第30話「アイリスの涙」
第2王子との謁見は明日だと通達された。
要するに、それまでに旅の垢を落として準備をして来いということだ。
ドレス類は御者に襲われたときにダメになってしまったので、それを伝えると迎賓館が用意してくれることになった。
「クルーガー様、この銀のベストがお似合いですよ!」
「あなたは派手好きだからダメなのよ! ブラウンのジャケットでシックな魅力を出すの!」
「またこのパターンか……」
レオンはオルディエール家での登城前と同じように、メイドの着せ替え人形にされた。
その一方、女性陣の服飾室も賑やかだ。
「アイリス様お可愛い! まるでお人形さんみたいだわ! 何を着て頂こうかしら!」
「サラ様はほっそりとされていらっしゃるから、マーメイドドレスがきっとお似合いよ! 色は青か緑で決まりね!」
「マーガレット様、すごいスタイル! 胸元を強調して、迫力を出しましょう! 誰もが釘付けになるわ!」
採寸が終わった後、レオンはすっかり疲れ果て、女性陣は生き生きとして服飾室を出た。
「レオンさん、買い物に行きません? ほら、私たち普段着が」
サラの言うとおり、レオンたちが着てきた服はあちこちが裂けていたり、泥だらけになっている。
マーガレットのファイアクロコダイル革のローブはともかくとして、どれも洗濯すれば着られるというような状態ではなかった。
だから今は迎賓館で用意された服を着ているが、正直しっくりとはきていない。
「また服の話か、勘弁してくれ……いや、待てよ」
レオンはぽんと拳で手を叩いた。
「どうも落ち着かないと思ったら帽子がないんだ! 帽子が無けりゃ始まらない。余計落ち着かなくなってきた。早く買い物に出よう」
4人は馬車に乗って買い物に出かけた。
王都よりは小さな街だが、店の品揃えは悪くない。
レオンのいつものスタイルは、旅装束としてあっという間に揃った。
当然ながら、女性陣の買い物は長い。
「アイリスちゃんはやっぱりサーモンピンクよね。私はいつものブラウスと紺のスカートでいいかなあ……」
「私は丈夫なジャケットが欲しいわ! 実用第一!」
しかしもっと長いのはレオンの帽子選びだった。
「こっちか……いや、これでもないな」
レオンは鏡の前で、帽子をとっかえひっかえしている。
「レオンさん、これは……」
「どうだろう。俺のイメージじゃない」
「どれも同じに見えてきたわ……」
買い物好きの女性陣も、さすがにぐったりし始めた。
そのとき、ととと、とアイリスがひとつの帽子を抱えてきた。
「レオン……これ……」
「お!」
どこから見つけてきたのかはわからないが、それはレオンが前からかぶっていた帽子と瓜二つだった。
「そうだ、こういうのだよ。これに違いない」
レオンはそれを被って、鏡の前で顔の向きをいろいろと変えてみた。
「なあ、どう見える?」
「……レオン・クルーガー」
マーガレットが気のない返事をした。
「そうだ。これがレオン・クルーガーのスタイルだ。アイリス、よく見てるな」
「うん……」
アイリスは頷いた。
「レオンのこと……ちゃんと見てる……」
アイリスは買い物に疲れたのか、少し元気がなさそうに見えた。
「つきあわせて悪かったな。ありがとうアイリス」
迎賓館に帰って夕食を済ませると、みなそれぞれに与えられた個室に戻った。
服に帽子にとはしゃいだ1日だったが、まだ完全に旅の疲れが取れたというわけでもない。
レオンが銃の分解整備をしていると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのはアイリスだ。
脇に抱えているのは『銃士物語』だ。
破壊された馬車から馬に荷物を移したとき、これも忘れずに積み込んだのだった。
「これ……読んで欲しいの……」
細い声で、アイリスは言った。
「よし、じゃあ膝に乗るか」
「うん……」
レオンは銃を組み立ててホルスターにしまうと、アイリスを膝に抱え上げて、本を広げた。
アイリスは相変わらず軽い。
「ええっと、どこからだったかな……そうだ。シャーリーはクリストファーの腕にすがった。必ず帰ってきてね、私、ずっと待ってるから……クリストファーは黙って部屋を出た……」
アイリスは大人しくレオンの腕に頭をあずけ、音読に耳を傾けている。
「クリストファーは牧場へ向かった……そこには3人の男が立っていて……ん?」
ぽたり、と本の上に水滴が落ちた。
「………………」
水滴が、ひとつ、ふたつ、みっつ――。
そのうちにアイリスは、ひっく、ひっくと身体を震わせて泣き始めた。
「どうしたアイリス、そんな悲しい場面じゃないだろう」
涙をぽろぽろこぼしながら、アイリスは戸惑うレオンの腕にしがみついた。
「レオン……」
アイリスはレオンの腕に顔を押しつけたまま言った。
「レオンは私がお城に残ったら、もう行っちゃうの……?」
新しいポンチョに、アイリスの涙が染み込んでいく。
「そうだな……」
レオンは本を閉じると、アイリスの頭を優しく撫でた。
「旅の仲間ってのはそういうものなんだよ。でも俺はな、アイリスと旅が出来て楽しかった」
さらさらの黒髪を指で梳きながら、レオンは続ける。
「アイリスがいて、サラがいて、マーガレットがいて……いろんなことがあったけど、本当に良い旅だった。だから少しの間は寂しいかもしれない。いいか、大事なことを教えてやる」
アイリスはレオンの腕から顔を上げた。
涙の粒を乗せた長いまつげ、真っ赤に泣きはらした目、大きな青い瞳。
それがまっすぐにレオンを見ていた。
「人の言葉を聞くこと。人を大事にすること。そして、自分が正しいと思うことは、胸を張って言うことだ。そうすればきっと仲間ができる。そうしているうちに、寂しさは思い出に変わっていく……俺を信じて、言うとおりにしてみな。悪いようにはならない」
「うん…………」
レオンはアイリスが泣き止むまで、小さな頭を胸に抱き、しばらく髪を撫でてやった。
どんなに泣いても、次の日は必ずやってくる。
しかしアイリスは、不思議とすっきりした顔をして現われた。
「おはよう……レオン……」
「ああ、おはよう」
(やっぱり貴族の子供だ。しっかりしてる)
レオンはアイリスの頭を撫でてやろうかと思ったが、やめにした。
それから4人は、いろんな旅の話をしながら朝食を取った。
戦い以外の、いろんな話が出た。
サラが寝返りをうつたびに、チョーカーの鈴が鳴って目を覚まさせられたこと。
マーガレットがレオンに指摘されるまで、ずっと罰の札を首から提げていたこと。
アイリスが固い干し肉を、次のご飯の時間まで口の中に入れていたこと。
ちょっとした話で、みんな笑い合った。
これが、4人が揃う最後の食事なのだ。
朝食が済むと、メイドに着替えさせられた。
レオンは固い銀色のベストに、同色のジャケット。
サラは細い腰を意識した、ライムグリーンのマーメイドドレス。
マーガレットは大きな胸元を強調した、赤いハートカット。
アイリスは、レースがふんわりとあしらわれた純白のワンピース。
「皆さま、よくお似合いでございます。」
執事が微笑む。
ドレスアップした4人は馬車に揺られて、ベローテ城へと向かった。
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