第25話「ジャイアントバット」
森に挟まれた街道を進むうちに、陽が沈んできた。
馬車の長い影が、土の道に伸びている。
オレンジ色に照らされた道をしばらく進むと、ちょっとした広場を見つけた。
「今日はここで野営だな」
レオンは馬車を止める。
馬のくびきを外してやり、たっぷりと積んできた干し草を食べさせた。
「ちゃんと仲間に入れてもらうのよ、バイオレット!」
マーガレットが愛馬の背中を叩くと、バイオレットはのそのそと、干し草を食む馬の仲に加わった。
「私たちも食事にしましょう」
サラは馬車から薪を抱えて降りてきた。
それをレオンが組み上げる。
「頼むぜマギー」
「任せて! 薪なんて一瞬で黒焦げにしてあげるわ!」
「違う。普通に火をつけるんだ」
マーガレットが杖をひと振りすると、薪は景気よく燃え上がり、周囲の森を照らした。
レオンは鍋を用意して、そこに干し肉と香草を放り込む。
少し塩を足せば立派なスープになる。
4人で火を囲み、いろいろと話をしながらスープが煮えるのを待った。
やがて日が沈み、宝石を散りばめたような星々が輝きだした。
「そろそろでしょうか」
「そうだな」
サラは器にスープをすくって、皆に回した。
いただきますをして、熱いスープをすする。
「そういえばあなたたち、どうして旅をしているの?」
マーガレットが尋ねた。
「そんなことも知らずについてきたのか」
「それが私の正義だから!」
ビシッとスプーンを掲げてみせる。
「マギー、行儀が悪いぞ。アイリスを見習え」
アイリスは麻で編まれたクッションにちょこんと座り、スープをふうふう冷ましながら食べている。
「………………」
サラはマーガレットに、旅の経緯を話した。
アイリスが魔物や奇妙な魔術師に狙われていること。
そうして旅の終点、その目的――。
「ええっ! こんなに小さいのにもう結婚が決まってるの!?」
マーガレットが驚くと、アイリスはこくりと頷いた。
「すごいわね! その歳でもう一生を添い遂げる人を見つけるなんて! ねえ、どんな人なの!?」
そう尋ねると、アイリスは俯いて、小さな声で答えた。
「お兄様が……ジャスティン王子を悪く言っちゃダメって言ってた……」
アイリスはそう答えたきり、スープに浸したパンを見つめている。。
当然ながら、これはオルディエール家が王族に仲間入りするための政略結婚なのだ。
「……なあ、アイリス。ちょっとした昔話をしてやろう」
レオンが言った。
「俺は子供の頃、おじいちゃんに銃の扱い方を習った。そりゃ厳しかったもんさ。弱音を吐きたくなることもあった」
アイリスは、焚き火を映して輝く瞳を、レオンに向けた。
「でもな、おじいちゃんはある日こう言った。『嫌になったらいつでもそう言え。その日で修行は終わりだ』ってな。優しく言ってくれた。でも俺は修行を続けた。強くなることが、俺の気持ちと噛み合ってたからだ。だから俺は今、ここにいる」
レオンの脳裏に、子供時代の風景が浮かぶ。
祖父へのあこがれ。
そびえ立つ石塔に銃弾を撃ち込む日々。
鈴の音。
そしてエリナおばさんの死――。
「いいか、アイリス。お母さんやお兄さんの言うことを聞くのは、悪いことじゃない。でもな、人生のいちばん大事なところで、それが自分の気持ちと噛み合わないなら……」
アイリスは、大きな瞳でレオンを見上げている。
その瞳を見つめながら、言った。
「そのときはうんとワガママになっていい。自分の気持ちを押し通してやれ」
「………………うん」
アイリスはこくりと頷くと、麻のクッションをレオンのすぐ隣に敷いて、そこに座った。
レオンの腕にもたれるようにして、スープをすくって口に運ぶ。
「アイリス、それじゃ食べづらい」
「ワガママしていいって、レオンが言った……」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
――その瞬間。
「………………っ!」
レオンは木の器を放り投げて素早く拳銃を抜き、空中に向けて2回トリガーを引いた。
夜の闇にマズルフラッシュが輝き、轟音が森に響く。
「ギキィッ!」
大きな黒い塊が、焚き火に飛び込んだ。
スープの鍋がひっくり返り、じゅうっと音を立てて火が消える。
ぼってりした身体に薄い羽を垂らした魔物は、びくびくと痙攣していた。
「馬車に隠れろっ!」
4人は器を捨てて馬車の陰に隠れた。
「キィイ……キィイ……キィキィキィキィキィ……」
恐ろしい数の鳴き声と共に、星空が黒い影に覆われる。
「あいつは何者だ、サラ!」
「ぱっとしか見えませんでしたが、おそらくはジャイアントバットです! でもあんな数が一度に出てくるなんて……きゃあっ!」
滑空してきたジャイアントバットが、馬車の幌を切り裂いた。
森の木に繋がれた馬は、不安げにいなないている。
「マギー、援護射撃を頼む」
「えんごしゃげき……? って何よ!」
「いいから空に向かって撃ちまくれ!」
レオンとマーガレットは、馬車の陰から顔を出した。
「それなら得意よ! 任せなさい!」
マーガレットは空に向かって長い杖を向けると、炎の弾を連射した。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドド!
火魔法はまるで花火のようにほとばしり、辺りを照らした。
2発、3発とジャイアントバットに命中し、肉の塊が焼け落ちる。
しかし命中率はあまりに低い。
「今夜はやけにお客さんが多いな。ダンスホールに入り切れるか心配だ」
レオンの銃弾は、炎に照らされたジャイアントバットを確実に屠っていく。
しかしあまりに数が多すぎた。
「こりゃあ、1発1発丹念にってわけにはいかないな。サラ! 風のやつを頼む!」
「はいっ!」
――その瞬間、銃弾と炎の嵐をかいくぐって、1匹のジャイアントバットが舞い降り、アイリスの肩を掴んだ。
そのまま高く空へと舞い上がる。
「………………っ」
響く2発の銃声。
弾丸はジャイアントバットの2本の足の付け根を、正確に破壊した。
鋭い爪から解放され、落下する小さな身体をレオンが危うく受け止める。
「レオン……!」
「やっぱりあいつら、アイリスを狙ってやがる」
「属性付与、完了しました!」
レオンはアイリスを脇に降ろし、サラから6発の銃弾を受取ると、素早くそれを装填する。
マズルフラッシュ、轟音、風を纏った銃弾が空気を切り裂きながらジャイアントバットの群を捉える。
「ギキィッ!」
「キイィッ!?」
「グキィィ!」
銃弾は旋回しながら3匹のジャイアントバットを同時に貫いた。
「こいつは集中力がいるな……!」
レオンは弾倉の銃弾をすべて撃ち尽くし、18匹のジャイアントバットを撃ち落とした。
しかし群れはまったく減る様子がない。
「あいつらに弱点か何かないのか?」
「強力な光魔法を使えば、1撃で数匹は倒せるはずです! アルフレッドさんがいらっしゃれば良かったんですが……」
鳴き声を上げながら旋回するジャイアントバットが、再び幌を切り裂く。
「……っ! ここにいない人間を頼っても仕方がない。君の魔法だとどうなる?」
「私が光魔法を付与したとして、おそらく単体には強い効果をもたらしますが……!」
「ただの弾で撃ってるのと変わらないってことか」
レオンはサラから風の弾丸を受けとり、再び空へと発射する。
「次から次へとキリがないな。セーター編んでる婆さんの気分になってきた」
「レオン!」
マーガレットが叫んだ。
「そろそろ杖が焼けつくわ! 冷却しないと……!」
「婆さんなら今のひとことで気絶してるぜ。万事休すって奴か、参ったなこいつは……」
――そのとき。
「………………!」
アイリスは思い立ったように馬車の陰から飛び出し、空に向かって杖を掲げた。
空を舞っていたジャイアントバットたちが、一斉にアイリスへと殺到する。
「アイリスっ! 何やってるっ!!」
「……みんな、目を、つぶって!!」
初めて聞いたアイリスの大声に、思わず3人は言われた通りに目をつぶった。
――その瞬間、まぶたが赤く輝いた。
強烈な白い光が周囲を照らし、すべての影を飲み込む。
「ギキィッ!?」
「キゲェッ!?」
「イギキェッ!?」
瞳孔を極限まで開いていたジャイアントバットは、1匹残らず目を潰された。
バタンッ、ボタンッ、と目をつぶされたジャイアントバットが落下する。
空を覆い尽していた羽音と金切り声がやみ、再び夜の静寂が訪れた。
涼しい夜風には、焼けた肉と血の匂いが混じっている。
「なんだか知らんが……アイリスに助けられたらしいな……」
レオンは拳銃をホルスターにしまった。
「なんだか知らないけど、敵を倒したなら問題なしよ!」
マーガレットはなぜか腰に手を当て、大きな胸を張って威張っている。
サラは馬車の陰から走り出て、アイリスの身体を抱いた。
「アイリスちゃん! いったい何をしたの?」
「………………灯魔法」
アイリスは小さな声で答えた。
それを聞いて、サラは唖然とする。
「そんな……!」
灯魔法は補助的な魔法で、通常は周囲を少し照らすくらいにしか使われない。
誰でもすぐに身につけるが、そうそうランクを上げられる魔法ではないし、上げる意味もない。
その灯魔法が、100匹を超えるジャイアントバットの目を潰したのだ。
「アイリス……あなた一体……」
「私、普通の人より魔力が多いんだって、お母様が言ってた……だからジャスティン王子は私と結婚したいの」
アイリスは小さな声で、呟くように言った。
名前:ジャイアントバット
レベル:17
・基礎パラメーター
HP:159
MP:0
筋力:332
耐久力:220
俊敏性:727
持久力:410
・習得スキルランク
ひっかき:A
超音波(回避率+)




