第28話「サラの霊体化弾」
レオンとサラ、マーガレットは、木の枝をくぐり、枯れ葉を蹴立てながら森の奥に逃げ込む。
「アイリス! あいつのどこかが光っているように見えたか!?」
「……おなかの角の奥が……紫色で眩しいの」
「よりによって、頑丈そうな場所だ」
レオンはときどき振り返り、枝の隙間から怪物の目に向かってトリガーを引く。
目玉は血と房水を撒き散らしながら破裂するが、またたくまに修復される。
そのたびに、わずかに足止めはできた。
「バチバチとうっとうしい!」
また怪物のてのひらが輝き、石魔法が爆散した。
石礫は枝を叩き折り、木の幹を粉砕し、地面をえぐって枯れ葉をまき散らす。
木々を避けながら進むレオン達と、それらをなぎ倒しながら大股で歩いてくる怪物。
レオンの牽制があるとはいえ、距離は徐々に縮まりつつあった。
「クソッ! これで撃ち止めだ!」
レオンはとうとう最後の1発を、怪物の目玉に撃ち込んだ。
「考えろ、考えろ……考えろ……!」
レオンは走りながら、必死に頭を巡らせる。
もはや怪物に勝つ方法ではない、ここから逃げ切る方法だ。
今までくぐり抜けてきたピンチ、4人の能力、いつか聞いた誰かのひとこと……。
――レオンの脳裏に、火花が走った。
「そうか…………その手が…………クソッ! 俺は大間抜けだ!」
怪物は森を破壊しながら迫ってくる。
もう馬車に弾丸を取りに行く余裕はない。
「弾さえあれば……!」
それをサラが聞いて、サラの銀色の耳がピクリと動いた。
「弾が……もうないんですか……?」
「ああ、スッカラカンだ。弾切れの銃士ほど情けないものはない」
その言葉に、サラの胸はきゅうっと痛んだ。
「それなら……」
これは何より大切にしてきたものだ。
目の奥がじわりと熱くなってくる。
サラは、汗を流すレオンの真剣な横顔を見た。
その瞬間――迷いは吹き飛ぶ。
サラはズボンのポケットから、ひとつの古びた弾丸を取り出した。
「あります……ここに……!」
「………………!」
幼い頃、アンデッドバットに家族が襲われた時、その命を救った謎の老銃士。
その彼がくれた弾丸だった。
サラが大人になっても、大事に身につけている宝物だった。
「これを……使って下さい!」
幼い頃からずっとそばにあったもの。
どんなに悲しいことがあっても、その弾丸を見つめれば勇気をもらえた。
まるであの老銃士の力強さが、温かく伝わってくるような気がした。
それをサラは、レオンに差し出すことに決めた。
きっとこのときのために、この人に託すために、私はこれを大切に持っていたんだ。
サラは思った。
この人に、託すのだ。
この人だからこそ、託すのだ。
この人以外に――これを託せる人なんていない。
「すまない。大事なものだろうが……」
「ええ、本当に大事なものです」
サラは言った。
「大事なものだからこそです」
緑色の瞳は、まっすぐにレオンの目を捉えた。
「レオンさん、使って下さい!」
「……わかった、そうさせてもらう……魔法を頼む」
レオンは言った。
「例の、霊体化ってやつだ。薬莢と火薬はそのままで、弾頭だけに魔法を頼む。できるか?」
「わかりました!」
大きな木陰を見つけたサラとレオンは、そこに隠れた。
古びた弾丸に向けて、杖のルーン文字が輝く。
「頼んだわよ……」
鈍色の弾頭がその光を映す。
その瞬間、レオンの身体の中で時計が動き始めた。
サラの魔法の継続時間は――30秒。
「これを……お願いします!」
属性付与をこめた大切な宝物。
手のひらから手のひらへ、体温を移して、弾丸が受け渡される。
「ありがとう。確かに……受け取った」
幼い頃から、ずっと大切にしてきた温かさと重み。
それは確かに、レオンの手に伝わった。
「この1発。どうしても勝たなきゃ収まりがつかないな……行ってくる」
レオンは木陰から姿を現わした。
「よう、ドルバック伯爵!」
怪物が笑い声を上げる。
「レオン・クルーガー! とうとう死ぬ準備ができたか!」
「いいや……」
レオンはラッチを押し込んで弾倉を取り出し、エジェクターロッドで空薬莢を排出。
サラの大切なお守り――属性付与の込められた弾丸を1発、装填した。
弾倉を戻し、怪物を睨むと、ニヤリと笑った。
「できたのは狩りの準備さ」
「……ほざけッ!!」
怪物の杖が輝き、土魔法が地面に亀裂を走らせる。
その亀裂を身を翻して避けた。
――20秒。
「おのれちょこまかと!」
続いて爆裂する石魔法。
地を抉り、木を爆砕し、レオンの頬をかすめる。
「悪いが、あんたの前で堂々と立ってる度胸はないね」
「ならば死体を晒してもらうまでだ!」
怪物は並ぶ木々をむしり取りながらレオンに近づいていく。
遮蔽物がどんどん失われていく。
――15秒。
「んん?」
大きな倒木の陰に、カウボーイハットがのぞいている。
「見ぃいいいつけたァァァァァ!」
怪物は掴んだ木を倒木に叩きつけて粉砕した。
しかし、そこにレオンの姿はない。
――10秒。
「などと……」
怪物が笑った。
「騙されると思ったかぁあああああ!!」
怪物はその反対側の木に向かって拳を叩きつける――その瞬間。
ズドドドドドドドドドドドドドド!!
火魔法の大群が怪物をよろめかせ、拳は空を薙いだ。
「私のこと! 忘れてもらっちゃ困るわね!」
「この小娘がぁあああああああ!!」
木々が焼き払われ、揺れる炎の向こうに怪物が見たのは――。
――撃鉄を起こし、黒い銃口を自分に向けたレオンの姿だった。
「礼を言うぜ、思い出の銃士さん」
属性付与が解けるその寸前――拳銃のトリガーが引かれた。
霊体化した弾丸は、炎を突き抜け、枝をすり抜けて疾走する。
腹から突き出た堅い角をすり抜け、硬質な皮膚の更に奥――その中にある紫色の光にさしかかった瞬間。
――ゼロ秒。
霊体化が解除され、弾丸は実体を取り戻した。
「ぐおおおおおおおおおおおっ!?」
怪物の体内で、3つの紫色の結晶が、実体化した弾丸に貫かれて砕け散った。
「ば、ば、ば、馬鹿なァッッッッ!!!」
怪物は真っ黒な血を吐きながら、もんどりうって昏倒した。
全身を大きく痙攣させて、地響きを起こす。
「ぐ……がぁあああああああッッ!!」
頭の角は溶け落ち、腹の角は根元からずるりと抜けた。
その穴から黒々とした血と紫色の結晶の破片が流れ落ちる。
「レオン……クルーガー……!! 王族の座は……必ず……イリムの……もの……に……」
怪物の身体が縮んでいき、ドルバック伯爵の姿に返っていく。
全身が紫色に膨らんで、目玉が飛び出している。
燃え上がる木々の中で、とうとうドルバック伯爵は痙攣をとめた。
大木が倒れ、死体を押し潰し、火の中に包み込んだ。
パチパチと木のはぜる音。
戦いの終わりを告げるような、ミズヒバリの鳴き声が遠くに聞こえた。
「………………」
木陰に隠れていたサラとアイリスが、そっと顔を出す。
「もう大丈夫だ」
レオンは飛ばされてきた紫のマントを拾うと、炎の中に放り込んだ。
マントは穴を空けて燃え広がり、やがて灰になって空へと舞った。
「マギー、この火は消せるんだろうな」
「もちろんよ、氷魔法が使えるわ。今すぐ消してもいいけど」
「いや、少しばかり待とう」
サラとアイリスが、レオンに走り寄ってきた。
「レオン……ほっぺた怪我してる……」
アイリスは杖を取り出して、レオンの頬に向ける。
杖の先が、柔らかいヒールの光で輝いた。
「ありがとうアイリス。サラ、君のお守り、悪かったな」
「いえ、きっとこの日のためにずっと持ってたんです。それに……」
サラは少し俯いて、恥ずかしそうに言った。
「レオンさんが、新しいお守りを下されば、私はそれで充分かなって」
「……そうか」
レオンは燃え上がる木々に背を向けた。
「じゃあ馬車に帰ろう。まだいくらでも残ってる」
「それは、ありがたみがないですね」
ふたりして、笑った。
「わたしも……おまもりほしい……」
「なになに、良い物もらえるなら私もちょうだい!」
アイリスとマーガレットがしがみついてきた。
「マーガレット、命を助けられたな」
「仲間でしょう! 当然よ!」
マーガレットは嬉しそうにしっぽを降っている。
レオンは3人を見渡して言った。
「それにサラ、アイリス。君たちがひとりでも欠けていたら……俺は死んでた」
「私たちだって、同じですよ。レオンさんがいなければ、私たち、ここにはいません」
「まったくいい旅仲間が揃ったもんだ……しかし」
レオンは眉根を寄せて言った。
「やっぱり帽子がないと落ち着かないな」
そう言って、髪をかきあげた。
固まった血が、こめかみからぱらぱらと落ちる。
「帽子なくても……レオン……かっこいい……」
「ありがとよ、アイリス。じゃあ、馬車に戻ろう。マギーそろそろ消火を頼む」
「任せなさい!」
燃え盛る死闘の跡は、マーガレットの氷魔法によって、徐々に静けさを取り戻していった。
名前:オノレ・ウォードラット=ドルバック(魔族)
レベル:72
・基礎パラメーター
HP:652(+597)
MP:839(+485)
筋力:625(+732)
耐久力:624(+721)
俊敏性:870
持久力:730(+842)
・習得スキルランク
石魔法:S
土魔法:S
魔族魔法:E
魔石増幅+++
(+肉体強化S)
(+魔族化B)




