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第33話「温泉再び」

「みな、楽にして良い」


 ゴドリックが言うと、レオンや村人たちはゆっくりと立ち上がった。


「馬を降りろジャスティン」


 ジャスティンはよろけながら馬を降りる。


「何があったかを説明しろ」

「それは……アイリスが婚約破棄をすると言い出して……全部そこの男が、レオン・クルーガーが悪くって……だってアイリスをたぶらかして……」

「………………」


 ゴドリックは無表情で息子を見つめている。

 ジャスティンは言葉を詰まらせながらも答えた。


「城で捕らえるのはじいがダメっていうから……でも領外では“ちがいほうけん”だから……」

「捕らえてどうするつもりだった」

「レオン・クルーガーは城外の牢屋に入れて……アイリスはお城でちゃんとお世話するつもりで……」


 ゴドリックは振り返った。


「オルディエール嬢!」


 突然呼ばれて、アイリスの肩がビクンと跳ねる。


「貴女はそこな男……レオン・クルーガーに、たぶらかされたのか?」

「そのようなじじつはございません」


 怯えを隠し、アイリスは毅然として答えた。


「わたくしはわたくしの意思でレオン・クルーガーを好いております」


 アイリスはそう言って、レオンのポンチョの裾を握った。


「……だそうだ」


 ジャスティンは必死で答える。


「だって……こんな平民といるより……ベローテ城で暮らした方がぜったい幸せだし……そうすればアイリスも僕のことを好きになって……」




「こンの……馬ァ鹿息子がぁあああああああ!!」




 ゴドリックが一喝すると、ジャスティンは尻餅をついた。


「よく覚えておけ! 愛は権力で奪い取るものではない! 愛が欲しくば(おとこ)を身に纏え!」


 ジャスティンは地面に尻をついたまま、コクコクと頷いた。


「いいこと言うぜ親父さん」

「しっ!」


 サラはレオンの袖を引っ張った。

 ゴドリックはジャスティンからレオンに視線を移した。


「レオン・クルーガー。そちがオルディエール嬢の護衛だな。そちらの旅について尋ねたい」


 レオンはゴドリックに旅の経緯について語った。

 相次ぐ魔物やアンデッドウィザードとの戦い。

 それを差し向けた、闇の魔術師ドルバック伯爵とその決闘。


「なるほど、そういうことであったか。もうオルディエール嬢がベローテ城に留まる理由はなくなったというわけだ」


 ゴドリックは頷きながら、レオンを眺めた。 


「そちは、魔術師ではないな」

「俺はもっぱらコレでね」


 レオンはポンチョの裾を払って、ホルスターを見せた。


「なるほど、銃士(ガンナー)か。そういえば以前城を襲った魔物を倒したのも、銃士(ガンナー)だったと聞いた。余がパーティーに顔を出す直前だったがな。彼もまたオルディエール家の知り合いだとか。面白い偶然もあるものだ」

「そりゃ、一度会ってみたいもんだね」


 ゴドリックとレオンは、目を合わせるとニヤリと笑った。


「よし。聞きたいことはすべて聞けた。余はそもそも婚約破棄の一報を聞いて駆けつけたのだからな。王家としても、桁違いの魔力を持つオルディエール嬢を、一族に招くことができないのは惜しいことだ」


 ちらりとアイリスに目をやる。


「しかし、結局は先ほど余が言ったことがすべてだ。愛は権力で奪い取るものではない」


 アイリスはほっとした表情を浮かべた。


「こちらからもひとつ聞きたいんだが」


 ポンチョの裾を戻して、レオンが言った。


「王都からベローテ城に行くのに、どうしてジュリ村を通るんだ? 遠回りになるはずだが」

「ん? それはそちも同じではないのか?」


 ゴドリックは快活に笑った。


「このジュリ村には温泉が湧いておると聞いてな! 余は温泉がたまらなく好きなのだ!」


 大きな身体でのっしのっしと歩いてくると、レオンの肩に大きな手のひらを置いた。


「裸のつきあいといこうではないか」

「王様の背中を流せるとは光栄だ」

「ジャスティン、お前たちも来い!」


 先ほど銃と杖を突きつけ合った者たちが、揃って温泉に入ることになった。




「なかなか締まった良い身体をしておるではないか、レオン・クルーガー」

「あんたもなかなかゴツいねえ」

「余の魔法は筋力強化ゆえ、身体を鍛えれば鍛えるほど効果が上がるのだ」


 レオンはゴドリックの広い背中を磨く。


「誰から銃を習った」

「おじいちゃんだ」


 次はゴドリックがレオンを洗う番だ。


「そちの祖父の名は」

「質問が多いねえ、王様」


 レオンが背中越しに言うと、ゴドリックは笑った。


「王ともなれば、みなが好きなものを耳に放り込みたがる。だから余は自ら問い、答えを求めることにしておる」

「なるほど、王様ってのも大変らしい」

「して、そちの祖父の名はなんという?」

「クリント・レオーネ」


 ゴドリックの手が止まった。


「どうした、王様」

「……いや、なんでもない」


 そう言うと、再びレオンの背中をゴッシゴッシと磨き始めた。


「ちょっと痛いぜ王様」

「これぐらいの方が皮膚が丈夫になる。我慢せい」


 それからゆったりと湯に浸かった。

 ゴドリックがジャスティンの連れてきた魔術師と話をしている間に、ジャスティンはすすすとレオンの方に寄ってきた。


「どうした」

「……お前に言いたいことがあるのだ」

「いずれ後悔することになるとかいう、アレかい」

「そ、そうではない!」


 ジャスティンはレオンを見上げて言った。


「その、なんだ……すべて余が悪かった。許してくれ」

「………………」


 レオンはジャスティンの濡れた頭をわしわしと撫でてやった。


「ええい、気安く触るでない!」


 ジャスティンはその手をはねのける。


「それでその……その上でだ。お前に聞きたいことがある」


 湯に目を落として、ジャスティンは言った。


「……アイリスは、どうしてお前のことを好きになったのだ? 何か……理由があるのではないか?」

「そうだな」


 レオンは笑って答えた。


「ワンピースを褒めてやったのさ」

「そ、そうか! そういうことか! 服か! なるほどな! ふむ!」


 ジャスティンはそれを聞くと湯船から出て、いそいそと脱衣場に戻っていった。

 レオンも湯船から上がろうとすると、ちょうどそれを見たゴドリックに声をかけられた。


「どうしたレオン・クルーガー。もう上がるのか」

「これ以上いたら茹だっちまうよ」

「情けないことを言うでないわ。もうちいと湯に浸かって、余に旅の話でも聞かせてくれんか」

「たいした話はないぜ」

「そういう奴からこそ、面白い話が湧いて出るものだ」


それからずいぶん長話をして、レオンとゴドリックは湯を出た。

着替え終えて外に出ると、ジャスティンはひとりベンチで座っていた。


「どうしたんだひとりで。お供は」

「先に行かせた。余はアイリスを待っているのだ。お前もさっさと行くがよい」


 レオンが村に戻ろうとしたとき、脱衣場からアイリスが出て来た。


「おお、アイリス!」


 ジャスティンが立ち上がって言った。


「お前のその服、とてもよく似合っておるぞ!」

「………………」


 アイリスの着ているのは村長から借りたもので、あさぎ色のどこにでもあるような服だった。


「……ありがとう存じます」


 アイリスはひとことそう言うと、ぷいと顔を背けて、村への道を降りていった。


「あれで……良かったのか?」


 ジャスティンは首をひねっている。


「その、なんだ。継続は力なりってやつだよ」


 レオンはそう言って、ジャスティンの背中をぽんと叩いてやった。

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