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一 「破損」



 金朗はガチャピンとそれから半年間、十回ほどにわたってメールのやり取りや会ったりなどしたが、回を重ねるほど次第に疎遠になって行くのを感じていた。金朗へのメールはいつもよそよそしかった。金朗は返事をすぐ返す。しかし相手の返事がすぐに来ないことにすぐに気が気でなくなる。二日も空ければ、もう縁がないものだと思うようになった。それから学年が三年になるころには、スマホからガチャピンのアドレスを消した。縁がないと思えるのならアドレスを残しておくのは失礼だ、そう考えたのだ。金朗は変なところに律儀だった。そして部活を休む日が増えたある日、休む日をこう多く取るのなら、このままカヌー部に籍を置くのは間違っていると考え、カヌー部からも姿を消した。

 そこから金朗の灰の生活が始まった。それまでの金朗が炎なら、それ以後の金朗は灰にくすぶっている残り火のようなものだ。学校と家の往復、そして放課後に大学進学のため勉強会に参加し、問題がまるで分らず、意味不明な時間を費やす。

そもそも金朗の使用している教科書は不完全だったし、彼も熱心に勉強をするタイプではなかった。それでいて帰り道に担任に推薦入試を勧められると、「俺は自力で行く」と言って、その話を蹴った。茨木は粘り強かったが、ついに金朗の強情さに負けた。金朗はかくして大学受験に失敗し、浪人生となった。



 浪人生になった金朗はそこから一年間ほどぶらぶらして過ごした。予備校の授業にもまともに出ず、今朝は薄明るい三浦海岸を何の目的もなしに歩いている。空気は澄んでいてバイトした金で買った新しい防寒着がなければ外は歩けそうになかった。装備は大切だ。彼は実感する。134号沿いにあるマクドナルドに入り、二階席でコーヒーの朝食をとる。窓の外には、朝日が指していた。

 バッグの中には先日衣笠で買った、ブーメランが入っていた。金朗は目的もなしに町を歩く。彷徨(さまよ)った。おもちゃ屋の店員は愛想の悪い女の子で、おそらく大学生ぐらいだった。何か金朗の知らぬ彼の情報をつかんでいて、それでこんなにも愛想悪くするのだ、というように金朗には思えてならなかった。道行く人は誰しも金朗に厳しかった。すれ違いざまに厳しい言葉、耳障りな言葉を聴く機会が増えた。昔はそうした厳しいものを歓迎していた。ためになるから、と。しかし金朗は変わってしまった。そんな厳しい言葉はこの世から無くなればいいと今では思う。それでも一抹の根性論がまだ金朗の心には残っている。腐っても、金朗はいい根性をしていた。その一抹において。

 彼は何かを求める。常に考えており、その結果は常に自分が落ち目だということに気づかされるだけだった。抽象的な考えに金朗はふける。カヌー部には戻れない。もう高校生ではないからだ。新しい何かが必要だ。衣笠の商店街にある本屋に、ふらっと彼は入った。小さい本屋だったが、少し立ち読みし、本屋のわきの階段で二階の店に上がる。二階はおもちゃ屋だった。プラモデルが主な店のようだった。店主はとても不機嫌だった。先だってのコロナ禍でプラモデルを大人買いしていく客が多いためだ。そうした客は鯨が小魚を飲み込むように、店のプラモを買いあさってしまう。小規模な店の店主はこのため大体怒っていた。

 金朗は雑多な店内に目を回したが、結局500円を払って、そこの店員からブーメランを一つ買った。それがこれだ。マクドナルドを出ると、三浦海岸の浜に立ち、鞄を浜の入り口の段々に置いてブーメランを手に持った。それから浜の真ん中あたりまでくると、ブーメランを右肩の上から45度の角度で放る。ブーメランは勢いよく飛んで行って、戻ってこなかった。彼の前方の砂浜にザクッと音を立ててめり込んだ。

「ハハッ……」

 何が面白いのか金朗は笑う。

 金朗は砂浜に突き刺さったブーメランを拾ってから、周囲に誰も人がいないことにようやく気付いた。仄かな朝日が砂浜を照らしている。今度は内側から払うようにブーメランを放ると、ブーメランは変な軌道にぐにゃっと飛んで行き、浜辺を外れ、道路の手前のアスファルトにぶつかり三枚に砕けた。

 「……」

 今度は金朗も笑わなかった。




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