シンデレラを幸せにするために、魔法使いに弟子入りした青年
ある日、青年は町で一際見窄らしい女性を見掛けました。
「変わった人だな」最初の印象はその程度でしたが、青年は、その女性の噂を聞き、とても嘆かわしく思いました。
その女性の名は、シンデレラと言いました。灰を被り、義理の母や姉に虐げられる毎日を送る、なんとも涙ぐましい境遇の持ち主だったのです。
しかし、彼女は打ち拉がれたり、俯くこと無く、常に前を向き、笑顔で人々と語り合っていました。
青年は、その女性──シンデレラにとても興味が湧きました。
町にお知らせが届きました。お城で行われる舞踏会の事です。
青年は、ふと気付きました。
かつて、この国では、貧しい女性が魔法使いの助けを借りて舞踏会に行き、ガラスの靴を落として王子様と結ばれた逸話があったのです。
青年は早速魔法使いを探しました。そして、深い霧が立ち込む森の中に、その魔法使いを見つけました。
「どうかシンデレラを舞踏会に連れて行って欲しい」
青年は老いてヨボヨボの魔法使いにお願いをしました。
「もう、ワシは年老いて杖も使えん……諦めなされ」
青年は肩を落としました。しかし諦めきれず、魔法使いに弟子入りを願い出ました。
「何とかして明日の舞踏会に彼女を連れて行ってあげたいのです!」
「……諦めの悪い男だ」
こうして、たった一日限りの特訓が行われました。
次の日の夕方、お下がりのローブに身を包み、青年はシンデレラの家へと向かいました。
家では退屈そうに、シンデレラが暇をもてあましておりました。
「可哀相なシンデレラ。私が舞踏会に連れて行って進ぜよう」
「あなたは誰!?」
「なぁに、しがない魔法使いじゃ……」
青年は、借りてきた魔法の杖を軽やかに振りました。特訓の成果を発揮する時です。
「それっ」
青年がカボチャに向かって杖を振ると、なんと、なんと……何も変わりませんでした。
「あれ?」
青年はもう一度杖を振りますが、カボチャはカボチャのままでした。
「どうしたの?」
シンデレラが心配そうに見つめます。
「大丈夫、大丈夫……昨日は出来たからね」
青年は深呼吸して、今度は近くに居たネズミに杖を振りました。
すると、ネズミは、なんと、なんと……やっぱり変わりませんでした。
「どうしたの?」
「ゴメン、ゴメン。ちょっと時間を頂戴」
青年は必死に杖を振り続けました。しかし、既にお城では舞踏会が始まっておりましたので、青年はとても焦りました。
青年が一心不乱に杖を振るっている傍ら、青年に話し掛けながらサンドイッチを作り始めました。
「あなたのお名前は?」
「しがない魔法使いだってば……」
「お名前は?」
「……ジョン」
パンにバターを塗り、シンデレラは更に話を続けました。
「どうして私の所に来てくれたの?」
「君があまりに見窄らしくて不憫に思ってね」
「あら、私より貧しい子は沢山居るわよ?」
「……何故だろう。君が気になってね」
「ふふ、ありがとう」
パンに野菜とチーズを乗せて、シンデレラは更に話を続けました。
「魔法使いのジョンはいくつなの?」
「26。昨日魔法使いに転職したばかりさ」
「あら、私より二つ年上ね」
「そうかい。それは良かった」
パンを挟んでナイフで切り分け、二人分のサンドイッチが出来上がりました。
「少し休憩しない?」
シンデレラに差し出されたサンドイッチを、青年は気まずそうに受け取るも、渋々と食べ始めました。
「舞踏会って面白いのかしら?」
「さあね、俺は行ったことないからな。でも、皆が憧れる」
「きっとキラキラしてるんだわ」
「少なくてもここよりは、ね……」
青年は、サンドイッチを咥えながら、再び杖を振り始めました。
何度も杖を振り続け、腕が疲れ果てた頃、ようやくカボチャの馬車が出来ました。
「──やった!」
青年はとても喜びました。そして本来の役目へと戻りました。
「シンデレラよ。これで舞踏会に行くがよい。ただし、12時までには帰ってくるのだぞ? 魔法が解けてしまうからのぅ……」
「……それって、今日の?」
青年が時計に目をやると、既に時刻は日をまたぎ、12時を過ぎていました。
「あ……」
「……」
静かにシンデレラの方を向くと、シンデレラはニコリと微笑みました。
「舞踏会、終わっちゃったね」
「なんてこった…………」
青年はガックリと肩を落としました。
「ねえ?」
シンデレラが無邪気に青年の顔を覗き込みます。
「私の事、どう思う?」
「どう……って?」
「私の事……好き?」
「踊りたいくらいにね」
「じゃ、ココがお城で良いんじゃないかしら?」
「俺が王子様?」
「そ。サンドイッチがよく似合う王子様」
「まいった、今度は王子様に転職だ。俺も忙しいね」
二人は踊り、夜明けと共にカボチャの馬車で遠くまで走り出しました。