第21話「アンデッドウィザード」
4頭の馬は死に物狂いでひた走る。
車輪は宙に浮き、地面に叩きつけられ火花を散らす。
「アイリスぅうううう様ぁあああああ!!」
四つ足で這いながら、ヘンリーが迫る。
破壊された馬車はめちゃくちゃに揺られて、サラは天井で頭を打ち、尻を座席にしたたかに打ちつける。
「たいした乗り心地だな……」
レオンは、座席に膝をつけて銃を構える。
激しく揺れる馬車の中から、地面を這うヘンリーを狙うのは至難のわざだ。
「これならどうだ」
6発の銃声。
弾丸はことごとくヘンリーの顔面に吸い込まれていく。
「あべべべべべべはぁっ!!」
左目に3発、右目に3発が命中。
上下左右に激しくぶれる標的へ向けて、レオンはそれをやってのけた。
「目がぁああああああ見えねえよぉおおおおおお!!」
両目から血しぶきをまき散らしながら、しかしヘンリーの手足は止まらない。
「化け物なのはわかってたが、これほどとはな……」
「目がぁあああ目が見えねえよォアイリス様ぁあああああああ!!」
ヘンリーは両手両足で地面を叩き、上空へと舞い上がった。
レオンの視界からヘンリーが消える。
天井の真上だ。
破れた窓ガラスに、白い光が反射した。
「飛び降りろっ!!」
4人が疾走する馬車から転がり出た瞬間――馬車に光魔法が着弾。
馬車は粉砕され車輪が外れ、それに引っ張られた4頭の馬が土煙を上げながら転倒した。
「アイリスを頼む」
「はいっ」
レオンはアルフレッドを、サラはアイリスを抱え、森の中へと逃げ込んだ。
大きな木陰を見つけると、そこに身を隠す。
小鳥がばさばさと羽ばたいた。
「じいや……じいや……っ」
アイリスは青い目からぽろぽろと涙を流しながら、杖を抜いてアルフレッドに向けた。
「…………!」
その先端が大きく輝くと、痛々しい背中の傷がまたたく間にふさがってゆく。
「う……うう……」
意識を取り戻したアルフレッドが、小さくうめいた。
「アイリスちゃん、ヒーラーだったの!?」
アイリスはこくりと頷いた。
「アルフレッドさん……よかった……!」
「たいしたもんだ。だが安心するのはちょいとばかし早い」
森にヘンリーのしわがれ声が響き渡る。
「アイリス様ぁあああ……匂いが……匂いがしますぜぇえええ……」
枝を踏み折り、森を分け入って来る音がする。
「奴は鼻が効くらしい」
「レオン……」
アイリスが涙目で袖を引っ張った。
「あの人……こことここが紫色に光ってた……」
そう言って、自分の左胸とへそのあたりに触れた。
「魔術師にはそれが見えるのか?」
「いえ、私には……」
サラがそう言うと、アルフレッドが答えた。
「アイリスお嬢様は……特別な力をお持ちです……だからこそ……ううっ……」
「それ以上喋らない方がいい」
レオンはアルフレッドの肩をそっと叩いた。
「後は任せろ」
「アイリス様ぁあああああ……」
ヘンリーの声が、足音が、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
レオンはアイリスの身体をぎゅっと抱きしめた。
「………………」
しばらくアイリスを抱いてから、手を離す。
「行ってくる」
「待って下さい」
サラは王立騎士団団長ガットンの言葉を思い返していた。
最初にアイリスを襲った魔術師についての言葉だ。
(奴は我々が到着する3日前には死亡していたことがわかった)
「相手はおそらくアンデッドです。喋ったり、魔法を使ったりしている理由は不明ですが……」
サラはレオンから預かった弾丸を2発、ポケットから取り出すと、杖を当てて魔力を込めた。
杖のルーン文字が輝き、先端が赤く光る。
「火の属性を付与しました。ある程度の効果はあるはずです」
魔力の宿った弾丸を、レオンに手渡した。
「ありがとう。試してみる価値はありそうだ」
レオンはサラの弾丸を拳銃に装填すると、立ち上がって物音のする方へ歩いて行った。
属性付与の持続時間は30秒だ。
「お嬢様ぁあああ……お、お、お! お嬢様の匂いじゃねぇえですかい……!」
ヘンリーはゆっくりと地面を這いながら、レオンに近づいてくる。
アイリスを抱きしめたときに、ついた匂いを辿っているのだ。
――20秒。
相手は12発の弾丸を頭に受けても平気なほどの防御力を持っている。
充分な距離まで、おびき寄せる必要があった。
ヘンリーはガサガサと地面を這う。
レオンは忍耐強くヘンリーの様子を窺った。そして――。
――7秒。
とうとう射程距離に、到達する。
「お嬢様ぁあああああ……」
「悪いが人違いだ」
ヘンリーの眼球のないまぶたが見開かれた。
――3秒。
「誰だてめえはぁあああああああああああああああ!!」
ヘンリーは地面を蹴立てて大きく跳躍し、空中で杖を振るう。
その瞬間、今まで隠れていた胸と腹があらわになった。
――2秒。
レオンは枯れ葉が積もった地面にスライディングしながらトリガーを引いた。
銃口が火を吹くと、弾丸は炎の軌跡を描きながら――。
――1秒。
ヘンリーの左胸とへそに突き刺さった。
――ゼロ。
「ぎえへぇっ!?」
吹っ飛ばされたヘンリーの身体は、炎に包まれた。
直前に放たれた光魔法は、さっきまでレオンがいた地面で爆散し、枯れ葉を巻き上げる。
「あぎゃあっ! ぎゃああああっ! アイリス様ぁあああああ!」
地面にのたうち回りながら絶叫するヘンリーの身体は、やがて灰になり、風に吹かれて形を失っていった。
「冷や汗かかせるぜ……」
「レオンさんっ!」
サラが駆け寄ってきた。
「お怪我はありませんか!?」
「ああ、問題無い。また君の弾丸に助けられたな……」
レオンは灰の残滓に近づいていった。
よく見ると、灰の中に光るものがある。
拾い上げると、それは弾丸に撃ち抜かれた、紫の水晶のような破片だった。
「これが何かわかるか?」
「なんでしょう……見たことがないですね」
「謎だらけだな……」
レオンは破片の中でいちばん大きいものを拾い、ポケットに入れた。
「戻ろう」
レオンは再びアルフレッドを背負うと、壊れた馬車に戻っていった。
アイリスは倒れたまま苦しんでいる馬にヒールをかけている。
「ここは確か、エルダン街道だったな。となると、ジュリ村が近い」
ジュリ村は、最初のクエストでリッパーウルフを倒したあの村だ。
アルフレッドはレオンの背中で、再び気を失っている。
「アルフレッドはこれ以上どうにもならないらしいな」
レオンはアルフレッドを木陰に寝かせた。
「うん……」
アイリスは俯いて答えた。
「お腹の中に傷があるの……それはヒールじゃ治せないの……」
「わかった。大丈夫だ、アルフレッドは必ず助ける」
レオンはそう言って、アイリスの頭を撫でた。
「サラ、できるだけ荷物をまとめよう。馬は大丈夫だな?」
アイリスが頷く。
それに答えるように、ヒールをかけられた馬は元気そうにいなないた。
「予備の馬具が馬車の中にあるはずだ。ガラスで手を切るなよ」
「わかりました!」
レオンはさっそく、サラと一緒に荷物をまとめにかかった。
名前:ヘンリー・ギュンター
レベル:12
・基礎パラメーター
HP:314(+211)
MP:0(+826)
筋力:246(+346)
耐久力:125(+723)
俊敏性:211(+512)
持久力:136(+214)
・習得スキルランク
魔石増幅++
(+光魔法:S)
(+肉体強化:S)