラーフ・ツェッペリンしかない。
「こちらの方が航空戦力は優勢だ。艦載機で沈めにかかるのはどうだ?」
「それもよいが、ユニコーンの守りも硬かろう。砲撃で沈めた方がよい」
「君自身が損傷することは避けられないと思うが?」
「まあ、多少は飛行甲板を痛めても、飛行場は幾らでもある。構うまい」
「分かった。好きにするといい」
「お前に言われるまでもないわ!」
グラーフ・ツェッペリンは判りやすく強がっていた。
○
「グラーフ・ツェッペリンは私に挑むつもりのようですわ」
「空母にこんな評価をするのは妙なものだが、向こうの方が砲戦能力は上だ。心して挑め」
「しかし、私の武装配置の方が合理的です。心配には及びませんわ」
「グラーフ・ツェッペリンまでの距離、50kmを切りました!」
ドイツに占拠されているイングランド南海岸には多数のスパイが紛れ込んでおり、英仏海峡の情報はほとんど即座に入って来る。ユニコーンが積極的に偵察を行う必要はない。
「もう間もなくですわね。ふふふ。引き潰して差し上げましょう」
ユニコーンから見たツェッペリンの合成速度は時速90kmを超える。ツェッペリンとの交戦距離に入るのに20分もかからないであろう。ユニコーンはここで偵察機を飛ばし、ツェッペリンの詳細な情報を得る。
「私の主砲の射程に入りました。砲撃を開始します」
「よし。何としてでもツェッペリンを無力化するのだ」
ユニコーンの主砲4門は艦首に集中配置されているが、グラーフ・ツェッペリンの主砲8門は舷側に並べられている。双方が真正面を向いているこの状況であれば、ユニコーンが一方的に攻撃を行うことができる。
「あら、外してしまいました」
「重巡より大きな目標に外すとは、どうしたんだ?」
「お互いに全速前進していますから、偏差射撃も難しいのですわ」
「そこを何とかするのが君の仕事だろう」
「はぁ。私は空母ですのに。まあ次は外しませんが」
ユニコーンは二度目の主砲斉射を行う。この時点でグラーフ・ツェッペリンは肉眼で見える程に接近してきていた。
「命中、ですわ」
砲弾はツェッペリンの飛行甲板を撃ち抜き、ツェッペリンからは黒い煙が上がっていた。
「これで奴の飛行甲板は使い物にならない。それに大した意味はないが」
「ええ、沈めなければ。次弾、発射」
次の斉射も命中。ツェッペリンの飛行甲板はもうボロボロで崩れ落ちそうなほどである。が、ツェッペリンは反撃もせず、ひたすらに前進する。
「何故奴は撤退する気配もないんだ?」
「さて。何か策があるのかもしれません」
「こ、このままではツェッペリンと衝突します!!」
「排水量の差で押し潰す気か? ユニコーン、回避だ」
「その必要もないようですわ」
「何?」
両艦が衝突する寸前、ツェッペリンは全力で舵を取り、ユニコーンの左脇に抜けていった。そして次の瞬間、ユニコーンに大きな衝撃が走った。
「クッ、何があった?」
「左舷上甲板に大きな損傷です。ツェッペリンの主砲に撃たれてしまいましたわ」
「そういうことか」
グラーフ・ツェッペリンはまるで戦列艦のように舷側に艦砲を並べている。ユニコーンと横並びになった瞬間に一斉射して、ユニコーンの左舷に風穴を開けて後ろに抜けていったのである。
「グラーフ・ツェッペリン、後方に抜けましたが、左に回頭しています!」
「奴はこちらに舷側を向ければいいが、こちらは正面を抜けなければならない。出し抜かれたな」
ツェッペリンはユニコーンとすれ違った後、90度回頭してその左舷の主砲でユニコーンの艦尾を狙う。それに対してユニコーンは真反対を向かなければツェッペリンを攻撃することができない。
「この状況はマズいな……。一度距離を取って体勢を立て直すべきだ」
「そのような必要はありませんわ。私の主砲も、後方以外は射程に入っておりますもの」
「しかしそれでは、火力が半分しか出せない」
ユニコーン艦首の砲塔を最大限に回せば、横にいる敵を狙うことも可能である。だがそれでは片方の主砲塔しか使えない。
○
「ふはははは! 取ったぞ! 飛行甲板を犠牲にした甲斐があったというものだな!!」
「まったく、私の方が冷や冷やしたぞ」
ツェッペリンはユニコーンに対して完全に優位な位置を占めるこに成功した。ツェッペリンから一方的に撃ち放題なのである。
「ユニコーンとやら、同類ではあるが、沈めさせてもらうぞ」
「少し残念ではあるがね」
「まあ、な」
せっかくの自分の同類と顔を合わせてみたいという気持ちも山々であったが、ツェッペリンに敵を生かして鹵獲するほどの余裕はなかった。