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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女怪の育成

作者: 渚 弥和子

一部表現の都合により念のためR15にしています。

 カリカリに焼かれた美味しい骨付き肉を食べたから、私はお肉が大好きになった!

 パリパリの皮も硬い骨も一片も残さず平らげて、ビネガーソースの味付けもたまらない。


 花弁の唐揚げを出されたときはなんて珍しいのかしらと思ったけれど、食べてみるとパキンとガラスみたいに砕ける音が面白く、ポリポリとスナック菓子でも食べているみたいな気持ちにもなり、私は花弁の唐揚げが大好きになった!

 もっと大きいものを食べてみたいけど、どんなにねだってもそれだけ叶えられないのがとても残念。


 脂の乗った麺料理を出されて最初は抵抗を示したものの、勧められるまま食べてみたらこれがするすると喉越しよろしく、また細くともコシがあったから、私は麺料理が大好きになった!

 種類によってか麺の色がたまに違うことがあり、黒、白、茶色、と日替わり要素のようなところがあるところも好ましい。


 内臓系の食事は苦手だったけれど、丁寧に苦味やアクの強さを取り除かれて調理されたものは大好きになった!

 食感ももちもちとしていたりコリコリとしていたりどろりとしていたりと様々で、やはりちょっと苦手を思い出すこともあるけれど、概ねその意識は払拭された。だって内臓系に含まれる栄養素は身体にも良いというのだし、前々からきちんと食べろと言われていたから、これを機会に苦手を克服するのも良いと思ったのだ。



 今日も豪勢で美味なる夕食を終え、ナフキンで口元を拭いながら満面の笑みを浮かべてしまう。食事と共に出されたワインも濃厚で、果物を浸けられたのか香りはとてもフルーティー。コクの余韻が深く、ボディも重たいから、これだけでひとつの料理のようにも思われた。ワインもその日その日で種類が変わるから、時々ずっと軽くて薄い味のものであったり、何故だか粘り気が強くて飲みづらいものもあったりする。

 普段は完璧なほど完璧なのに、そんなものを出すようなミスを犯すようになってしまったうちの執事は耄碌でもしたのかしら? まさか! 彼はいつまでも若々しい容姿を保ち、明朗な口調で常に論理的に会話を広げ、食事の用意だって素材の選別から一切の妥協を許さない。私の教育係にだって本人が志願し、幼少時から厳しくあれこれ躾けてきたのだ。良家の子女とはなんたるか、淑女とはどうあるべきか、教養と礼儀を徹底的に仕込まれた。私は最早父よりも母よりもこの執事を親だと思い、彼にこそ敬愛を寄せている。


「今日の食事も大変美味しかったわ」

「恐れ入ります。お気に召したようでなによりです」

 食後のワインを楽しむ私の傍、執事の男は優雅な仕草でテーブルの上の食器を片付けていく。今日も今日とてひとつも残さず完食した。昔から偏食のきらいがあり、特にそれをこの男から注意されてきた私からすれば、前菜から出される多くの皿をすべて空にしたというのはなんだか誇らしさがある。それだけこの男が私に食べさせるために工夫を施し腕を磨いたということでもあり、益々私はこの執事に好感を募らせる。

「それにしても、また領民がひとり行方不明になったと聞いたけれど、大丈夫なのかしら? そろそろ都に報告を差し出したほうが良いのではない?」

「年頃の少年というのは、突発的な衝動に突き動かされて急にどこかへ行ってしまうこともあるものですよ。あまり心配することでもないでしょう」

「でも、つい一昨日は娘さんが失踪したと聞いたわ」

「彼女には別の街に想いびとが居て、しかしご両親に交際を反対されていたとのことですよ。どうせ駆け落ちでもしたのでしょう」

「ふぅん……」

 鼻を鳴らしてワインを飲み干した。一滴も残らず空になったグラスに執事が目を細め、月色の瞳が狐のような糸目になると、その眦をやんわり緩める。暗黙の内にお代わりのワインを注がれて、私もそれを楽しんだ。今日のワインはこれまでに飲んだものと比べてとびきりに飲みやすく、スイーツのように甘い香りがする。


 広い食堂には私と執事のふたりきり。長テーブルにはかつては父、母、兄と姉、そして妹が揃い家族の団欒を過ごしていたのに、数年前から私の家では不幸が続き私以外の全員が隠れてしまった。立て続けにそうなったものだからあの時期は私も心労が激しくて、そんな私を執事はよく励ました。倒れかける私を昼も夜もなく支えてくれて、共に葬儀やその後の手続きにと奔走した。領主の父を喪ったおかげでまだ二十歳にも満たぬ娘の私が家督を継いだが、私ひとりでは大変だろうからとそのサポートまでしてくれる。

 私の執事は昔から有能で、万能で、優しくも厳しく、甘くも辛く、常に私と共に居た。親よりも親のようで、兄姉よりもずっと身近で、恋人よりも愛していた。幼い頃から一切変わらぬ見た目の美貌が羨ましく、そのコツを聞いてもいつも「秘密」と言って教えてくれない。


「お嬢様、お身体の具合はいかがですか」

 家族を喪ってからというもの、この男は私に対して少し過保護がちになってしまった。なにかにつけては具合を伺い、どんな些細な異変も見逃さず、また申告しろと私に何度も言いつけた。

 私は二杯目のワインも軽く飲み干して、血行がよくなり熱くなった顔で笑う。

「いいえ、とっても調子が良いわ。身体は軽くて羽のようだし、毎日が楽しくて仕方がないの。お母様もお父様も亡くなって、街でも行方不明者が出ていたりする中で、こんなことを言うのは不謹慎かもしれないけど……」

「まさか、そんなことはありません。たしかに領民たちの事情に心を割くのも領主の務めではありましょうが、あなたの幸福や楽しみはあなたのもので、それは誰に咎められるものでもないのですよ。お嬢様が毎日楽しく幸せに過ごせているというのなら、お亡くなりになられたご家族様たちも、領民たちも、それ以上のことはないでしょう。私もとても嬉しく存じます」

「うふふ」

 アルコールを含んで上機嫌になった気持ちのまま笑みを深めれば、男もそっと微笑した。なんとも美しく、女も嫉妬しそうな表情であり、彼は絵画の中から飛び出してきたのかもしれない。そう思うほど、私の執事は美しく長けていて、気高いほどの品があった。


 敬礼をした執事が食器を纏めた銀のワゴンを押して食堂を去ろうとする。私はまだ食後の休息を得たくて席に座ったまま、指先で頬杖をついてぼっとしていた。

 扉近くになったところで男が足を止めて振り返る。

「お嬢様、調子は如何でございますか」

 先程と同じ問い、しかし異なることを理解している。

 私はにっこり笑いながら右目にかかる前髪を持ち上げた。そこには一輪の花が咲き、その中央からは硬く鋭利な角が花を突き破るように伸びている。

 日に日に成長するその角と、眼球を裂いて毒々しくも香り高く咲く花弁は、突如顕れた私の異変と異常であったが、執事に言わせるとこれは「特別」なことであるらしい。ちょうど家族が皆死んで、その悲嘆に暮れて寝込んでいた頃にこの異変が起きたから、私は当たり前にパニックになったのだけれど、執事だけはとても喜び、感慨し、涙するほど喜んだ。わたしはこの男が泣くところを見たこともなければまさか泣くことがあるとは思いもしなかったので、自分の異変も忘れて驚いた。

「ああ、良かった。やっと、やっと! あなたこそが私のすべて!」

 男はそう言って感涙した。生まれて初めてこの男に抱きしめられた。力強さのあまり背中が軋んだけれど、訳もわからなかったけれど、この男がこれほど喜ぶ様子も見たことがなかったので、私まで喜ばしい気持ちになった。

「いいえ、とっても調子が良いわ。痛みももうないし、こうしてみると、この花にも角にも愛着が湧くものね」

 男が笑う。いつもは澄ました顔をしているのに、そういうときは少年のように幼く笑うのだ。


 父を喪い母を喪い、兄と姉、妹を喪った。

 家族が連続で死んでしまったことにより不吉を感じたのか何人も居た使用人たちまでが暇乞いをしてこの屋敷から消えてしまった。

 領民たちも、若い少年少女が数日おきにひとりずつ、なにかしらの理由で居なくなる。


 いつか、この街でわたしと男のふたりきりになってしまうのではないだろうか。それを危うく思うのに、反して楽しみに思う気持ちが胸のどこかに疼いているのを知っていた。それを待ち望むような薄暗い感情があることも。


 男は少年のように可愛らしく笑って、皓く並びの良い歯を見せた。その歯は昔から先が尖った鋸状だ。

「それはようございました。私も安心出来るというものです」

 最後にもう一度だけ敬礼し、執事はワゴンを押して部屋を出ていく。音もなく閉ざされる扉に耳を澄ませながら、人差し指で天向く角をひとなぞりした。

「ええ、本当に、良いことでしょうね。だってこんなに楽しいことに違いないんだから」

 うっとり恍惚として吐き出した息は重い紫煙のようだった。吸い込んで、また吐き出す。それを何度も繰り返す。

「明日は一体誰の料理を出してくれるものかしら? ああ、楽しみだわ。楽しみだわ。私もう、獣のお肉やお野菜じゃあ満足出来ない身体なんだもの……」

 恋する少女のように身悶えて、きっと今の私の顔は赤らんでいるに違いない。快感に震える身体を抱きながら、右目の花弁のひとひらを毟り取る。

 一口で食べると甘かった。砂糖菓子より、蜂蜜より、ホイップクリームより、この世のどんな甘味より。


 ──ああ本当に、とても気分が良いったら!


 くすくす笑ってわたしもしゃなしゃな食堂を後にした。テーブルの上には目の前で腹を捌いた少年の残骸が残っていて、もしかしたら明日は別の誰かではなくあの残り物が出るかもしれない。

 腕かしら、足かしら、爪かしら、骨かしら、髪かしら、皮膚かしら、内臓かしら。なんだって良いわ、なんだって好きだから!


 ああ本当に、私の執事はなんて有能で万能で素晴らしいことかしら。父も母も誰も教えてくれなかったこの世の未知を彼こそが教えてくれて、わたしの知らぬ世界をこんなにも与えてくれる。

 これほどの快感と刺激を熱心に教えてくれた彼に感謝しなくっちゃ!

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