08 昇格条件
「随分遅くまでかかりましたね、コウさん」
受付嬢が呆れた様子で言ってきた。確かに服は所々破けていて傷だらけだ。とてもEランククエスト、しかも採集クエストに行った者の格好ではない。
「いや〜運悪く少し強い魔物と接敵してしまって」
「はぁ、奥に行かないよう忠告したのに聞かなかったんですね。ヒール草は確かに希少度のあるものですがそこまで時間のかかるクエストじゃありませんしね。冒険者は常に死と隣合わせな職業です。安易な気持ちで行動するのは絶対に駄目です、良いですね」
「すみません、今後気をつけます」
こればかりは俺が悪い。冒険者という職業は言わば命をお金にしているようなものだ。一時の油断で命を無くすようなことはザラである。だからこそ受付嬢さんは初心者であるにしろないにしろ、安全なクエストと持てる限りの情報を渡してくれるのだ。少し調子に乗りすぎていたのかも知れないな。
「取り敢えず成果を聞きましょうか。ヒール草10束、採集できましたか?」
「はい、これになります」
俺は袋に詰められたヒール草をカウンターに出す。受付嬢は渡された中身を開けるとハッとしたように表情を強張らせる。
「30本も採集してきたんですか?初めてのクエストで?」
「はい、何か驚くようなことがあるんですか?」
「それは勿論!ヒール草は先程言ったように希少度の高い植物なんです。魔力が豊富な場所にしか生息せず、ポイズン草に似ていて見つけにくいんです。ですがポーションなどの回復薬に使われるため非常に需要のある素材なんですよ。それを1回に、しかも30束なんて凄いです!」
なるほど、【解明】を使ってたから気付かなかったが、低ランククエストながらに難しいものだったんだな。採集クエストが残りやすい理由の1つがこういうのかもしれないな。何にせよ採集クエストが功を奏したようだ。この後に出すのも気が引けるが⋯⋯。
「あとコイツを倒したんですけど一緒に引き取ってしてもらっても大丈夫ですか?奥に行った際比較的、そう比較的浅い場所で出遭ったんですけど」
あながち嘘ではない。深くなり始めた場所───すなわち境目で遭ったからグレーゾーン、というただの屁理屈であることは考慮しない。
「こっこれ!ホーンラビットじゃないですか!?Dランク相当の魔物ですよ!俊敏性が高くて攻撃が当てにくいことから討伐したら初心者卒業と言われてるんです!初日でこれは凄いですよ!!!」
凄い興奮しているな⋯⋯というか早口過ぎるだろ。ただ強いとは思ってはいたがDランク級か。確かに素早さだけで攻撃力はさほどなかったしな⋯⋯⋯いやちょっと待て。
「それホーンラビットの亜種じゃないですか?ほら、額に角生えてないでしょ。【電撃付与】と【俊敏化】をバフとして自分にかける魔物があんなに強いとは⋯⋯。ビックリしましたよ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
しん、と静まり返った冒険者ギルド。先程まで賑やか過ぎるほどに騒いでいた冒険者たちは驚愕の表情を浮かべてこちらを見ており、受付嬢は口を開けて呆けてしまっている。ふむ、軽々しい物言いだったからだろうか。
全身から間欠泉のように冷や汗が吹き出る。
やらかした。特定の魔物のスキルを知るなんて【技能:鑑定】でも出来ないことだった。ただでさえ希少な鑑定持ちを更に上回る能力なんて知られたら面倒極まりない。何かいい逃げ方は⋯⋯⋯⋯。
「初クエストでCランク級の亜種討伐なんて!凄過ぎますよコウさん!!!」
「へっ?」
あまりに想像離れした反応が返ってきたため思わず間抜けな声が出てしまった。
「ホーンラビット亜種はコウさんの言ったように【技能:電撃付与】と【技能:俊敏化】を持ったCランクに相当する魔物です。通常個体の速さを大きく上回る俊敏性を持ち、更にはデバフである麻痺をかけてくるため非常に厄介なのです。それをEランクで倒してくるなんて前代未聞ですよ!」
「そ、そうなんですか」
「これは少し実力評価に訂正が必要ですね⋯⋯。ギルマスに今回の件を話しておきますので明日の正午にここにもう一度来てください」
「分かりました」
なんか凄いことになったな⋯⋯。亜種っていうからそこそこ強いとは思っていたがCランク級とは。ウサギ型の魔物とかもう少し弱い扱いされてなかったか?俺も初めてだったから苦戦こそしたが次以降戦ったとしても負ける気がしないぞ。何か違和感を感じるが目先の問題は明日だな。少し、いや大分目立ちすぎた。今後の方針をよく考えた方が良さそうだな。
宿のベッドに寝そべりながら思案していると夜も更けてきた。明日に備えて寝ようと思案を止める。ふと思考の渦が止まったことで浮かび上がったことがある。
「クエストの報酬受け取ってねぇー!!!」
▶▶▶▷▷
翌日。
正午まで時間があるので図書館や街にて役立ちそうなものを探して見て回ったりしていた。しっかりと街を見てなかったので良い機会であった。
まず最初に武器屋に寄ろうと思った。昨日のホーンラビットとの戦いで思ったのはスキルは使い所が難しいということ。特に魔法系統のスキルはものによってはDEXの高さが肝になるため静止状態の物体に当てるという行為ですら必ず命中するとは限らないのだ。であるからこそ剣などの完全にスキルやステータスに依存しない攻撃手段が求められる。
「とは考えたものの⋯⋯⋯」
武器と言っても種類は多い。剣、弓、槍、槌、杖、などなど。「斬・打・突」に分類される様々なものの中から自分に合うものを選ぶのは困難である。一般的にこの世界の人々が武器を選ぶ際の基準はステータスを参考にする。武器は基本的にSTR、基礎攻撃力と呼ばれるその人物の純粋な攻撃力と武器自体の攻撃力を相乗してSTK、攻撃力に変換される。因みにこの情報は称号にある《世界の管理者》によって世界のシステムにアクセスしたときに得られた情報である。この世界の人々は詳しい攻撃力の算出方法は知らないが、大まかにステータスが関係していると認識しているようだ。
では俺の場合のステータスは如何だろう。
一律100だ。
基本的にステータス値───いわゆる能力値100というのは限界値と言っても過言ではない。いずれかの能力値が特化していたとしてもそれ以外は低くなる。つまりオール100というのは異常なのだ。だからこそ《勇者》などの英雄職と疑われたというわけだ。
因みに能力値は基本的にレベルが上がると上昇する。一律同じだけ上昇する人もいれば、特定の値だけ急上昇する人もいる。この伸び方によって成長タイプを見分け、武器や職業を決定することが一般的である。
話を戻そう。
能力値オール100───バランスが良いとは聞こえはいいが、実際は器用貧乏と言っても大差ない。とはいってもこの世界の人からしたらバケモノ級の強さを持っているという認識だから、本質的には“全ての武器の真価を発揮して扱えるオールラウンダー”といったところだろう。
「取り敢えず扱いやすい剣系統にしよう。ロングソードよりは短剣とかナイフの方が良いかもな、実験とかで扱ってたし。まぁ実験と言っても子供の頃と研究室で少し扱っただけだけどね」
考えをまとめると朝食を食べに寄った店を出る。会計のときに店員さんからオススメの武器屋を教えて貰ったのでそこに向かう。
「はぁ〜⋯⋯あたり一面武器だらけだ。当たり前だけど」
武器屋である「戦極」に着いた矢先にくだらないことを言っているように思えるが一概にそうとは言えない。外見からは食事処のようなサイズ感で然程大きく感じられなかった店舗であったが、中はとても広く階層構造になっている。冒険者に留まらず、騎士団や貴族なども訪れることがある程に有名な専門店なんだそうだ。
何しろ「極み」というだけあってさながらショッピングモールだ。武器や防具だけでなく、ポーションなどの消耗品や野宿用のサバイバルグッズ、はたまた魔導書まで取り揃えている。因みにこの街にも武器屋、道具屋、魔導具屋はある。しかしそれらに負けず劣らずの性能と品質であるのは驚愕する事実だ。
「さて短剣は〜っと、あったあった」
予想してはいたが種類が多いな。それぞれ性能とかが少しずつ異なるから組み合わせを選ぶという面白さがありそうだな。
短剣エリアをうろうろと歩いていると男性の店員さんに声をかけられた。
「短剣をお探しでしょうか?」
「ああそうだ。しかし冒険者になったばかりで武器選びというものに疎くて困っているんだ」
「なるほど分かりました。それでは“装備制限”を知っていますか?」
「装備者のレベルによって能力制限、または装備できないやつのことだよな」
「大体それで合っていますね。正確には装備者のレベルやステータスによって装備の性能が十全に発揮されないことです。装備出来ないこともありますが、実は攻撃手段として使えるんですよ」
「そうなのか!?」
「武器とは装備したときにその真価を発揮します。それが武器の能力だったり武器自体の性能ですよね。ただ武器を装備しない状態で攻撃した場合、アイテム扱いとなって消耗品となり耐久力などが低くすぐ壊れてしまいます」
まさかアイテムと装備の2種類の状態があるとは。注意しないといけないな。
さて、そろそろギルドに呼ばれている時間だから早く決めなければ。短剣、ナイフ、ダガー、双剣⋯⋯ん?
短剣エリアは然程大きくはなく、一角にポツンとある感じだ。中央の台と壁際の台、壁に立て掛けるなどして置かれているのだが、そのまさに壁際かつ角の場所に他と雰囲気の違う刃物があった。濃淡のある黒く長い刀身に、鋭利な刃と硬い刃のない面を持つその刃物は────
「短刀だ」
日本の伝統工芸にして伝統美術とも呼ばれる刀はまさか異世界まで轟いているとは⋯⋯⋯⋯そんなわけないか。
ただ短刀があるということは他の刀とかがあるはずだ。流石に短刀では短く実用性には向かないから太刀か打刀があればいいんだが。
慣れ親しんだ形状⋯⋯というわけでもない。触ったのは高校生ぐらいに部活で剣道を嗜んでいたくらいだ。ただ大会などで実績を残すくらいの実力は持っている。それ故かは定かではないが一番最初の武器は刀にしようと思ったのであった。
その後仕入れてあった小太刀を買い、外に出た。
正午を回った頃だった。
▶▶▶▷▷
「よく来たなコウ。今回呼び出した理由はお前さんの採集した30本のヒール草と討伐したホーンラビットについての話だったな」
約束の時間ギリギリになってしまったがなんとか間に合った俺は早速ギルマスのいる執務室へと案内された。ギルマスからは前回とは少し違う雰囲気を感じる。
「何か不手際があったんでしょうか。もしかして自分より高ランクの魔物は討伐してはいけないとかああったりするんですか?」
「いやいやそうじゃない。冒険者はランクという括りがされているが別に魔物との関連性は設けてない⋯⋯⋯⋯が、上位の魔物と戦うときにギルド側は責任が持てない。ましてや護衛や街の警備など人の命が関わる依頼だったときは尚更責任重大だ。だから我々はランクを設けて安全に仕事ができるよう斡旋しているのだ」
なるほど⋯⋯俺はこの世界に来てから少し、いや大分浮かれていたようだな。本質を理解する、俺が常に心掛けていたことだ。状況判断や原因を精査することはより良い結果に繋がる。ならばこそこの世界について無知である現状、不明確かつ深く読み取りもしないで行動に移した今回の件は大問題である。
仮にも《世界の管理者》っていうのならとても褒められた行動じゃないよな。実際に管理する前に気付けて良かった。
「すみません、確かに今回の件は浅慮でした」
「分かってくれたならそれで良いさ。だがまあ、ヒール草はポーションなどの素材として重宝される分ありがたいことに変わりはない。それにホーンラビットの亜種も滅多にお目にかからない代物だ」
ギルマスが報告書を見ながら言う。
一息つくとゆっくりと立ち上がり眼前の俺の隣に来る。
「難易度の高い採集クエストの達成及び高ランク帯モンスター討伐の功績を踏まえ、星橋衡を特例でCランク冒険者とする!」
「えぇ!?」
Cランク?特例???
確かにポイントとしてはDランク昇格分は届いたとしてもCランクはまだだろうしな。それにしても滅茶苦茶すぎないか?
「そんな特例なんて突飛なことしても大丈夫なのか?」
俺の質問が意外だったのか、ギルマスが吹き出すように笑った。
「君にはその資格は十分にあると思うがね。君は昇格条件を知っているんだよね」
「ああ、ポイント制だよな?依頼の難易度に合わせて点数を加点しているのかと予想していたんだが⋯⋯」
「それは建前の条件なんだ」
「────っ!⋯⋯⋯⋯なるほど、冒険者のモチベーションと依頼の消化促進のためか」
「その通りだよ。私達冒険者ギルドは適正レベルに合った依頼を提供すると同時に依頼が飽和しないようにする必要があるんだ。だから表向きはポイント制で昇級すると発信している」
「とすると俺は大方Cランクに見合うと判断されたというわけか?」
「まだ仮だがね。君にはあるパーティーと共に依頼を受けてもらいたい。その依頼結果に応じて君が真にCランクに値するかの判断を下そう」
依頼“達成”でなく依頼“結果”ときたか⋯⋯⋯、基準がない分相当厳しい条件ではあるが地道に貢献度を稼ぐよりは大分美味しい条件だな。買った武器を試すのにも丁度良いし⋯⋯⋯⋯。
心做しかわくわくしている自分がいることはさておき、俺は承諾の意を込めてギルマスに尋ねた。
「依頼内容はなんだ」
ギルマスは俺の質問に対し不敵な笑みを浮かべた。
「ギアンタの森───深奥部の調査だ」
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