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第6話「ヤママツタケパーティー」

 レオンは村のみんなに取り囲まれながら、道端のベンチに腰を下ろした。


「レオンさん、お怪我はありませんか!?」


 サラが走り寄ってくる。

 猫人族のハーフが珍しいのか、子供たちがぞろぞろとついてきていた。


「怪我はないけど、水を一杯飲みたい気分だ」

「汲んできます!」


 サラは子供たちと一緒に、家屋に戻っていった。


「ようやく山に入れる……もう感謝しかないわい……」

「本当にありがとうございます……ありがとうございます……!」


 感激して泣いている村人もいる。

 山に入れないということは、この村にとってそれだけ死活問題だったということだろう。

 子供たちはレオンにもすっかり懐いて、膝に乗ってくる子もいる。


 レオンはサラが汲んできた水を一気に飲み干して言った。


「リッパーウルフの死骸は早めに埋めた方がいい。死骸の臭いはまた別の魔物を引き寄せる」

「わかりましたですじゃ。だがその前に山に入ってもよろしいですかのう」


 村長が尋ねた。


「それくらいなら構わないと思うが、急ぎの用事でもあるのかい?」

「あなたさまへの報酬を用意しませんとな」

「ヤママツタケか!」


 レオンは膝に乗った子供を下ろすと、ベンチから立ち上がった。


「俺も手伝おう。サラ、君も来るんだ。キノコ狩りは楽しいぞ」

「でも私ずっと王都暮らしで、キノコ狩りなんかやったこと……」

「誰だって最初はあるさ」




 キノコ狩りは大猟だった。

 大きなカゴふたつにたっぷりのヤママツタケ。


「では、これを頂いて失礼するということで……」


 サラは慣れない山登りですっかり泥まみれになっている。

 しかしカゴを背負って立ち上がろうとする彼女を、レオンが止めた。


「まあ待て。これだけの量をふたりで山分けしたって食いきれるもんじゃない。どうせなら、みんなで食べないか。なあ、村長さん」


 村長は、ぽかんとした顔をしている。


「しかしこれはお約束した報酬で……良いんですかのう?」

「そうですよレオンさん、さすがにそれは……」

「こういうのはみんなで食べた方が美味しいんだ。おじいちゃん直伝のうまい焼き方を知ってる」


 結局、そういうことになった。


 男たちがリッパーウルフの死骸を埋めている間に、女たちはグリルの用意をすっかり済ませている。

 やがて夜が更けて、ヤママツタケパーティーが始まった。


「ああ、まだ早い、レオン殿! ヤママツタケは芯までしっかり焼いた方がうまいんじゃ!」

「いやいや、生焼けぐらいがちょうど良いんだ。それにもっと薄く切った方がいい。香りが違う。おじいちゃんがそうやっていた。ほら、サラも食べるといい」


 レオンは串に刺したヤママツタケを、サラの口元へ向ける。

 うっすらと焦げ目のついたヤママツタケは、鼻の奥が甘くなるような、豊かな香りを振りまいていた。


「い、いただきます……」


 サラはレオンの手元からぱくりとヤママツタケを食べた。


「あ、あつつっ! あ……でもこれは……美味しいです……!」


 しゃくりとした食感、爽やかな風味が口の中に広がる。

 思わずしっぽがぴんと立った。


「そうだろう、おじいちゃん直伝だからな。おいそこの坊主、それはいくらなんでも早すぎる。もう少し焼くんだ」

「だからしっかり焼いた方が」

「村長さん、あんたのは焼きすぎだ」


 レオンはあちこち回りながら、焼き加減がどうだの切り方がどうだのと口うるさく言っている。

 しかしどこの集団でも、レオンは暖かく迎え入れられていた。


 リッパーウルフが駆逐されたからこそ。

 そうして報酬であるヤママツタケをレオンが提供したからこそのパーティーなのだ。

 誰も文句のつけようはずもない。


 サラは村長の焼いた分厚いヤママツタケを食べながら、レオンの姿をぼんやりと目で追っていた。



 ――あの人は、いったいなんなんだろう。



 拳銃なんて前時代的なものを使っているのに、並の魔術師より遙かに強い。

 いつもぶっきらぼうで、ヤママツタケの焼き加減にうるさくて。

 そうして……。



 サラは腰のベルトに差している自分の杖を意識した。



 ――そうして、私の魔法を初めて褒めてくれた人。



 レオンの姿を眺めながら、サラは思い返す。



 小さい頃、魔術訓練所で使える魔法を鑑定されてから、サラは誰からも期待されることはなくなった。

 筆記でいくら良い成績を取っても、先生は何も言わなかった。

 属性付与(エンチャント)なんて魔法を使う魔術師が、高等魔法学校に入れるはずはないし、良い仕事に就けるはずもないからだ。

 ただ母だけが、サラに厳しい特訓を課した。


 なんとかギルドの仕事に就いてからも、周囲の扱いは変わらなかった。

 ただ、淡々と雑用を任される。

 当然だ、まともな魔法が使えないのだから。 

 誰からも期待されない毎日は、少しずつ心を蝕んでいく。


 サラにとって、自分の魔法は呪いだった。

 それを初めて褒められて、自分はいったいどんな表情をしていたのだろう。



「………………」



 サラは急にレオンの姿を眺めているのが恥ずかしくなって、手元の串に目を落とした。


「サラ殿、やはりこちらの方が、レオン殿の焼き方よりうまいとは思いませんかの?」

「え、あ、いや、こういうのはひとそれぞれ好みがあっていいんじゃないですか……」


 正直なところを言うと、サラはレオンの焼いたヤママツタケの方が美味しく感じたのだけれど、それは口には出さなかった。



 村に一晩泊まって翌日、レオンとサラは馬を並べて村を出発した。


「このご恩は忘れませんぞー!」


 後ろから、村人たちの声がまだ届いている。

 それもそのうち、聞こえなくなった。


「レオンさん、あのときはその場の空気に飲まれて言えませんでしたけれど……。あのキノコをギルドに提出すれば、手数料は取られますが換金することもできたんですよ」


 サラは咎めるように言った。


「あれはあれで必要だったんだ」


 レオンは前を向いたまま答える。


「リッパーウルフの死骸を埋めても、あの村にはしばらく血の臭いが残ってる。そういうのを嗅ぎつける魔物は少なからずいる。だから臭い消しが必要だったんだ。ヤママツタケを焼いた煙にはそういう効能がある」


 ポンとバッグを叩いて、レオンは言った。

 バッグの中には、おみやげのヤママツタケが1本入っている。


「それもおじいちゃんから教わった知識なんですね……」

「よくわかったな」


 サラはため息をつく。


「ともかく収穫はほとんどなし……」

「そういうわけでもないぞ。実は良い物を見つけたんだ。ほら」


 レオンはバッグから黒い爪を取り出し、サラに見せた。


「リッパーウルフの大爪じゃないですか」

「悪くないだろう?」


 サラは2度目のため息をついた。


「リッパーウルフの大爪がレアドロップだったのは、杖が発明される以前の話です……」

「そうなのか」

「今じゃ不吉の象徴として忌み嫌われてる代物ですよ。使い道もありません」

「ちょっとしたものだと思ったんだけどな」


 田舎育ちのレオンは、鑑定のスキルが皆無だった。

 

「ともかく! 次のクエストでは、ちゃんとお金をもらうんですよ」

「わかってるよ。俺だって別に金を嫌ってるわけじゃない」




 そんなことを言い合っているうちに、王都まで辿り着いた。

 ふたりは厩舎に馬を預けて、門をくぐったその瞬間――。


「………………!」




 突如街に爆音が響り響いた。




 レオンとサラは、思わず目を見合わせる。

 やがて、人々の悲鳴が聞こえ始めた。

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