第5話「リッパーウルフ」
レオンとサラのふたりは、馬に乗ってジュリ村へ向かっていた。
サラはもうすでにしょぼくれた顔をして、耳もしっぽもしょげかえっている。
「何をそんなに落ち込んでる」
「リッパーウルフの群れ……私まだ死にたくない……」
リッパーウルフは、10匹以上で行動する魔物だ。
それも足場の悪い山岳地帯をテリトリーとしている。
これを狩るには、パーティーを組むのが常識だ。
それをたったふたりでやろうというのだ。
おまけにレオンは魔術師ではない。
サラは大きなため息をついた。
今ではやはり、無理にでも止めるべきだったと思う。
どうしたわけか、レオンの飄々とした態度に流されてしまったのだ。
「別に君に戦わせようってわけじゃないんだ。遠くで見てたらいい」
なんでもないことのように、レオンは言う。
確かに、報酬に釣られて身の丈に合わないクエストを受ける冒険者は少なくない。
しかし今回の報酬というのが……。
「キノコ2カゴ……」
この男のことがまるでわからない。
「ヤママツタケをただのキノコだと馬鹿にしちゃいけない。この時期のヤママツタケは香りがだな……」
そんな噛み合わない会話をしているうちに、ジュリ村に辿り着いた。
レオンの故郷によく似た寒村だ。
ただ近くに里山があるので、家の建材などは少し違う。
「もしもし、すみませーん」
サラは畑仕事をしている老婆に声をかけた。
「なんだね、あんたたちゃあ。この村には何もないよ」
「確かに何もないな」
レオンは馬を降りた。
「俺の故郷によく似てる。俺たちはリッパーウルフ退治のクエストを受けて来たんだ」
それを聞くと、老婆は持っていたクワを取り落とした。
「あ……あ……あ……あんたーっ!」
老婆は家屋へ走って行った。
しばらくすると、老爺を連れて戻ってきた。
「この方たちだよォ、あんた!」
「あんた方……あのクエストを受けて下さったのか……おお……なんということじゃ……!」
老夫婦は涙ぐんでいた。
「申し遅れたわい、わしゃあここの村長じゃ……本当に、あんな条件で来て下さるとは……!」
「ああ。俺たちふたりしてヤママツタケ2カゴに釣られたんだ」
サラは思わず抗議しそうになったが、涙を流している村長夫婦を見ると何も言えず、愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「そ、そうなんです~」
「ありがたや、ありがたや……」
騒ぎを聞きつけて、村人たちが集まってきた。
「なんじゃ、この村に魔術師様が来てくれたちゅうんか!?」
「魔術師さまが来て下さった、もう安心じゃ……やっと山に入れるわい」
「わしらの村の痩せた土地では、たいした作物は取れんのですじゃ。……山に入らないと生活が成り立たず、湯治にすら行けましねえ……。本当に、魔術師様が来て下さって……」
レオンは首筋を掻きながら言った。
「期待させてすまないが、俺は魔術師じゃない」
そう言うと、村人たちはしんと静まりかえった。
「……ならあんた、何しに来た?」
「リッパーウルフを狩って、ヤママツタケをもらいにさ。お、良いものがあるな」
レオンは赤い葉をつけた、痩せた木を指さして言った。
「あれの枝を切ってもいいかい?」
「そりゃあんな勝手に生えてるもん、どうしてくれても構わんが……」
村人たちの間には、すっかり不信の色が広がっている。
しかしレオンはまったく意に介さない。
サラだけがひとり居心地悪そうに縮こまっていた。
「ノコギリを貸してくれ」
レオンは木に登って、枝葉を落とす。
それをかき集めると、村の離れまで持って行って、火打ち石で火を起こした。
村人たちはぞろぞろと着いてくる。
「あんた、何しなすってんだ?」
「あの木は、ブラッドツリーっていうんだ」
枝に火がつき、煙が上がり始めた。
「これは、俺たち人間にとってはただの煙だ。ただ、奴らには違う」
煙はもうもうと立ち上がっている。
「魔物の鼻からすると、こいつの匂いは血と同じだそうだ」
村人たちは目を見開いた。
「あ、あ、あんた、なんちゅうことを……!」
「リッパーウルフのテリトリーは険しい山岳地帯だ。わざわざ奴らの舞台で踊ってやることはないってことさ」
里山の方を見ると、黒い影がちらほら現われ始めていた。
「みなの衆、逃げっつぉおおおおお!!」
村長が叫ぶと、みんな一目散に村へ向かって逃げ出した。
「わ、わわわ私はどうすれば……!」
「村の子供たちに王都の話でも聞かせてやっていてくれ」
「……いいんですね!?」
「悪かったら言わないさ」
こちらへ向かってくる黒い影の集団は、徐々に形を成していく。
地を蹴立てる鋭い爪、大きなたてがみが一目散に向かってくる。
「1……15……25……32頭か。まあ上等だ」
レオンはゆっくりとホルスターから拳銃を抜き、先頭にいるリッパーウルフに照準を合わせた。
しかしこの距離からの射撃では、充分な致命傷を与えることはできない。
「よーし、まだだぞ。まだだ。落ち着いてやろう。こういう仕事は……」
リッパーウルフの黒い毛並みが、巨大な爪が、鋭い牙が並ぶあごからよだれを垂らしながら、ぎらついた眼が見えてくる。
先頭の一頭が大きく跳躍した瞬間、レオンはとうとうトリガーを引いた。
弾丸は大きくあぎとを開いたリッパーウルフの口蓋に命中した。
後に続くリッパーウルフたちに、次々と弾丸を送り込んでいく。
銃声が山に跳ね返ってこだました。
「6!」
レオンは親指でラッチを押し込み手首を捻る。
開いた弾倉から薬莢を排出すると、ガンベルトから流れるように次弾を装填した。
リッパーウルフの群れが肉薄する。
腹、鼻面、眼、眼、腹、あぎと。
それぞれに弾丸がめり込む。
「12!」
再びリロード。
すでに、一頭は目前だ。
その鼻面に一発ぶち込むと、その背中を踏み台にして次の一頭が襲いかかる。
レオンは分厚いカウボーイブーツでその喉元を蹴り上げると、露わになった腹に弾丸を叩きつけた。
リッパーウルフたちは、渦を巻くようにしてレオンを取り囲む。
レオンはその動きに合わせて回転しながら、残りの弾丸をリッパーウルフたちの急所に撃ち込んだ。
「18!」
サラは家の窓から、凄惨な戦いの様子を眺めていた。
自分のしっぽの毛が逆立っているのを感じる。
「私にまともな魔法が使えれば……!」
あんな危険な戦いをしている、レオンを助けることができるのに。
サラは属性付与という使えない魔法、自分の不甲斐なさに歯噛みした。
あれは戦い慣れた魔術師が、束になって初めて狩れる数だ。
一撃で頭を砕く鋭い爪を防ぐには、シールド魔法によるサポートも必須。
それをレオンは――。
食らいつこうとするリッパーウルフのあごを蹴り上げ、背をそらして鋭い爪をかわし、血煙の舞う中、レオンは踊るように1頭1頭に銃弾を叩き込んでいく。
「24!」
数をカウントする声が、ここまで聞こえる。
それを合図にしたかのように、レオンを取り囲んでいたリッパーウルフが一斉に襲いかかった。
「危ないっ!」
レオンは膝が着くほどに姿勢を落とし、リロードした銃口をリッパーウルフの群れに向けた――間に合わない!
サラが目を瞑ろうとした瞬間、今までにない轟音が響きわたった。
「30!」
サラには、一発の巨大な銃声としか聞こえなかった。
しかしあごを仰け反らせて倒れるリッパーウルフは6頭。
再びリロード。
残りの2頭は死にもの狂いでレオンに爪を立てようと襲いかかる。
レオンは背中を地面につけて両足でリッパーウルフを蹴り上げ、がら空きになった腹に一発ずつ銃弾を撃ち込んだ。
2頭の身体が、どさりとレオンの両脇に落下した。
「32……」
ゆっくりと立ち上がるレオンの周りに、累々たるリッパーウルフの死骸が散乱している。
広野に立ち昇るのはブラッドツリーの煙ではない。
本物の血の臭いだ。
「……上出来かな」
レオンは指でカウボーイハットをとんと突いた。
拳銃をホルスターにしまうと、リッパーウルフの死骸を見て回る。
そのうちに、ひときわ大きな爪を持った死骸を見つけた。
「こいつはいい」
レオンはナイフを使って、黒い爪の根本をねじ切った。
温度のない、なめらかな感触だ。
ナイフで付着した肉片を削り取ると、レオンはそれをポケット入れた。
「悪くないみやげだ」
村に戻ると、歓声がレオンを取り囲んだ。
名前:リッパーウルフ
レベル:18
・基礎パラメーター
HP:237
MP:0
筋力:532
耐久力:320
俊敏性:627
持久力:210
・習得スキルランク
ひっかき:A
かみつき:C