第34話「旅の終わりとふたりの夜」
5人はとうとう王都に辿り着いた。
長い旅も、これで終わりだ。
マーガレットとの別れはあっさりしたものだった。
「私は宿に戻るわ! これでいったんお別れね!」
市場の手前で馬車を止めると、マーガレットは飛び降りた。
「報酬の山分けがまだだ」
レオンが言うと、マーガレットはウィンクした。
「それなら大丈夫、あなたを暗殺するための前払いをたっぷりもらったから! また何か大きなクエストがあったら私を呼んでちょうだい! 力になるわ!」
マーガレットはそう言って、自分が使っている宿屋の号を告げた。
「私も冒険者よ! 次に会うときはぜひパーティーを組みましょう! じゃあね!」
太いしっぽを振りながら、マーガレットは颯爽と去って行った。
「……賑やかな奴だったな」
「ええ、でも力強い仲間です。マギーさんの仰ったように、きっとこれが最後じゃありませんよ」
そう言って、4人は再び馬車を走らせる。
オルディエール家に着いたのは、夕方頃だった。
家族が再会したのは、いつもの応接間だ。
母エレノアと兄フィリップは、アイリスを見ると心から安心した様子を見せたが、それと同時に困惑もしているようだった。
それでもエレノアはアイリスを力一杯に抱きしめて、フィリップは久しぶりに会う妹を抱き上げた。
「今までずっと旅してきたのかい?」
「うん……」
アイリスは少し気まずそうに答えた。
「ベローテ城へは?」
「うん……行った……」
「大変だったろう」
「レオンたちがいたから……大丈夫……」
フィリップはアイリスを下ろすと、ソファに座らせた。
「アルフレッド、どうやら説明が必要なようだ」
「そのようですな」
アルフレッドはまだ旅装束のままで、執事服には着替えていない。
「ですが、恥ずかしながら私は旅の途中で負傷致しまして、一時戦線を離脱したのでございます。ですからトレイン様かクルーガー様から事情を聞かれた方がよろしいかと」
「負傷……!? やはり何かあったのだな」
「ご説明致します」
サラはドルバック伯爵の陰謀と、アイリスの婚約破棄について語った。
その間、アイリスはずっとレオンのポンチョの裾を握っていた。
「まあ……まあ……!」
事件のひとつひとつを語るたびに、エレノアは驚きの声を上げた。
真相を聞いたフィリップは、拳を握りしめる。
「ドルバック、まさかそこまでする男だったとは……僕が気づいてさえいれば……!」
「あの……お母様……お兄様……」
アイリスはポンチョの裾を握ったまま、おずおずと尋ねた。
「怒ってる……? 勝手に婚約破棄したこと……」
エレノアとフィリップは、しばらく黙り込んだ。
「………………」
やがて口を開いたのはエレノアだった。
「……いいえ、怒っていませんよ。思えば、アイリスがここまで自分の意志を見せたことは、初めてだったかもしれないわね」
エレノアは微笑んだ。
「第2王子との結婚は、死んだ主人の望みでした。けれども政治というものは、生きている人間のためのものです。オルディエール家の行く末は、フィリップとアイリスのものです。そうでしょう、フィリップ」
「ああ、お母様の仰る通りだ」
フィリップは頷いた。
「アイリス、お前は自分の幸せのために行動した。それを怒ったりなんかしないさ」
アイリスは、ほっとした表情を見せた。
「ともかく、ドルバックが死んだ以上、アイリスはベローテ城で守ってもらう必要はなくなったわけだ。すべて……終わったということか」
フィリップはソファの背にもたれて、ほっと息をついた。
「これでクエストは終了というわけだ。報酬は冒険者ギルドに送金させてもらう」
フィリップが副執事を呼ぶと、レオンとサラに金額の書かれた紙片が渡された。
それを見て、レオンは口笛を吹いた。
「こんな大金……どうしましょう……」
サラは耳をぴょこぴょこと動かして困惑している。
「服でも買えばいいさ」
レオンはそう言って、紙片をポケットにしまった。
「クルーガー。これからどうするつもりだ。貴様は冒険者だ、やはりギルドに出向いてクエストを受ける生活を送るのか」
レオンは答えた。
「とりあえず、今の金がなくなるまでは、宿屋で寝て過ごすつもりだ。金がなくなれば、またクエストを受ける」
「それならしばらく家に逗留してゆくといい。並の宿屋よりは快適なはずだ」
アイリスも、ポンチョの裾をきゅっきゅっと引っ張る。
「じゃあ、お言葉に甘えようか。宿代も浮くってもんだ。第一、ここの飯はうまい」
「良かったわね、アイリス」
母の言葉に、アイリスはこくこくと頷いた。
「サラさんは……?」
エレノアが尋ねると、サラは笑って答えた。
「私は、冒険者ギルドの仕事に戻ります。きっと雑用がたくさんたまってると思いますから……」
「そうか。では今夜は泊まっていくと良い。帰りが明日になったところで、問題はないだろう?」
「はい。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
夕食の場では、旅の話で大いに盛り上がった。
「第2王子がそんな男だったとはね! アイリスの判断は正しかったわけだ!」
フィリップはワインですっかり機嫌が良くなっていた。
レオンもウィスキーを飲んで、リラックスしている。
「男と呼べるほど育っちゃいないさ。躾のなってない悪ガキってところだ。どうするアイリス、あのジャスティンが良い男に育ったら」
「……知らない」
アイリスはもうすっかりジャスティンを嫌っているらしかった。
その夜、サラは寝間着姿でレオンの部屋を訪ねた。
レオンはベッドに横になったまま言った。
「……どうした、眠れないのか」
「ええ、なんだか旅の間に、みんなで眠るのに慣れてしまったみたいで……」
サラは恥ずかしそうに、しっぽをゆらりと降った。
「じゃあ、今夜くらい一緒に寝るか」
それを聞いて、サラは心臓が飛び出しそうになった。
「い、一緒ってその……同じベッドでですか?」
「これだけ広いんだ。ふたりくらい余裕で寝られる」
大したことじゃない、という感じでレオンは言ったが、サラはそれどころではない。
顔は耳まで真っ赤で、耳はぴくぴく動き、しっぽはぴーんと立っている。
暗い室内でなければ、逃げ帰っていたかもしれない。
「そ、それじゃ……お邪魔します……」
布団の中には、レオンの体温が残っている。
心臓のドキドキが止まらない。
「そろそろ明かりを消してくれ」
「は、はいっ!」
サラは蝋燭の火に、銀のフタを乗せた。
部屋が静まりかえり、サラは自分の胸の鼓動がレオンに聞こえないか心配になる。
「………………」
気づけば、レオンはすでに眠っていた。
穏やかな寝顔が、窓からの青い星明かりに照らされている。
「………………」
サラは思い切って、ベッドの中のレオンの手をそっと握った。
あの重そうな拳銃を自在に操る手のひらは、思ったよりも大きく、柔らかかった。
レオンの体温が伝わってくる。
サラの胸の中で、安心と、高揚とが、代わる代わるにやってくる。
「……君はさみしがり屋だな」
柔らかくて大きな手が、握り返してきた。
サラは心臓が止まるかと思った。
「いえ、あの、これは……寝ぼけていたといいますか……! その……!」
わたわたと言い訳をするサラの頭を、レオンは抱き寄せた。
「こうすると、安心して眠れるかい」
レオンの胸の中で、自分の鼻息が熱くなって跳ね返ってくる。
呼吸を整えるのが、こんなに難しいとは思わなかった。
心臓はばくばくと飛び跳ねている。
きっとこの鼓動は――レオンにも伝わっている。
「はい……大丈夫です……安心……して……」
「君は体温が高いな。湯たんぽにちょうどいい……」
そのうちにまた、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。
レオンの胸の中で、石鹸の甘い香りに包まれて、そのうちにサラの鼓動も落ち着いてきた。
そうすると、安心感が胸の奥から湧き上がってくる。
この人の……胸の中で眠れるんだ……。
サラは心をレオンに預けるつもりで、目をつぶった。
次第に暖かいまどろみが、サラの身体を優しく包み込んだ。
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