第9話「王立騎士団本部」
ガシャーン!
牢屋の鉄格子が閉じられ、大きな鍵で施錠された。
「なかなか悪くない部屋だ。臭いトイレにワラのベッドつき」
レオンが言うと、看守が笑った。
「なら一生ここに住むか?」
「どうせならルームシェアってのはどうだ? あんたもこっちに来いよ」
「言ってろ」
看守は廊下の奥の扉を開いて、出て行った。
レオンは、鉄格子を握った。
鉄格子には、細かいルーン文字が刻まれている。
「王都では牢屋にも魔法がかかっているのか」
サラは隣の牢に入れられていた。
しかし返事がない。
「……サラ、聞こえるか?」
「あ……あ、はい、なんでしたっけ……」
サラは牢屋に放り込まれたショックで、呆然としているらしい。
レオンには、サラが壁に背を預けて座り込んでいる姿が思い浮かんだ。
「牢屋に魔法がかかってるのかって話さ」
「そうですね……」
心ここにあらずといった感じの声が、寒々しい牢屋に響いた。
「魔法を無力化する結界が張られています。魔術師が魔法で脱獄することもあり得ますから……」
「杖がなくてもか?」
サラの杖はもちろん、ふたりはあらゆるものを没収されていた。
レオンにいたっては、カウボーイハットや、Fランクのバッジまで。
「杖が無くても、魔術師は魔法が使えます。杖が発明される前の魔術師は、呪文を唱えて魔法を使ったんです。その時間を稼ぐために、剣士さんや銃士さんが昔はいらっしゃったわけで……」
「いま君の隣にいる、この男もどうやら銃士らしいぞ」
しばらく、静寂が牢屋を支配した。
「そうでした……ごめんなさい」
「生きた化石に謝ることはないさ」
レオンは牢屋の隅に敷かれたワラに寝転がった。
「……留置所って所は暇なもんだな。何か君の話が聞きたいな」
「そんな大したこと話せませんよ」
「家族の話なんかがいい。君の家族はどうしてる?」
レオンが尋ねると、サラはぽつぽつ話し始めた。
「普通の家族ですよ。私の母は……魔術訓練所の教官をしています」
「教官か。君も鍛えられたのか」
「はい。属性付与しか使えませんが、あらゆる属性を付与できるように特訓を受けました」
サラは母から受けた地獄のような特訓を思い返した。
………………。
テーブルの上には、水の入ったグラスが並んでいる。
そのひとつは、幼いサラが風魔法を付与したものだ。
「確認してみなさい」
サラはおそるおそるスプーンで水面に触れる。
水が渦を巻き始めた。
「あっ……」
渦が乱れ、グラスがテーブルに転がり、水がこぼれた。
素早く手首に鞭が飛んでくる。
「魔力が乱れているからこうなるのよ! どうして集中力が続かないの!」
「ごめんなさい、お母さん……」
「謝る前に杖を構える! もう一度!」
………………。
「そのときは、何の役にも立たないのにって思ってましたけれど……」
「君のお母さんに感謝しないとな」
「そうですね……本当にそうです。レオンさん」
サラは言った。
「私の魔法を使ってくれて、ありがとうございました」
「腰が低すぎるのも考え物だ」
レオンが答えた。
「自分の力に誇りを持って、初めてそれが自在に操れるようになる」
「その誇りをくれたのが、レオンさんなんです……」
サラは弾丸に属性付与を込めた瞬間を思い返す。
魔力がほとばしるあの感覚は、どんなに特訓を重ねても得られないものだった。
レオンがいたから、できたことだと思う。
「本当に、感謝しています……」
「お互い様さ」
そのとき、奥の扉が開いた。
看守の靴音が響く。
「釈放だ」
「ずいぶん早いな。臭いメシってのをいちど食べてみたかったんだが」
「刑務所と違って、留置所のメシは俺たちと同じメニューだ。臭いのは変わらんがな」
鍵が開けられ、鉄格子が開いた。
牢屋から出たレオンとサラは、看守の後に続いて廊下を歩く。
サラの鼻は赤くなっていた。
「銃は返してもらえるんだろうな」
「あの骨董品か、もちろんだ。だがその前に、騎士団長から話があるそうだ」
ふたりは【騎士団長室】とプレートのかかった部屋の前まで連れて行かれた。
看守がドアをノックする。
「ふたりを連れて参りました!」
「入ってくれ」
看守がドアを開くと、中には件の猫人族の魔術師が立っていた。
「ご苦労、職務に戻ってくれ」
「では、失礼いたします!」
敬礼して、看守は部屋を出ていった。
「さて……私は王立騎士団団長のガットンという者だ」
猫人族の魔術師は、ふたりの顔を交互に見た。
そうして突然、深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ない! 不当な留置をしてしまった……!」
ガットンは、頭を下げたまま動かない。
「おかげで珍しい経験ができたんだ。恨んじゃいないよ」
「本当にすまなかった……!」
「いいから、顔を上げてくれ。お偉いさんに頭を下げられると窮屈だ」
レオンがそう言うと、ガットンはようやく頭を上げた。
「しかしこのタイミングで釈放ってのはおかしな話だな。現場を見た時点で状況はわかってたはずだろう。俺が撃って、奴は死んだ」
「それが、そうとも限らんのだ。とりあえず座ってくれ」
ふたりは固いソファに腰を下ろした。
ガットンも、机の前の椅子に座った。
「鑑識師の報告が上がってきたんだが、奴は我々が到着する3日前には死亡していたことがわかった」
ガットンの奇妙な言葉に、部屋がしんと静まりかえった。
「……死体が動いてたってのか」
「証言を聞く限り、そういうことになる。認めたくはないが……」
ガットンは机の上で指を組んだ。
「それに奇妙な点はもうひとつある。奴はシールド魔法と光魔法の両方を使っていたのだったな?」
「そうです。おそろしい魔力量の魔術師でした」
サラが答える。
「しかし奴の持っていた杖は1本だけだったのだ」
「そんな馬鹿なこと!」
「魔法ってのは杖がなくても時間をかければ使えるんだろう。シールド魔法も同じなんじゃないのか?」
レオンが尋ねた。
「いえ、シールド魔法に関してはそうじゃありません。詠唱で発動したシールド魔法は、約15秒で消滅します。杖のルーン文字に魔力が供給されるから、ある程度の時間出力することが可能なんです」
サラが答えると、ガットンは深く頷いた。
「そういう事情だ。死体がオルディエール家の令嬢を誘拐し、杖を使わずにシールドを5分以上に渡って展開した」
「わかったよ」
レオンはソファから立ち上がった。
「妙なことが起こったってのはよくわかった。だが俺たちは騎士じゃない。謎解きは勝手にやってくれ。それより早く持ち物を返して欲しいね。俺は帽子がないと落ち着かないんだ」
「そうだな、確かにそのとおりだ。持ち物を返そう」
ふたりの持ち物は、机の上の木箱の中に入っていた。
レオンはカウボーイハットを被り、ガンベルトを腰に巻いた。
そうしてこまごましたものをバッグに詰めていく。
「ちょっと待て……バッジがないぞ」
「バッジ? そんなものは無かったと思うが」
ガットンは立ち上がって、木箱をのぞき込んだ。
「これくらいの大きさの木に“F”って書いてあるんだが」
「んー……? ああ、あれか! てっきりゴミかと!」
「俺も同意見だが、実はちょいと大事なものでね」
レオンが言うと、サラがしっぽを逆立てて叫んだ。
「ちょいとどころじゃありませんよ! バッジがないとクエストが受けられません!」
「わかった! 少し待ってくれ! 必ず探し出す!」
ガットンは尖った耳をぴんと立てて、部屋中を探し回った。
木箱が巡った部屋のゴミ箱をすべてひっくり返し、床を這い回り、バッジが見つかったのは、夜になってのことだった。
「遅くなってしまい重ね重ねすまない。良かったら騎士団の食堂で食べていかないか?」
「遠慮しとくよ。臭いって聞いちまったからな。酒場で食べる。それじゃ」
レオンとサラはガットンに見送られて、騎士団本部を後にした。
名前:ミハイル・ガットン
レベル:56
・基礎パラメーター
HP:725
MP:450
筋力:731
耐久力:724
俊敏性:430
持久力:810
・習得スキルランク
石魔法:A
火魔法:B
氷魔法:C
灯魔法:D
調査:A
推理:A