第8話「サラの魔法」
鈴の音と同時に、石塔を撃つ訓練を始めたあの日。
(風を読むんだ……)
懐かしい祖父の言葉だ。
それがレオンの脳裏に、ひとつのひらめきを生んだ。
「……考えがある」
レオンは拳銃の弾倉を開くと、弾丸を1発取り出した。
「このあいだ見せてくれた魔法を、こいつにかけてくれないか。それも思い切り強烈なやつをだ」
そう言ってサラの手を取り、弾丸を握らせた。
「え、いったい何の意味が……」
「いいから、言われたとおりにやってみてくれ」
「……わかりました!」
レオンが何をしようとしているのか、サラにはまったくわからない。
しかし、こんなふうに自分の魔法が人に必要とされたのは、生まれて初めてのことだった。
(私が……必要とされている……)
腰のベルトから杖を抜き、手のひらの弾丸に先端を当てる。
今まで何ひとつ役に立たなかった魔法。
しかしサラは今、それに全てを賭けていた。
渾身の魔力を杖に注ぎ込む。
「お願い……!」
杖のルーン文字が明るく輝いた。
サラの銀色の髪が風に揺れ、緑色の魔力が渦となって銃弾に収束する。
額から、汗が流れ落ちた。
「…………っ!」
――生まれて初めての感触だ。
今まで生きてきて一番強い魔力が、ひとつの弾丸に込められてゆく――。
「ふうっ…………」
杖のルーン文字の光が消えた。
髪が汗で頬に貼りつき、顔が真っ赤に上気している。
サラはふらつきそうになりながらも、少し冷たくなった銃弾を、レオンに手渡した。
「風の属性を、付与しました……!」
「よし」
レオンは弾倉に弾丸を戻し、銃把を握った。
(風だ……鈴を鳴らす、緑色の風……)
レオンは、自分の握っているこの拳銃に、新しい力が宿っていることを確信した。
「………………」
レオンは物陰から立ち上がる。
男は不気味な笑顔を浮かべてあちこちに光魔法を放ち、青い顔をした少女はぐったりと首を傾けていた。
轟音が響く中、レオンは、ゆっくりと撃鉄を起こした。
銃身の先には、崩れた建物があるばかりだ。
しかしレオンは、その先にある、見えない標的を捉えていた。
「レオンさん……!」
トリガーが引かれた。
銃口が火を吹く。
鋭い竜巻が銃弾の周囲に発生し、軌道がねじ曲がる。
風をまとって旋回する弾丸は、破壊された壁をかすめ、街路樹の葉を散らし、レンガの壁を削り取り、砂風を巻き上げ――獲物を捉えた。
「ウェヒッ!?」
あり得ない軌跡を描いた弾丸は、前面のシールド魔法を迂回し、男の腕に突き刺さった。
赤黒い血が吹き出し、男の杖が宙を舞う。
「行こう」
レオンとサラは大通りに出た。
男の腕から解放された少女が、前に転がり出る。
危うく転びそうになったところをレオンが受け止めた。
腕を撃たれた男は気絶したのか、ぴくりとも動かない。
「もう大丈夫だ」
少女は呆然とした青い瞳をレオンに向ける。
まだ何が起こったのかわかっていないらしい。
「怖かっただろう。よく頑張ったな」
レオンは少女の前にしゃがむと、バッグからヤママツタケを取り出した。
「おみやげに持って帰るといい」
少女はふっくらした小さな手で、差し出されたヤママツタケを受け取った。
「………………」
血を流して倒れている男を見ながら、サラが尋ねた。
「レオンさん、いったいどうやって……」
「風が弾道を曲げて、シールドの側面を突くことができた」
レオンは答えた。
「君の魔法の力だ。言っただろう。どんなにか弱く見える力も、役立つときは必ずやってくる」
「私の……」
サラは自分の杖を見つめた。
不思議な充足感が、胸に満ちている。
(本当に……私の魔法が……)
事態が終わったことを知った魔術師たちが、瓦礫の山から次々と出てくる。
あちらこちらに、ヒールの光が見えた。
「サラ」
レオンが言った。
「ここにいる誰もができなかったことを、君にしかできないことを、君はやった。君の魔法が命を救ったんだ」
その言葉で、サラの世界が開けた。
瓦礫の中を一陣の風が駆け抜け、尖った耳の突き出た銀色の髪をなびかせる。
チョーカーの鈴がちりんと鳴った。
(これが魔法で人を助けるということなんだ……)
鼻の奥が熱くなって、涙が溢れてきそうになる。
「レオンさん……」
震える声で、サラは言った。
「私……私……!」
サラはレオンの胸元に抱きついた。
長い年月をかけて、心を蝕んできた氷の塊が溶けていく。
溶けた氷が、とうとう熱い涙になってこぼれ落ちた。
「………………」
レオンは黙って、サラの頭を撫でてやった。
「おい、そこのお前!」
さきほど話していた魔術師が、レオンを呼んだ。
魔術師は倒れた男の側にしゃがみこんでいる。
「お前はどうやってこの男を殺したんだ?」
「……殺した?」
狙ったのは腕だ。
失血死するとしても、こんなに早いわけがない。
レオンはサラの身体をそっと離すと、倒れた男のもとに行ってその手首を掴んだ。
「………………」
ぐにゃりとした手首は、すっかり冷え切っていた。
生きている人間のものではない。
そこに金色の刺繍の入った白いコートの魔術師たちが現われた。
「王立騎士団だ!」
「お早いお着きで。事は済んだよ」
レオンは男の手首から手を離した。
「詳しく説明してもらおう」
猫人族の魔術師だ。
サラとは違い、彼の頭部は猫そのものだった。
「そこに転がってる男が、そこのお嬢ちゃんを誘拐して、そこいらに魔法をぶっ放してた」
「それでどうなった」
「俺が撃った。奴は死んだ。シンプルな話だ」
「撃った、というと」
レオンはポンチョの裾を払って、ホルスターを見せた。
「驚いた、お前は銃士か。銃士が魔術師を殺したと」
「そういうこともあるさ」
猫人族の魔術師は、軽く髭をしごいて、部下に言った。
「よく分かった。連れて行け」
レオンはふたりの魔術師に羽交い締めにされた。
「ちょっと待て、俺たちは街を破壊してる男から女の子を助けたんだぞ」
「英雄的行為は個人的に認めよう。だが如何なる理由であれ、お前は王国民を殺害したのだ。来てもらおう」
ふたりの魔術師はレオンを引きずって歩き始めた。
「俺の田舎だと、ああいうのを撃った奴には褒賞があったぞ」
「お前の田舎に派遣されたときには、その法に従おう。だがここは王都だ。王都の法に従ってもらう」
横を見ると、サラもレオンと同じように捕まっていた。
サラは突然のことに、呆然としている。
様子を見ていた魔術師たちが、洗いざらい話したのだろう。
「……じゃあ仲良くお散歩といこうか。いててっ、引きずらなくても歩けるよ俺は」
レオンとサラは王立騎士団管轄の留置所まで連行された。
名前:???
レベル:11
・基礎パラメーター
HP:282(-211)
MP:0(+934)
筋力:246
耐久力:125
俊敏性:211
持久力:136(+582)
・習得スキルランク
魔石増幅+
(+光魔法:S)
(+シールド魔法:S)
(最大HP減少)