第4話「最底辺のFランク」
「魔法というのがどういうものなのか俺はよく知らなくてね。まさかパイを吹っ飛ばすだけの代物じゃないだろう。参考に見てみたいんだが」
レオンは言った。
「いえ……私の魔法なんか……何の参考にもなりませんよ」
サラの緑色の瞳には、暗く影が差している。
「俺はこう言っちゃなんだが田舎者なんだ。だから安全な場で、魔法がどういうものなのかを知っておきたい」
「……私のは、特殊なんです」
「君の魔法が見たい」
レオンがしつこく頼み込むと、サラは観念したように、腰のベルトから杖を抜いた。
「……ミルクに、失礼しますね」
サラは杖の先で、カップの端に軽く触れた。
杖に刻まれたルーン文字が輝く。
しかしミルクには何も起こらない。
注意深く見守っていると、サラは次にスプーンを手に取った。
スプーンをミルクにつけた瞬間、中身が空中に舞い上がった。
「私の魔法は、属性付与なんです。今、ミルクに風の属性を付与しました」
ミルクは小さな竜巻のように鋭い渦を巻いている。
それもやがて収束して、カップの中にきれいに収まった。
「立派なものじゃないか」
「こんな魔法、何の役にも立たないんです。杖の先から飛ばすこともできないし、効果時間も30秒しかないし……」
サラは俯いて自嘲した。
「あってもなくても同じなんですよ、こんな魔法は」
「おじいちゃんが言っていた。どんなにか弱く見える力も、役立つときは必ずやってくるものだと」
レオンは言った。
「そういう……ものでしょうか……」
サラはレオンの目を見る。
「それに君の魔法は、パイを吹っ飛ばした火花よりもずっと美しい」
「そんなこと……私の……こんなのが……」
レオンのまっすぐな目を見て、サラは白い頬を朱に染めた。
しっぽもぴんと立っている。
チョーカーの鈴がちりんと鳴った。
サラの魔法が褒められたのは、生まれて初めてのことだった。
属性付与は数ある魔法の中で、もっとも格下のものとされている。
昔は剣に属性を付与したりしてそこそこ活躍していた。
しかし冒険者が魔術師によって占められるようになった現代、まどろっこしい属性付与はまったく不要となってしまったのだ。
そして使える魔法の種類は、人間関係のヒエラルキーにも影響する。
属性付与しか使えないサラは、ギルド内でも雑用ばかりやらされていた。
今日この男をを押しつけられたのも、そういうことがあってのことだった。
けれども目の前にいるこの男は、初めて自分の魔法を褒めてくれた。
「その……ありがとうございます……そんなこと言って頂けたの初めてで……」
サラは熱くなった頬を思わず手で押さえる。
そのとき、奥のドアが開いた。
「結論が出ました」
入ってきたのは、眼鏡をかけた背の高い女性だった。
サラは反射的に道をあける。
「私は当冒険者ギルドのサブマスターです。メレムと申します。よろしくお願いします」
「よろしく」
「まずご説明させて頂きたいことがあります」
「はあ」
レオンはカウボーイハットのつばを上げた。
メレムは、こほんとひとつせきをする。
「冒険者のランクは魔術師のレベルに合わせてAからEの5段階に分かれています。特別にSランクというのもございますが」
「じゃあ、魔術師じゃない俺はSランクということに……」
「なりません。私たちは合議の結果、魔術師ではない冒険者という特殊な立場であるあなたのために、新たなランクを設けることを決定しました」
レオンはヒュウと口笛を吹いた。
「俺専用? ありがたいねえ」
「Fランクです。最下位であるEランクのひとつ下という判断です」
そうありがたい話ではないようだ。
「……なるほど、魔術師さまさまってわけだ」
「これがあなたのために作られた新しいFランクバッジです」
メレムがテーブルに置いたのは、青いインクで“F”と書かれた木片だった。
裏にピンがニカワか何かで留めてある。
「ギルドに出入りするときは、必ずそのバッジを胸につけて下さい」
レオンはテーブルに置かれた木片をつまみ上げた。
「冒険者ギルドで道が開ける、ねえ」
そう呟きながら“F”のバッジを手のひらで転がした。
「初歩的な質問で悪いんだけどさ。これをもらって俺は何ができるんだ?」
「そこからですか!?」
思わずサラが叫んで、メレムに睨まれる。
サラは耳を伏せて、首をすくめた。
「ではご説明致します。失礼ですがお名前は」
「レオン・クルーガー」
「ではクルーガーさん。あなたはそのバッジを受け取った時点で、冒険者としてギルドに登録されました」
「俺は冒険者なのか」
レオンは“F”のバッジをテーブルに戻した。
「そうです。冒険者となったあなたは、当ギルドが受注したクエストを受けることが可能になります。クエストは内容に応じて報酬が得られます。クエストはクエストボードに貼りだしてありますので、条件と身の丈に合った物を受けていただければ」
身の丈にあった、というところに棘がある。
「あと、最初に受けるクエストには、経験のある随伴者をつけることが決まりになっています。最初のクエストで怪我をされる方が多いので」
それを聞いて、レオンは両手を上げて見せた。
「悪いが、そんな知り合いはいない」
「ならサラ、あなたが行きなさい」
「え、私ですか!?」
サラの耳がぴょこんと跳ねる。
「そういうわけで、あとはサラに引き継ぎます。では、失礼致します」
メレムは奥の部屋に戻っていき、テーブルには冷めたミルクと“F”のバッジだけが残された。
「……付けるか」
レオンはミルクを飲み干すと、木片を胸元にピンで留めた。
「馬鹿っぽくない?」
「そ、そんなことないですよ! 新人の冒険者さんって感じです!」
ではクエストを見に行きましょう、とサラに連れられてサロンに戻る。
レオンがもめ事を起こしたときと、メンバーはすっかり入れ替わっていた。
「なにあれ“F”ランクって」
「どうやったら取れるの」
「ギルド史上初ってレベルの無能なんじゃない?」
クスクスと笑い声が聞こえる。
「やっぱりこれ馬鹿っぽいって」
「そんなことないですって! ほら、クエストを選びましょう」
レオンは広い掲示板に貼られたクエストをざっと眺めてみた。
【アグネリア邸領内林に発生したボタンボアの退治及び調理……500000サント※調理資格をお持ちの方】
【エネリアス邸夜間警備……300000サント※Cランク以上】
【ゴーネリウス様御一行馬車警備……700000サント※Bランク以上】
額を見ればわかるが、並んでいるのは金持ちからの依頼ばかりだった。
「貴族のお使いばかりだな……ウチの村に魔術師が来ないわけだ」
「なんです?」
「ひとりごとだよ」
「それはそうと、こんなのどうです? 【ヒシュポス邸庭に発生したリトルフロッグの退治……50000サント】最初のクエストにぴったりじゃないですか」
「ロマンが欲しいところだね」
レオンがぼんやりと掲示板を眺めていると、隅にこっそりと貼られたクエストを見つけた。
ずいぶん前から貼り出されているらしく、紙はボロボロに擦り切れている。
内容はこうあった。
【ジュリ村里山に大量発生したリッパーウルフの退治……ヤママツタケ2カゴ現物支給】
「これだ」
レオンは貼り出されたクエストを剥がした。
「どんなのですか……? え、大量発生したリッパーウルフに、報酬がキノコ!? 何考えてるんですか! これはきちんと組んだパーティーで受けるレベルの危険なクエストですし、そのくせ報酬が論外です! 外れクジもいいところですよ!」
「ヤママツタケはさあ、今が旬なんだよ」
サラは信じられないものを見るような目をレオンに向けた。
「論外! 論外!」
「論よりロマンだ。これ、お願いします」
「受理しました」
「ええーっ!?」
かくして、レオンが受ける最初のクエストが決まった。
名前:サラ・トレイン
レベル:28
・基礎パラメーター
HP:215
MP:320
筋力:126
耐久力:157
俊敏性:82
持久力:112
・習得スキルランク
属性付与:A