第22話「背後の背後」
ドルバック伯爵は、暗い部屋で透視水晶を眺めていた。
水晶には、荷物を馬に載せるレオンたちの姿が映っている。
「クソッ! 失敗か!」
水晶台を拳で叩いてうめいた。
「イリム! イリムはいるか!?」
伯爵が大声で叫ぶと、奥の廊下から小走りの靴音が聞こえてきた。
「は、はい、お父様!」
現われたのは黒いドレスを着た少女だ。
あまりの剣幕に怯えているイリムを、伯爵は睨み付けた。
「なぜ失敗したッ!」
「失敗? まさか、あのアンデッドウィザードが……」
「そうだ!」
再び水晶台を叩いた。
「そ、そんなはずはありませんっ!」
イリムは答えた。
「今回のアンデッドウィザードは、魔石をふたつも埋め込んで仕上げました! 弱点である防御力の低さを克服し、更に娘を誘拐するだけの知能を充分に与えて……」
「それならなぜ! またあの銃士ごときに負けるのだ!」
「そんな……馬鹿なことが……」
伯爵の頬がピクリと動く。
「馬鹿なこと? イリム、貴様は父がこの目で見たことを馬鹿なことだと言うのか? 俺の目が節穴だと?」
「いえ……! 決してそんなことはっ!」
イリムは涙を流しながら膝をついた。
「そんなことは……ありません……」
「………………」
伯爵はイリムに手を差し伸べた。
「怒鳴ってすまなかった。もう泣くのはやめなさい」
イリムは伯爵の大きな手を取って立ち上がった。
「ごめんなさい……お父様……」
「謝ることはない。すべてはお前のためなんだから」
指でイリムの涙を拭った。
「魔族を味方につけたのも、すべてはお前のためだ。お前こそが王族の妃に相応しいからだ。あんな小娘よりずっと。だからもう泣かないでくれ」
「はい……お父様……」
伯爵はイリムを抱きしめた。
「美しい親子愛だね」
「本当ね、お兄様」
暗い部屋に、声が響いた。
「………………!」
伯爵はイリムを抱きしめたまま周囲を見渡す。
声の主は、背後に立っていた。
「ゼベル様! ルキア様!」
親子はその場で跪いた。
「どうやら失敗したらしいね。せっかく魔族の魔法を教えてあげてるのに、どうしてこう応用力がないのかなあ」
声の主のひとりは少年だった。
「いやですわお兄様。人間が魔族より賢いわけないじゃありませんの。数だけが取り柄なんですから」
もうひとりの声は少女だ。
「僕たちはね。そんなに難しいことを言ってるわけじゃないんだよ。あの娘を僕たちのもとに連れてきて欲しい。これだけなんだ。とてもシンプルなお願いだよね」
伯爵は震えながら答える。
「恐れながら、予測不可能な邪魔が入りました故、このような事態に! すぐに次の策を練ります! ですので、どうか次の魔石を頂戴できればと……」
「魔石も無尽蔵にあるわけじゃないんだよ。もういっそあの子じゃなくてもいいかなあ。ねえ、ルキア」
「そうね、お兄様。そこの小娘も、あいつには遠く及びませんけれど、そこそこの魔力を持っていますわ」
ルキアは先の尖った長い舌で、血を塗ったように赤いくちびるを舐めた。
「ゼベル様……! それだけはどうかご勘弁を……!」
「仕方ないなあ」
ゼベルが腕を上げて手のひらを広げると、紫色の結晶が虚空に現われた。
重力に従って落ちた結晶は、柔らかい絨毯の上に転がった。
その数は3つ。
「じゃあ、次は頑張るんだよ」
ゼベルは赤いくちびるを、にゅうっと広げて笑った。
「無理だと思ったらいつでも言ってね。そうなったら君の娘を食べて、この話はおしまいにするから」
「お兄様、あんまり食事の話ばかりしないで下さいまし。よだれが出てきますわ」
伯爵親子は震え上がった。
………………。
…………。
……。
ジュリ村に入ると、すぐに村人たちが集まってきた。
「レオン殿! サラ殿! お久しぶりでございますじゃ!」
村長は嬉しそうに言ったが、レオンが負ぶっているアルフレッドを見て顔色を変えた。
「そ、そのお方はいったい……」
「悪いが、どこかに寝かせてやって欲しい。医者はいるか?」
「もちろん、おりますとも! こんな田舎にはもったいない名医ですじゃ!」
そう言って村長は、奥さんと息子を呼んだ。
「このお方のベッドを用意しろ、お前は馬を飛ばして先生を呼んで来い!」
レオンたちは村長の家に入ると、ベッドにアルフレッドを寝かせる。
しばらく経つと、アルフレッドは目を覚ました。
「ここ……は……?」
「ちょいと縁のある村だ。みんな良くしてくれる。医者もじきに来る」
「それは……ありがたいことで……ございます……」
アイリスは、アルフレッドの手を握った。
「じいや……ごめんなさい……」
「お嬢様……」
アルフレッドは笑顔を浮かべた。
「じいやはお嬢様が御無事で安心しております……」
アイリスはまたぽろぽろと涙をこぼし、アルフレッドの手の甲に濡れた頬をすりつけた。
「じいや……じいや……」
「先生が来なすったぞ!」
メガネをかけた若い医者が、家に入ってきた。
レオンはアイリスの頭をぽんと叩く。
「外でサラと遊んでくるといい」
視線を送ると、サラは頷いた。
「さあアイリスちゃん、羊を見にいきましょう」
アイリスは涙をぬぐうと、サラと手を繋いで外へ出て行った。
医者はアルフレッドのシャツが開き、聴診器を当てる。
レオンは壁にもたれながら、診察の様子を見ていた。
「ふむ……」
医者は聴診器を耳から外した。
「痛みがあれば返事を。我慢はしないで下さいね」
医者が指先で腹をとんとんと突いていくと、アルフレッドは低いうめき声を上げる。
「なるほど。もうボタンをかけて頂いて大丈夫です」
奥さんが、シャツのボタンを留めてやった。
「怪我をした直後にヒールをかけたのが幸いしたようですね。命に別状はありません」
レオンは、ふうと息をついた。
「ですが、ある程度の期間は療養が必要です」
医者はカバンから青い液体の入った瓶を取り出した。
「私が調合したポーションです。寝る前にふたさじずつ飲ませてあげてください。動けるようになれば、温泉で温まるのも良いでしょう。瓶が空になる頃には、すっかり回復しているはずですよ」
医者が帰ると、レオンは村長に言った。
「悪いが俺たちは旅の途中なんだ。しばらくアルフレッドを世話してやってくれないか?」
「もちろんでございます。レオン殿には返しきれない恩義がありますゆえ。アルフレッド殿も、自分の家じゃと思うてじっくりと養生して頂ければ」
「かたじけないことでございます……いたたっ」
「まだ身体を起こしてはいけませんよ!」
奥さんがアルフレッドのかけ布団を整える。
村長はレオンに言った。
「今日は泊っていくとよろしいかと存じますじゃ。実はリッパーウルフがいなくなったので、岩場の温泉を整備することができましてな。ひとっ風呂浴びて旅の疲れを癒すとよろしいでしょう」
「そいつはいい。いちど温泉ってのには入ってみたかったんだ。じゃあアルフレッド、悪いが出かけてくる」
「クルーガー様、お気になさらず」
レオンが外に出て牧場へ行くと、サラとアイリスが走り寄ってきた。
「じいやは……」
「大丈夫だ。ポーションを飲んで寝てればよくなるらしい。ヒールのおかげだとさ」
「アルフレッドさん……良かった……!」
サラはほっと胸をなでおろした。
アイリスも目を赤くしている。
「そうそう。山の岩場に温泉が湧いてるそうだ。行くなら、暗くなる前に行こう」
3人は奥さんから身体を拭く布と薄手の服を借りると、温泉へ向かった。
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