不思議な世界のマセガキ
足がずぶずぶと消えてゆく黄色の世界。
風がはげしく、砂塵が舞う。
あちこちに焼けこげて崩れたビル。
(ビル?)
日差しがきつい。湿気も高くてじっとりと汗がでる。
空には飛竜。地上にはワーム。あちこちに。
(ファンタジーじゃん。ビルが気になるが)
ぴょんぴょんと跳び回ったのは、重力のせいだけではない。
「……」
両手をひろげて目をおとすと、赤ん坊のようなそれ。
廃ビルのガラスには小学一年生みたいな姿。
「えぇ……」
バサバサの黒髪でちんちくりん。目にはクマ。村人の服。
(やはり子供か。じゃあ犬ころのように……)
甘えよう、抱かれよう、きょぬーに。
「……」
(でもまずくないか?)
元ヲタクで現コドモ。モンスタのいる世界で。
「きゃーー!!!」
何かが聞こえた。
(やばいよやばいよ……)
ヲタクみたいな十数人に茶髪をひかれる女。
ガ○ダムのノーマルスーツっぽい服。でも胸のたわわは及第点。
「あぁああっ!!!」
男らは村人を思わせる姿。あせる風もなく嘲っている。
皆、腕は丸太のよう。ワームの入墨がびっしり。
「いい土産になるぜぇ。モガーン様への」
「その前に……」
(犯罪じゃないのか? それに、時代もおかしくね?)
ビルの陰には人影がいくつか。
だが女を気にする様子はない。欠伸をし。
「ふざけんなッ! あっ!」
彼女は押さえられ、男に馬乗りになられた。
「ゲハハハ。もちろん頂くぜぇええ」
「いやぁーーっ!!」
これは……ラッキースケベじゃないのか? ある意味。
草葉の陰からおこぼれに。
「あぁあああっ!」
「グワッ!!!」
だが頭をかかえた。跨っている男が。
(いいとこなのに!!)
空にうかぶ人影。
「こらっ!」
それは手に銀の棒。小さいオーラ。
「な、何だ、テメェ!」
「あー! カスオ君!」
空飛ぶ人がこちらを指差した。廃ビルに隠れていたのに。
イヌカイ・カスオ。誰ですか。僕の名か。
「なに? 何だよ? お前?」
それが飛来して背後へ回った。
「ファイト」
男らが、鉄棍棒や鉄パイプなどを手に迫ってくる。
「ちょっ」
鬼の形相で。
「テメェの仲間か!! そのガキもッ!!!」
「お前は、何だ。一体」
「ごめん……なさい……」
空飛ぶ人は白ローブ。小学六年くらい。可愛い声。クリーム色の羽。
「――大人しくしてろよガキ共。外のお姉さんが済むまでな。グヘヘ」
賊の一人は「心ここにあらず」といった面持ちで、そそくさと出ていった。カギだけは掛けて。
カスオは室内で小さくなった。荒れ果てた部屋には石や砂。出入り口は一つ。
二人はさらわれたようだ。廃ビル内に。
「……」
この女は何なのか。羽の間に大きな白棒を背負っている。
「神様からの使いだよ。天の使い」
とんだ使い。
それがフードをはらうとピンクのボブヘアー。
「ミーアだにゃん。よろしくね」
「……」
頭上に天使の輪。その下に変な帽子と巻き角。
ネコではない。
「おきらいですか? じゃあ“お兄ちゃん”は?」
「……」
気に入られようというのか。空気をよめ。
「『妹』がきらいな男性はいないので『妹キャラ』でいきますね」
「いるだろ。実妹もちとか」
相手は困惑し、心もとない胸に手をあてた。
「むぎゅぅ……」
「どうすんだよ。この状況。えぇ」
カスオは呆れた様子で横になる。
いきなり死ぬのか。このアホのせいで。
「――ところで、何でガキなんだ?」
「え? あ、それですか」
天の使いは居住まいを正した。
「『子供からやりなおせ』って。性欲……」
「ん?」
「10分の1になってるそうですよ。性欲が」
子供になったら性欲が下がるのか。なるほど。
「ちょっと待て。僕は『童貞のまま死にたくない』から異世界行ったら本気だすと……。つまり肉食に」
「これで生きていけますね。冷静に」
「いや、だから、困るんですけど! 君を見てもムラムラこないんですけどッ!!」
それどころか囚われて殺されそうですけどッ!!!
「良かったです。安心で」
「いや戻してよ! 邪魔すんな!! 何なんだ、クソガミ!!!」
「どこ行くんですかー!?」
寝ている場合ではない。
「用件は何……? ここへ来た」
探さねば。隠し通路を。
そしてエチチな女性も。こんな貧しい胸でなく。
またすぐ童貞死だ。
「――神様が怒りのままに送り出しちゃったけど、能力を授けなきゃならないんです」
(――え?)
天使は宝箱を三つ取出した。どこからともなく。
「どうぞ。一つだけ」
「ようやくか! 先に言え! どれに何が入ってんだ?」
「…………」
逡巡している。
あぁ、駄女神タイプの人ですか。
「じゃあ、何があるんだ? 三つは」
「えーっと、メキルド、モンスタキラー、イケメソ」
「メキルド?」
「大魔法です。無属性の」
「じゃあ、それで」
出れるじゃん。
「…………」
あぁ、三択か。
「全部は?」
「がんばって。お兄ちゃん」
何か慕われている風で怒るに怒れない。無視されても。
「これで」
左を指差した。
「これですね」
「いや、箱を渡されても……困るんだけど」
「…………」
何か焦っている。
カギも忘れたんかい。
「と、とにかく、お兄ちゃんのお世話を仰せつかったミーアだにゃん。よろしくね」
「……」
(何かこう、ふつふつと沸きあがる思いがあるよねぇ)
いやムラムラか。
「きゃぁああーー!!!」
さっきの女が、ビルの中へ入ったのか。ヲタク集団と。
「行ってください」
「え?」
「助けに」
「でも」
「能力を授けましたよね?」
「いや……」
箱ですが。
天使は「見ないでくださいね」と言って後ろを向き、ローブを巻くってゴソゴソやっていたが、がっくりと項垂れた。
何かを諦めたようだ。人生か。
「えーい!」
ふりむいて棒を振り回した。
カスオは光に包まれる。
「!?」
背負っていた宝箱が――何ということでしょう――開いた。
「あ、モンスタキラーですね」
モンスタキラー。
「開くんかいな」
「シーフの杖で」
カギはなかった。
「欠点があるから」
「何?」
「眠たくなっちゃうんです。だから身の危険を感じます。お兄ちゃんの前で。でも女性の危機なので」
我が身の危険をかえりみず、女性を救おうとしたようだ。
では、お言葉に甘えて。
「げふっ!!」
まだ、起きていた。
天使は背中の棒をとりだした。
「ん?」
「これですか? 分かりませんか?」
しがみついた。やわらかそうな白いそれに。
変な帽子は垂れた先にボンボン。ナイトキャップか。
(居眠り天使? 羊の角? 常時、寝惚けてんのか!?)
「ん……ぅ……」
「!?」
ところで、モンスタキラーとは何なのか。
爪が黒くなった。伸びた。手の平くらいの長さに。
「おい、これで斬り裂けってか?」
天使はスヤスヤしている。抱き枕にしがみつき。
「……」
「きゃぁああーー!!!」