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第27話「決闘、ドルバック伯爵」

(刺客が役に立たない以上、レオン・クルーガーは私が直々に倒すしかあるまい)


 ドルバック伯爵はそう決心した。

 小鳥たちのさえずりが響き渡る早朝。

 森に挟まれた街道に降り立ち、レオン・クルーガーと向かい合う。


「私は若い頃から決闘が好きだった」


 ドルバック伯爵は言った。


「向こうから決闘を持ちかけさせるにはちょいとしたコツがあってね。これは一種の社交術だが……」

「あいにく、今は必要ない。こっちはあんたのドテッ腹に風穴を空けたくてうずうずしてる」

「そう、こういう具合に相手を温まらせてやるわけだ」


 そう言ってドルバック伯爵は白い歯を見せ、肉食獣のような笑みを浮かべた。

 余裕のある声で言葉を交わすその間も、一部たりとも隙は見せない。

 ドルバック伯爵は決闘というものをよく知っていた。


「私は何度も命のやり取りをしてきた。カードで遊ぶように、殺し合いには慣れている。数は96人。一度たりとも負けたことはない」


 そして今――。

 ドルバック伯爵に、負けることは許されない。

 しかしそれはレオンも同じことだ。

 

「あんまり自慢するのはよしてくれ。あんたがうすのろで、嘘つきで、弱虫に見えてくる」


 ドルバック伯爵の肉食獣のような笑みは、相手を食らおうとする瞬間の、その形相に変わった。


「レオン・クルーガー……貴様は鼻先を飛び回るアブのようなものだ」



 対峙するふたりの間に、一陣の風が吹いた。 

 森がざわめき、砂埃が舞う。




――その風が、やんだ。




「………………っ!」

「………………!」




 ふたりが動いたのは同時だった。


 轟音と共に、質量を持った殺気が街道を貫く。

 森の小鳥が一斉に羽ばたいた。

 残響が街道にこだまする。




 ――カウボーイハットが吹き飛び、レオンは昏倒した。




「……レオンさんっ!!」


 サラとアイリス、マーガレットが馬車の陰から飛び出し、駆け寄ってくる。

 ドルバック伯爵はニヤリと笑った。



「最初から私が出ていれば、手間をかけずに済んだらしいな……」



 ドルバック伯爵は杖を腰に差そうとした――瞬間、その杖が滑り落ちた。



 大きな手が震えている。

 生温かいものが、膝に流れ落ちていくのを感じる。



 ――ぽたり、ぽたり、と小さな水音がした。



 「な………………!?」



 ドルバック伯爵はそこで初めて、自分の腹に大穴が空いていることに気がついた。

 再び風が吹き、脱ぎ捨てた紫のマントがひるがえった。



「……97人目はあんた自身だ」



 石魔法が頭をかすめたレオンは、こめかみから血を流していた。

 アイリスがヒールをかけると、その血も止まった。

 サラがレオンの手を取って立ち上がらせる。


「大丈夫ですか……?」

「ああ、アイリスのおかげでもう平気だ。ありがとう」


 レオンはアイリスの頭を撫で、マーガレットからカウボーイハットを受け取った。


「大事な帽子に穴が空いちまった……参ったな」


そう言ってカウボーイハットを被ると、ドルバック伯爵に背を向けた。

どさり、と大きな身体が地面に倒れ伏す音が聞こえた。

あとはむなしく風の音が鳴るばかりだ。



「さあ、行こう」



 ――4人が馬車に戻ろうとしたそのとき、低く唸るような声が聞こえた。



「やはり……人間の身体では……限界があるらしいな……」



 レオンが振り向くと、ドルバック伯爵は身体を捻りながら懐を探っている。



「私は……幸せ者だ…………ぐぬうっ!!」

「………………!?」



 ドルバック伯爵は自分の腹の傷に指を突っ込んで引き裂いた。

 血が噴き出し、地面が黒く染まっていく。


「見るなアイリスっ!!」


 レオンが叫ぶと、サラはアイリスを抱き上げてその顔を肩に押しつけた。



「…………何をしてやがる」

「くふふふふ……ぐうっ……これで……私も……魔族に……」



 ドルバック伯爵は懐から取り出した、紫色の結晶を3つ、傷口の中に捻り込んだ。




「ぐあっ、あ……あ……があああああああああああああああ!!!!」 



 大きな身体がびくん、びくんと痙攣した。

 傷口が光り輝いて、そこから血まみれの巨大な角のようなものが飛び出した。



「ぐぬうっ……うぉお……あああ……ぐぉおおおああああああああああ!!!」 



 ミシミシと音を立てながら、ドルバック伯爵の身体が膨らみ、服がはじけ飛ぶ。

 ドルバック伯爵は、膝を立てて、ゆっくりと起き上がる。


 


――その身体は、すでに人間では無かった。




 背丈10メートルはあるだろうか。

 頭と腹から巨大な角を生やした、牛のような“何か”がそこには立っていた。



「…………素晴らしいッ!!」



 怪物に変貌したドルバック伯爵の巨大な声が、街道に響き渡った。



「これが魔族か……力が全身に満ちあふれる……血がたぎる……ああそうして……」



 怪物は4人を見下ろした。



「貴様らがひどく“美味しそう”だ……」


「……人間、ああなるとおしまいって感じだ」



 レオンはためらうことなくトリガーを引いた。

 しかし弾丸は鎧のような皮膚にはじき返される。



「かゆいな……かゆい……そんなものか銃士(ガンナー)ーッ!!」



 怪物は巨大な手のひらを広げた。

 手と杖が融合している。



 ――その先端が光った。



 突如地面が大きくひび割れ、4人の足もとを襲う。

 レオンはアイリスを抱いたサラ、マーガレットの肩を掴んで巨大なひび割れから押し倒した。



「サラ! アイリスを連れて森の陰に! マギーは撃てるだけ撃て!」

「なんだか知らないけど、的が大きいと当てやすいわ!」



 マーガレットは立ち上がって、大きな杖を抜いた。



「牛の丸焼きは私の故郷の伝統料理よ!」



 ズドドドドドドドドドドドドドド!!



 マーガレットが連射した火魔法は、そのほとんどが怪物の腹に撃ち込まれた。



「ん……ぬううううううっ!!」



 鉄のような怪物の皮膚が赤熱していく。

 角の先端がどろりと溶け始めたそのとき――。



「ふんッ!!」



 再び怪物の手のひらが発光した。

 耳が潰れそうな爆音と共に、石礫が辺りに弾丸のような勢いでぶちまけられる。

 そのひとつがマーガレットの肩を鋭くえぐった。



「ぐうっ!」



 マーガレットは杖を取り落として肩を押さえる。

 手のひらの間からどくどくと血が流れ出していた。



「まだまだよっ!」



 マーガレットは左手で杖を拾い上げ、再びその先端を怪物に向ける。

 しかし発射された炎は、先ほどよりも弱々しい。

 魔術師にも利き手というものがあるのだ。



「くっそおおおおおっ!」

「マギー、無理するなっ! アイリスに治療してもらえ!」

「くっ……わかった……ごめんなさい! 頼んだわ!!」



 マーガレットは森の陰へと走り去った。


「やれやれ、頼まれちまったか……」


 レオンは拳銃を握って、怪物と対峙した。

 脳裏に王立騎士団団長ガットンの言葉がよぎる。




(魔族と遭遇したら、決して戦うな。どんなことをしても逃げろ)




「……どうやらそれが賢いらしい」


 レオンは森の中に飛び込んだ。


「マギー、もう大丈夫か」

「……ええ、ちょっと痺れてるけどね。アイリスちゃんのおかげよ」

「礼は後で言うんだな。今はとにかくここから逃げるっ!」



 サラからアイリスを受け取って肩に担ぐと、一斉に走り出した。



「とうとう逃げるつもりになったか……可愛い奴らだ……だがな……」



 怪物は森に足を踏み込み、大きな木を根元から引き抜いた。



「ふんっ!!」



 引き抜かれた木は、まるで棒きれのように放り投げられ、辺りの木をなぎ倒しながら飛来する。




 ――ズドン!




 巨大な木はレオンの目の前に突き刺さった。



「いくらでも逃げるがいい、レオン・クルーガー! しかし残念ながら、私は身体の奥から、無限に力が湧き出てくるのだ。お前たちはいずれ疲れ果て、私の手のひらに叩き潰される。決まった運命をできる限り引き延ばすといい。死の恐怖に駆られながらな!!」



 地響きを立てながら、怪物の足音が近づいてくる。


「体力勝負はできそうにないな……」


 レオンはアイリスを抱えて木の間を走りながら、必死に頭を働かせた。



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