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第35話「王からの招待状」

 次の日の朝、サラが目を覚ますと、最初に目に入ったのはレオンの背中だった。

 布団の中には、まだレオンの体温が残っている。


「おはよう……ございます……」


 サラは着衣の乱れを直して、背中に声をかけた。


「起きたか。よく眠れたか?」

「はい……おかげさまです」


 部屋がノックされた。


「どうぞ」

「レオン様、お食事の用意ができております」


 アルフレッドの声だ。


「サラ様のお部屋にもお声がけしたのですが……」

「彼女なら、今ここにいる」


 しばらく、沈黙があった。


「……それは、大変失礼を致しました。それでは、お待ちしております」


 ドアの向こうで、足音が遠ざかっていった。


「あの、レオンさん。アルフレッドさんはたぶん、大変な誤解を……」

「ふたりで寝たのが知れると、そんなにまずいのかい?」

「寝たって……!」


 サラの顔が真っ赤になる。


「寝ただろう」

「寝ました……」



 朝日を浴びて、もう顔色は隠せない。

 サラはなるべくレオンと顔を合わさず、部屋を出て行った。

 レオンは着替えを済ませて食堂に向かうと、フィリップと鉢合わせた。


「おはようクルーガー、良い朝だ」


 フィリップはブラウンのベストをビシッと着こなして、朝から一分の隙もない。


「機嫌が良いじゃないか」

「アイリスが帰ってきたからな! 心配をし続ける日々はもう終わったというわけだ」


 案外、アイリスの婚約破棄をいちばん喜んでいるのはフィリップかもしれなかった。


 それから5人で穏やかな朝食を終えた。

 サラは冒険者ギルドに報告をしないといけないから、いつまでもオルディエール家にいるわけにはいかない。


「レオンさん、またギルドにいらしてくださいね」

「そりゃ行くさ、俺はFランクの冒険者だからな」


 レオンは懐から“F”と書かれた木片を取り出して、ニヤリと笑った。


「お待ち……しています」


 サラはぺこりと頭を下げて、オルディエール家を去って行った。




 それからレオンのオルディエール家での日々が始まった。

 もっぱら昼寝、ときどきアイリスに本を読んでやる。

 広い庭で射撃練習をすることもあった。

 それも終わると、料理長のところへ遊びに行って無駄話をする。


「……で、そいつは言ったわけだ。やめてくれ! それは俺のケツだ! ってな!」


 料理長の下品なジョークに、使用人たちが笑い声をあげる。

 レオンはその中にすっかり馴染んでいた。


「クルーガーの旦那、あんたも何か話は持ってないのかい」

「そうだな……こいつはおじいちゃんに聞いた話なんだが……」


 レオンがひとつジョークを披露すると、使用人たちに爆笑の渦が広がった。

 料理長も大きな腹を抱えて笑っている。


「へへっ、旦那、そいつはさすがにエゲつなさすぎるぜ!」

「俺もそう思って、今日までないしょにしてたのさ」

「だとさ! 俺たちはラッキーだ!」

「……どうしたね、騒々しい」


 廊下の奥から聞こえたアルフレッドの威厳ある声に、みなが一斉にかしこまった。


「オルディエール家の使用人たるもの、たとえ休憩時間であっても慎みというものをだな……おや、クルーガー様! どうしてこんな所に!」

「こんな所の居心地が良いからさ」

「お探ししておりました。若様がお呼びでございます」


 アルフレッドに連れられて、レオンは応接間に入った。


「大変なことだぞクルーガー、王から戴冠記念日のパーティーの招待状が届いた!」


 フィリップは部屋を行ったり来たりして落ち着きがない。


「オルディエール家なら珍しいことじゃないだろう?」

「そうじゃない! ウォルポール子爵夫婦にだ!」


 レオンは口笛を吹いた。


「どういうわけだかさっぱりわからん。あのときは上手くごまかせたが2回目となると……おまけに王じきじきのお誘いだ、歓談しないわけにも行くまい……」


 ぶつぶつと呟きながら、部屋をねり歩く。


「なるほど、あの王様がねえ」

「……あの王様? まさか面識があるとは言うまいな?」


 フィリップの足が止まった。


「そうだ、旅の途中に会った」


 それを聞いて、フィリップは招待状を取り落とした。


「そ、それじゃ、レオン・クルーガーがレオナルド・ウォルポールだと丸わかりではないか!」

「まあ、そういうことになるな」


 フィリップは震える手でレオンの肩を掴んだ。


「貴族の身分詐称は大罪だぞ! 下手を打てば禁固刑だ! 当然、オルディエール家も追及を免れない! 参ったぞ……何か手は……」

「それなら心配ない」


 レオンはソファに座って、足を組んだ。


「王様は俺がウォルポールだということを知ってる」

「話したのか? しかし刑罰を言い渡されていないということは……」

「いや、詳しいことを言ったわけじゃないさ。ただ、目を見りゃだいたいのことはわかる」


 王とお互い目を見合わせて、笑った瞬間をレオンは思い出した。

 フィリップは唖然とする。


「目を見ればだと……そんな不確実な……いや、しかし逃げるわけにもいくまい……ええい、やるしかないか! クルーガー! 貴様の言葉、信じたぞ!」


 アルフレッドに命令して馬車を走らせ、サラを冒険者ギルドへ迎えに行かせた。




「オルディエール家の遣いでございます。サラ・トレイン様をお迎えに参りました!」


 その言葉に、冒険者ギルドのサロンがざわめいた。


「サラ・トレインって、あのサラ・トレインだよな、Eランクでギルドの雑用係の……」

「なんであの娘が大貴族のご指名を」

「あの娘、顔だけはいいから……そういうことなんじゃない?」

「でも、あのレオン“F”クルーガーとオルディエール家のクエストを受けたって聞くぜ」

「またあの銃士(ガンナー)か! どこへ行ってもあいつの名前が耳に入って来やがる!」


 サロン中に、あらゆる噂が飛び交う。


「……ということで、行ってきてもよろしいでしょうか?」


 サラはおずおずと受付嬢に尋ねた。


「よろしいも何も、行かないなんて選択肢ないでしょう。残りの仕事はこっちでやっとくわよ」


 刺々しい言葉にサラはびくびくしてしまう。


「サラ、ひとつ忠告しておいてあげるわ」


 受付嬢はサラの目を睨んで言った。


「良いコネを見つけたら絶対に手放しちゃダメ。これはチャンスよ。わかった?」


 上司から飛び出た、思いのほか優しい言葉に、少しうるっと来てしまう。


「いいから行ってきなさい」

「はい……行ってきます」


 サラはざわめくサロンの中を身を小さくして通り過ぎ、遣いにうながされて馬車に乗った。




「久しぶりだな、サラ」


 応接間でコーヒーを飲みながら、レオンが言った。


「はい……レオンさん。でも私……どうして呼ばれて……」

「俺の嫁になれってことだ」

「はひ!?」


 サラの頭からぼんっと湯気が出た。


「え……でもあのその……心の準備がと言いますか……! でもイヤとかでは決してなく……!」


 サラはあっちを向いたり、こっちを向いたり、顔を赤くしてしっぽをぴんと立てている。


「言葉が足りないぞクルーガー」


 フィリップが事情を説明すると、サラは肩透かしを食らったような顔をしたが、それでも事態の重大さは飲み込めたらしい。


「逃げられない話らしいですね」

「そういうことだ。またウォルポール子爵夫人を演じてくれるね」

「わかりました、任せて下さい」

「……ということは、早速アレが始まるわけだ」


 レオンがため息をついたところで、応接間にメイドが呼ばれた。


「では早速、ご衣装を決めませんとね! 私たちにお任せ下さい!」


 大勢のメイドに連れられて、レオンは服飾室に放り込まれた。

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