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一先ずの結論

「まあ、最も犠牲が少なく済むのは、キューバがアメリカに降伏することだろうがね」

「そ、そんなのはダメです!」

「冗談だよ。私もそんなことは望んではいない。アメリカにこれ以上好きにさせる訳にはいかないという想いは、君達と同じなのだ」

「そ、そうでしたか……」

「うむ。まあ、今日はここで休んでいくといい。シュペー、ツェッペリンと妙高に部屋を用意してくれ」


 今日中にベルリンに戻ってパリへの夜行列車に乗るのも不可能ではないが、それではすっかり疲れ果ててしまうだろうという総統の意志により、ツェッペリンも妙高も総統別荘に一晩泊まることにした。


 ○


 一方。総統から急の電報を受けたゲッベルスは、国防軍最高司令部の将軍たちにこれを通達した。


「――ということだ。僕達に選択肢はない。月虹に攻撃することは許されない」

「我が総統直々の電報とあれば、致し方ありませんな」


 デーニッツ国家元帥は応える。海軍にできることはもう何もなくなってしまった。


「しかし、一体何があったんですかね? 総統から命令が下されることなど、もう2年ぶりですが」


 グデーリアン元帥は問う。総統別荘にツェッペリンと妙高が訪れていることは伏せられており、まさかそんなことになっているとは誰も思わなかった。


「僕に聞かれても分かる訳がないじゃないか。だが、我が総統の真意を確かめるべきかもしれない」

「だったら私が行ってきましょうか?」

「いいや、僕が行くよ。デーニッツ国家元帥、この場は少し頼む。4時間くらいで戻ってくるから」

「承知しました」


 総統に関する件はいかなる公務にも優先する。ゲッベルスは大急ぎで総統別荘に向かうこととした。極一般的な国民車(フォルクスヴァーゲン)でポツダムに向かえば、片道30分程度しかかからない。


「ゲッベルス様、お待ちしておりました」


 シュペーがゲッベルスを出迎える。


「ああ、ありがとう。我が総統の許に案内してくれるかな?」

「かしこまりました。直ちに」


 シュペーはゲッベルスを奥の大部屋に案内した。総統は長机の傍で悠々と待ち構えていた。ゲッベルスは右手を挙げて総統に敬礼し、総統の目の前に立った。


「我が総統、どうか先程の電報の真意をお聞かせ願えますか? どうして月虹を見逃せなどと?」

「それは彼女達と話がついたからだよ」

「話がついた……?」

「ああ。ちょうど彼女達がここを訪問してくれていてね」

「彼女達とは……」

「ああ。シュペー、すまないがツェッペリンをここに呼んできてくれ」

「かしこまりました」

「ツェッペリンが……?」


 ツェッペリンとゲッベルスの関係は険悪その物であるが、全く面識がない妙高とゲッベルスを引き合せるより話が早かろうと、総統は判断した。かくしてツェッペリンが部屋に入ってくると、ゲッベルスを見つけた途端に目を見開いた。


「ゲッベルス!? 何故貴様がここにいる!?」

「いやいや、それは僕の台詞だよ。どうして君がこんなところにいるんだ」

「それは、彼女が私と話をする為だ」


 総統はこれまでのことをゲッベルスに一通り説明した。ツェッペリンが連れてこられた意味はあったのか、よく分からなかった。


「なるほど、そういう訳でしたか。事情は分かりました。ヨーロッパにいる間はツェッペリンを含め月虹の安全は保証します」

「それでいい。頼んだぞ、ゲッベルス」

「はっ。しかしツェッペリン、君はここまで来ても我が軍に戻る気はないのか?」

「お前が辞任したら考えてやってもいいぞ」

「……まあいい」


 ゲッベルスはもう一度敬礼をして帰っていった。本当に一瞬の訪問であった。


 ○


 ゲッベルスは新総統官邸に帰還した。結局90分くらいで戻ってきたのである。


「お早いご帰還ですな」

「ああ、思ったよりすぐに用事は済んだんだ。さて、我が総統に確かめてきたご意志を皆にも伝えておこうと思う。但し、これは他言無用だ」


 ゲッベルスは早速、総統官邸で聞かされたことをそのまま将軍達に説明した。


「――なるほど。つまり、月虹が大西洋にでも出てしまえば、何をしてもよいということですな?」


 デーニッツ国家元帥はなかなか際どいことを言う。総統命令を蔑ろにしようとしているとも理解されかねない発言だ。


「……まあ、そういうことになる。ヨーロッパに戦火が絶対に及ばない状況であれば、戦端を開くこともやむなしだ」

「分かりました。ではそのように準備をしておきましょう」


 総統の真意を確かめに行ったと言いつつも、ゲッベルスは総統の意図を聞いてはいなかった。総統がヨーロッパの安全を目的にして月虹を見逃すよう命令したのだと、勝手に解釈しているのである。


「せっかくツェッペリンが生身でいるんですから、とっとと捕縛してしまえばいいのでは?」


 グデーリアン元帥は言った。


「流石にそれはダメだろう。ヨーロッパにいる内は安全を保証せよとの総統命令なんだ」

「そうですか、残念です」

「くれぐれも勝手なことはしないでくれよ」


 デーニッツ国家元帥は安心なのだが、国防軍は全体的に政治色が薄く、総統への忠誠心も薄い。ゲッベルスはあまり陸軍を信用していないのだ。


「まさか、そんなことはしませんよ」

「貴官の忠誠に期待している」


 という訳で、月虹はヨーロッパにいる限りは安全になった。

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