魔法のわたあめ屋さん
※こちらは香月よう子様主催の、『夏の夜の恋物語企画』参加作品となっています。
「千里姉ちゃん、千里姉ちゃん、里奈ね、わたあめ食べたい!」
夏祭りの出店をとぼとぼと歩く千里に、浴衣のそでをパタパタさせて元気よく歩く里奈がいいました。
「……お母さんからもらったお小遣い、もうないよ」
夏祭りには似つかわしくない、しかめっつらをしたまま、千里が里奈をたしなめます。でも、里奈はむぅっとほっぺたをふくらませてから、手をバタバタさせて千里にせがみます。
「やだやだ! 食べたい! 食べたいの!」
「もうっ! さっきもそういって、金魚すくいやったじゃない! あれだってわたしのお小遣いから出したのに」
慣れない下駄で痛む足を気にしながら、千里は里奈の腕を強引に引っぱりました。
「ほら、帰るよ!」
「やだやだ! 千里姉ちゃんのバカッ! うわぁぁんっ!」
びっしり並んだ出店の、一番はじっことはいえ、お客さんはちらほら見えます。みんななにごとかと、千里のほうに目を向けています。いたたまれなくなった千里は、あわてて里奈をなだめます。
「わかった、わかったわよ! でも、これで最後だよ! わたしもお小遣いなくなっちゃうわ」
「うん、ありがとう姉ちゃん!」
とたんにパァッと顔を輝かせる里奈を見て、千里はまゆをつりあげました。
「なによ、ウソ泣きだったの? もうっ!」
千里は里奈をにらみつけながらも、大げさにため息をついてから、手提げかばんからお財布を出しました。お金を出そうとして財布を開けると、プリクラで撮った写真がちらりと見えました。
「あ……」
「千里姉ちゃん、どうしたの?」
里奈がぽかんとした顔で、千里を見あげます。千里はなにも答えずに、プリクラの写真に写った、ちょっぴり照れた顔の男の子をにらみつけました。
――ホントは、雄介と来るはずだったのに――
「こんにちは、かわいいおじょうさんね。『魔法のわたあめ屋』は初めてかしら?」
女の人の声がしたので、ふと千里は顔をあげました。いつの間にか里奈が、すずしげな白いワンピース姿の女の人と話をしています。わたあめ屋さんの店員さんでしょうか。
「魔法のわたあめ屋さん?」
里奈が目をぱちくりさせて、女の人を見あげます。わたあめ屋さんはこくりとしてから、わたあめを作る機械にザラメを入れました。
「わぁっ!」
里奈の歓声が聞こえて、千里も思わずわたあめ屋さんに歩み寄ります。ザラメを中央の投入口に入れると、金属でできた回転釜の外側に、きらきら光りながらわた糸が現れたのです。その色を見て、千里も「わっ!」と声をあげます。
「虹色だぁ!」
里奈のいう通り、わた糸は赤色に始まって、橙色、黄色、緑色、青、藍色、紫色……と、虹の七色にどんどん色を変えていったのです。それを割りばしに巻きつけていくうちに、わたあめはきれいなグラデーションを描いていきました。
「すごい、どうなってるの……?」
目を丸くする千里に、わたあめ屋さんはさわやかにほほえみ、それからできた虹色のわたあめを、ビニールのふくろに入れます。
「お姉ちゃん、そのわたあめちょうだい!」
「ふふ、あわてないで。この『虹のわた雲』もいいけれど、うちは魔法のわたあめ屋さんだから、かわいいおじょうさんにはもっと素敵なわたあめをあげるわ」
そういってわたあめ屋さんは、里奈にコップを差し出しました。コップの中身を見て、里奈はきょとんとしています。千里もコップの中身をのぞき見ました。
「これ、ザラメ?」
「そうよ。魔法のわたあめ屋さん特製の、『恋するザラメ』よ。このザラメに大好きな男の子のことを話しかけると、わたあめの色が変わるのよ。……それでね」
わたあめ屋さんは、まるでないしょ話をするかのように、里奈と千里のそばに顔を近づけて、小声で続けたのです。
「そのわたあめを、自分で割りばしで集めると、その男の子との恋が実るの。ね、だから『恋するザラメ』っていうのよ」
それを聞いたとたん、里奈の顔にパッと花が咲きました。キラキラした目で、わたあめ屋さんを見あげています。
「ホント? ホントに? やりたいやりたい! 里奈ね、同じクラスのたっくんがね、好きなの! ないしょだよ!」
「うふふ、もちろんないしょにするわ。それじゃあたっくんの大好きなところを、そのザラメに話してね」
こくこくっと何度も頭をふって、それから里奈はコップに入ったザラメに、たっくんの好きなところをいくつもささやいていきます。だんだんと千里の顔がしわくちゃにくもっていきます。
「はい、あなたのぶんよ」
そんな千里に、わたあめ屋さんがにこっとしてからコップを渡してきました。千里は不機嫌そうに首をふります。
「でもわたし、お金もうないし」
「それはサービスよ。あなたこの子の、里奈ちゃんのお姉さんでしょ? 妹さんの面倒を見る、優しいお姉さんにはサービスしてあげないとね」
わたあめ屋さんからザラメのコップを受けとっても、千里はまだ眉間にしわを寄せたままでした。でも、わたあめ屋さんは少しも気にした様子もなく、お店から出て里奈の手を取りました。そのままお店の中に入らせます。
「ほら、ここに立ってみて。あら、ちょっと高さが足りないわね。ちょっと待っててね、踏み台を用意するから」
わくわく顔の里奈を見ているうちに、千里の胸の奥がじくじくと痛んで、いたたまれない気持ちになります。そっとお店の前から遠ざかると、千里は神社の松の木のそばで立ち止まりました。
――なにが『恋するザラメ』よ! そんなのインチキのくせに――
そう思いながらも、千里は手にしていたザラメのコップを、大事にのぞきこむのでした。わずかに茶色がかっていて、どう見ても普通のザラメにしか見えません。千里は迷いながらも、先ほどプリクラの写真で見た男の子を思い出して、それから一言つぶやいたのです。
「……雄介の、バカ」
そのままとぼとぼとお店の前に戻ると、里奈のはしゃぐ声が聞こえてきました。顔をあげると、里奈が手に割りばしを持って、くるくる回しては、「すごいすごい!」と笑い声をあげているのです。その割りばしには、ピンク色のやわらかそうなわた糸がどんどん集まり、ふわっふわのわたあめができていくのでした。千里は目をふせ、わたあめ屋さんに見つからないように身をちぢめます。
「あっ、千里姉ちゃん! 姉ちゃん、見て! ほら、里奈、いっぱいわたあめ作れたよ! わたあめのお姉ちゃんがね、いっぱいわたあめ作ったら、たっくんといっぱい仲良くなれるって!」
里奈に見つかり、声をかけられて、千里は罰の悪そうな顔でうつむきました。風船のように大きなわたあめを手に持ち、上機嫌でお店から出てきた里奈を、千里は恨めしそうに見つめます。そんな千里に、わたあめ屋さんがすずしげな声で話しかけます。
「好きなところ、いえたかしら?」
「えっ? あ、その……」
千里がなにもいえずにいると、わたあめ屋さんはほほえんだまま、だまって千里をお店の中に連れていったのです。あわあわしながらも、千里はなにもいいだせずに、されるがままにわたあめ屋さんにザラメを渡します。
――どうしよう、雄介の好きなところなんていえてないわ――
そう思いながらも、千里はだんだんと投げやりな気持ちになっていき、痛む足でわずかに地面をけりました。
――別にいいわ。どうせインチキなんだから、色がピンク色に変わるんだろうし。でも、そうなったらいってやるもん。わたし、好きなところなんていってないって。雄介のバカっていっただけだって――
わたあめ屋さんをにらみつける千里でしたが、わたあめ屋さんはやはりすずしげな笑顔を浮かべたまま、千里のザラメを少量中央の投入口に入れたのです。そのとたん、回転釜の外側に、黒と茶色の汚らしいわた糸が現れたのです。ぎょっとする千里でしたが、わたあめ屋さんは少しも顔色を変えずに、だまってその黒と茶色のわた糸を割りばしでからめとっていきます。
「あ、あの、わたし……」
急いで千里は里奈に目をやりました。自分のわたあめを食べるのに夢中で、千里の汚いわたあめには気づいていない様子です。ですが、他のお客さんたちは、なにごとかとわたあめ屋さんをじろじろ見ています。千里は穴があったら入りたいといった表情で、ぼそぼそっとつぶやきます。
「あの、ごめんなさい、わたしその……」
こわごわわたあめ屋さんを見あげて、千里は目を疑いました。わたあめ屋さんは、怒るどころか、千里をいたわるような優しい笑みを浮かべていたのです。割りばしに少しだけ巻きついた、黒と茶色のわたあめを、わたあめ屋さんはためらわずに手でちぎって口に入れたのです。「あっ!」と声をあげる千里に、わたあめ屋さんは静かに耳打ちしました。
「どんな恋心だって、あなたにとって大切な気持ちよ。苦くたって、汚くたって、それをあなたが受け入れないと、心はずっとよごれたままになってしまうわ。……大丈夫、あなたならちゃんと探せるから。彼の良いところを。怖がらずに、さぁ」
わたあめ屋さんから黒と茶色のわたあめを渡されて、千里は顔をゆがめました。ですが、そのよごれたわた糸から目を離すことはできませんでした。すがるようにわたあめ屋さんを見ると、わたあめ屋さんはほほえみ、そっとわた糸を指さします。
――なんだろう、ここだけ、赤い――
吸いこまれるように千里は、その赤が混じった黒と茶色のわたあめを、むしゃっとかじったのです。そのとたん、千里の脳裏に思い出がなだれのようにめぐったのです。
「だからさ、悪かったっていってるじゃんか!」
「夏休み始まる前から約束してたのに、ひどいよ!」
「でも、六年生最後の大会で、やっとレギュラーの座がつかめそうなんだよ! 合宿でレギュラーが決まるのに、参加しなかったらおれ、一度もレギュラーになれずに終わっちまうよ」
「だけど、わたし約束したじゃない! 小学校最後の夏祭りだから、いっしょに行こうって! 夏祭りのあと、いっしょに花火しようって、約束したのに!」
「だから、悪かったっていってるだろ、千里のわからずや!」
「わからずやはどっちよ! 雄介なんて、雄介なんて……だいっきらい!」
ぽたぽたと、千里の手の甲に温かなものが落ちてきました。口の中には、苦々しくてじゃりじゃりする、なんともいやな味が広がっていきます。いたたまれなくなって、はきだそうとする千里に、里奈の無邪気な声が聞こえてきました。
「イチゴの味、おいしい!」
苦いじゃりじゃりの中に、わずかに別の味がしました。その味を必死にたどるうちに、再び千里に思い出が流れこんできます。
「ゆーくん、すごいね! ボール、ポンポンッてして、何回もけって……」
「へへっ、おれさ、がんばってサッカー選手になるんだ!」
「すごいすごい! じゃあね、ちぃはね、ゆーくんのおよめさんになる!」
「ちぃちゃん、じゃあ指切りしよ! おれはサッカー選手、ちぃちゃんはおれのおよめさん!」
「うん! ゆーびきーりげーんまーん」
「うーそつーいたーら、はーりせーんぼーん、のーます!」
「ゆーびきった!」
ひどく苦くてじゃりじゃりする中に、千里はわずかにほんのりと甘い味がしました。どこかで味わったことがあります。きっとそれは、大好きだった味のはずです。千里はさらにその味をたどっていきます。
「雄介、今日も練習?」
「あぁ。わりぃ、先に帰っててくれよ」
「でも、今日雨降ってるよ。泥だらけになっちゃうよ」
「雨の日だって試合はやるんだ。おれにはドリブルしかないからな。ここで差をつけないと」
「雄介……」
「なんてったって、約束だからな」
「約束って、なに?」
「おいおい、忘れてたのかよ。……まぁいいや、レギュラーになったら教えてやるよ」
――そうだ、この味、イチゴだ。甘くて、だけどちょっと酸っぱい、わたしの一番好きな味――
顔をあげる千里に、わたあめ屋さんがにこりと笑いかけました。
「……もう一度、声をかけてあげて」
千里は素直にうなずいて、それからわたあめ屋さんからザラメのコップを受けとりました。
「雄介、約束忘れててごめん! わたし、思い出したの、泥だらけになっても、ボールを追い続ける雄介が好きだったって……!」
わたあめ屋さんにコップを渡すと、わたあめ屋さんはそれをゆっくりと中央の投入口に入れたのです。そのとたん、回転釜の外側に、赤く色づいたイチゴのような、美しいわた糸がたくさん集まっていったのです。わたあめ屋さんに割りばしを渡され、千里は夢中で赤い糸をたぐり寄せます。目が覚めるような赤い糸に、お客さんたちも驚きどんどん集まってきます。
「千里姉ちゃん、すごい! 真っ赤なわたあめ、すごいよ!」
ピンク色のわたあめを食べ終わった里奈も、拍手喝さいです。そしてそれは、他のお客さんたちも同じでした。千里が最後のわた糸を巻きつけ、ふわっふわの赤いわたあめをかかげたときには、拍手だけでなくてあちこちから歓声も上がったのです。照れたように笑う千里に、わたあめ屋さんがこっそり耳打ちします。
「食べたらきっと、勇気が出るわよ」
「うん……! わたし、明日雄介に謝るわ。それで、もう一回約束するの。……それまで待つから、だから……」
わたあめ屋さんはにっこりと笑顔でうなずきました。
その次の年にも、魔法のわたあめ屋さんは出店の一番はしっこに、たくさんの女の子たちに囲まれてわたあめを作っていました。『虹のわた雲』も、『恋するザラメ』も、どちらも大人気でした。と、魔法のわたあめ屋さんに、男の子と女の子がやってきました。男の子は日焼けした顔に、泥だらけのユニフォームすがたです。女の子はセーラー服すがたでした。サッカー部のマネージャーになった女の子は、男の子としっかり手をにぎっています。それを見てわたあめ屋さんは、わたあめのようにとろける笑顔でむかえたのです。
魔法のわたあめ屋さんは、いろんな町のお祭りに参加しています。決まって出店の一番はしっこにお店を構えているのです。……もしかしたらあなたの町のお祭りでも、虹色のわたあめを作っているかもしれませんよ♪
お読みくださいましてありがとうございます(^^♪
ご意見、ご感想などお待ちしております(*^_^*)
また、この場を借りて素晴らしい企画を運営してくださった、香月よう子様に感謝の意を表明いたします。本当にありがとうございます(^^♪