第2話「旅立ち」
旅道具を調えながら、祖父はレオンに言った。
「今まで教えてきた訓練を、毎日欠かさずやるんだ。あの石塔を欠かさず撃ち続けろ。そしていつか……」
祖父はレオンの頭をぽんと叩いた。
「いつかあの石塔が崩れたら、俺はお前を王都の冒険者ギルドに連れて行く。お前の道はそこから開けるはずだ」
そう言って、固い手で頭をがしがしと撫でた。
「お爺ちゃんがいない間、魔物から村を守ってやってくれよ」
祖父は馬に乗って、どこへとも知れず旅立っていった。
家にひとりになったレオンは、祖父の言いつけを守り毎日欠かさず石塔を撃つ特訓を続けた。
時折、エリナおばさんが様子を見に来てくれたものの、レオンは祖父とふたりで暮らした家を離れようとはしなかった。
風で鈴が鳴るとホルスターから銃を抜いてトリガーを引く。
胸の高さから石を落として、地面に着くまでにできる限りの銃弾を打ち込む。
6発の全弾発射、素早くリロード、全弾発射、リロード……。
もちろん体術の訓練も怠らなかった。
ときどきサボテンコンドルを仕留めて、エリナおばさんの家に持って行くこともあった。
「まあ、よく太ったのを捕ってきたねえ。いい子だ、シチューを作ってやるから今晩は泊まっていきな」
エリナおばさんの撫で方は、祖父よりはずっと優しかった。
その日の晩のことだ。
村に半鐘が鳴り響いて皆が目を覚ました。
「サンドゴブリンが来たぞーっ!」
エリナおばさんは飛び起きて、得物のライフルを掴んですっ飛んでいった。
「遅れるんじゃないよ! ちっちゃい銃士さん!」
レオンはガンベルトを巻いておばさんに続く。
戦いはもう始まっていた。
サンドゴブリンの射掛ける矢が、かがり火に照らされたかと思うと、地面に続けざまに突き刺さる。
この暗闇の中では、ライフルの射程は有利に働かない。
魔術師がいれば、あたりを照らしだす魔術なんてのも使えるだろう。
しかしここにいるのはライフルを持った平民だけだ。
星空の下、サンドゴブリンの金切り声と、村人たちの怒号、銃声が響いた。
夜が明けると、みんなは村の犠牲者の遺体と、サンドゴブリンの死骸を集めた。
サンドゴブリンの死骸の方が多いのは当然のことだ。
この村の人々は戦いに慣れている。
それでも、犠牲者が出ないわけではなかった。
昨夜は、ふたり。
「………………」
エリナおばさんは、胸を棍棒で砕かれていた。
隣のジョゼフおじさんは、目に矢を受けて死んでいた。
ふたりの遺体は、村のはずれに丁寧に埋葬された。
レオンは再びひとりになった。
(エリナおばさん……僕がもっと強ければ……)
その日から、レオンは夜遅くにも訓練をするようになった。
星空の下、村中に銃声が鳴り響く。
止める者は誰もいない。
魔物の襲撃の用心にもなるからだ。
そうして実際、レオンが真っ先に魔物を発見することが何度もあった。
半鐘が鳴るその度に、レオンは着実に屠る獲物の数を増やしていった。
気がつけば十数年の時が流れ、レオンはすっかり大人の一員になっていた。
もちろん欠かさず訓練は続けている。
そうしてついに――その日がやってきた。
一陣の風が吹き、レオンは拳銃を抜いた。
放たれた一発の銃弾は、鈴の音と共に石塔の中心を正確に穿つ。
コルセットのようにくびれていた石塔は、ついに音を立てて崩れ落ちた。
しかし、とうとう祖父は帰ってこなかった。
レオンはひとり旅立つ準備をし、集まった村のみんなに挨拶をした。
「お前もクリントみたいにいなくなっちまうなんてね。この村は年寄りばかりだよ」
「すまない。これからもみんなを守ることができれば良かったんだけれど、おじいちゃんとの約束だから」
そう言うと、村のみんなはしわくちゃな顔で笑った。
「お前に守られるほど、老いぼれちゃいねえや! 俺たちゃお前に下の毛が生える前から魔物と戦ってきたんだ」
「そうだそうだ、魔術師なんかに舐められるんじゃねえぞ!」
村のみんなはレオンが乗る馬と、たっぷりの食料を提供してくれた。
「みんな、ありがとう。それじゃあ、行ってくる」
レオンは祖父の残した言葉通り、王都へ旅立った。
生まれてから一度も行ったことのない王都。
向かう先は、冒険者ギルドだ。




