第19話「魔術師に試し撃ち」
次の日、レオンとサラはまた街に来ていた。
「少しフルーツ見ていきません?」
「俺は早く銃をもらいに行きたいんだが……どうもホルスターがスカスカしてると落ち着かない」
「ほら、ナガンの実、よく色づいてますよ。今日のおやつにいいかも!」
「お目が高いねえ、お嬢ちゃん!」
果物屋の店主が言った。
「こいつはまさに今日の昼過ぎが旬って代物だ! こっちも早く売っちまいたいってところさ! ほら手に取ってみな、ずっしり中身が詰まってる」
サラは真っ赤なナガンの実を受け取った。
「良い香り……」
サラがナガンの実に鼻を近づけようとすると、それが横から奪い取られた。
男は皮も剥かずに、ナガンの実にかぶりつく。
「確かに悪かあねえ。だがEランクにはもったいねえなこいつは」
酒場で会った、黒革のパンツの男だった。
男はもう一方の手ですでに杖を抜き、サラの鼻先に突きつけている。
「………………!」
果物屋はあわてて棚の下に身を隠した。
「よう、レオン“F”クルーガー」
男はナガンの実の芯を地面に放り捨てて、ニヤニヤと笑った。
後ろに3人、ガラの悪そうな仲間を引き連れている。
「お前、いま銃を持ってないらしいな」
「……耳の早いことだ」
「それだけお前が周りから恨みを買ってるってことだ。日頃の行いを恨むんだな」
その瞬間、男の杖が火花を散らした。
細い光はサラの頬をかすめて、果物屋の屋台柱に命中する。
メキメキと音を立てて、布の屋根が崩れ落ちた。
「ひいっ」
店主が短い悲鳴を上げる。
様子を見ていた人々は、慌ててその場を離れた。
「よくも酒場で俺をコケにしてくれたな、Fランク。今からこのEランクの頭を吹っ飛ばしてやってもいいんだぜ」
「王立騎士団が黙っちゃいないんじゃないのか」
「ちょいとしたケンカさ。よくあることだ」
男はサラに杖を向けたまま、先をくいくいと動かした。
「まあ俺たちも手荒な真似はしたくねえ。こいつがケシズミになるのを見たくなかったら、地面に頭をつけてこう言え。“Fランクの私ごときが、Cランクのあなた様に生意気な口をききました。大変申し訳ございませんでした”。ほら、言ってみろ」
男たちはレオンとサラをニヤニヤと眺めている。
レオンはサラの緑色の瞳を見た。
気丈に男たちを睨み返しながらも、恐怖に少し涙ぐんでいる。
「……素人のセリフにしちゃ、ちょいとばかり長すぎる」
「本気でケシズミが見たいらしいな!」
男はサラの頬に杖を押しつけた。
「………………」
レオンはゆっくりと腰をかがめた。
「……レオンさん、こんな奴の言うこと、聞く必要ありません!」
「サラ、もう少しの辛抱だ」
レオンは地面に膝をついた。
「キヒヒヒ……それでいい。さあ地面に頭をつけろ、セリフはしっかり覚えたな?“Fランクのわたしごときが……”」
「待って!」
後ろから声がした。
振り向くと、ガンスミスのエナが立っていた。
「なんだてめえは?」
エナはつかつかと男のもとに歩いてきた。
「おい、どっか行けよ。殺されてえのか!」
「邪魔すんな、今いいとこなんだよ!」
男たちが口々に言い放つ。
背の低いエナは男たちの目の前までやってくると、キッと見上げた。
「……レオンは私の客なの。乱暴なことはしないで欲しい」
それを聞くと、男たちは笑い声を上げた。
「俺たちの知ったことじゃねえ」
「いいや、よく知っておいた方がいい」
――そのとき。
レオンはすでに男の腰に向けて銃をかまえていた。
「なっ、どこから……!」
拳銃は、エナのベルトの後ろに差してあったのだ。
男が気づくよりも素早くそれを抜くのは、レオンには難しいことではなかった。
男のこめかみに汗が流れる。
「い、い、今すぐその骨董品を捨てろ! さもないと……」
男の言葉を遮って、市場に鳴り響いた轟音は4つ。
それと同時に、男たちのパンツのベルトが弾け飛んだ。
「なっ…………!」
黒革のパンツはずるり足もとに落ちて、4人の男は全員下着姿になった。
「どう? ヘンリエッタ、とっても素敵になったでしょ?」
「俺の銃に妙な名前をつけるんじゃない。しかし……」
細く煙を上げる拳銃を見つめながら、レオンが呟いた。
「すごいなこのグリップは、まるで肌に吸いつくみたいだ……」
「言ったでしょ、最高の素材だって。それがリッパーウルフの爪のポテンシャルよ」
「……この野郎!」
顔を真っ赤にした男の杖が輝く前に、レオンの銃弾はそれを叩き落とす。
「それにトリガーがかなり軽くなってる」
「他に痛んでる部品があったからね。交換もしたし、ちょいとばかりチューンナップさせてもらったわ」
「なるほど」
レオンは後ろの男が慌てて抜こうとしている杖も撃ち抜く。
それを見た残りのふたりは、足首にパンツを絡めたままよちよちと逃げ出した。
杖を撃たれた男が、必死にその後を追う。
「おいてめえらっ! 俺をひとりに……!」
素早く弾倉を開いて、ガンベルトから銃弾を送り込む。
弾倉を戻すと、再び男に銃口を向けた。
「ラッチも軽い。弾倉の開きもスムーズだ」
レオンは再びトリガーを引く。
男が腰に下げた残りの杖がはじけ飛んだ。
「……ぎひいっ! わ、わかった、俺が悪かった! 謝る!」
男はその場でひざまずいて、頭をぐりぐりと石畳に押しつけた。
「いや、謝るとか、そんなのはもうどうでもいい。気にするなよ」
レオンは胸をわくわくさせながら、男に言った。
「それより、もうちょっと遠くに立ってみてくれないか。もっと試し撃ちがしたい。協力してくれよ」
「あ、あひいいいっ! 助けてくれえっ!」
男は下着姿のまま失禁し、足首に引っかかった黒革のパンツを濡らしながら、よちよちとその場を離れていく。
「……良い距離だ」
レオンが狙いを定めて引き金を引くと、男の脳天の髪が剃り上げられた。
男は転倒して、鼻面を石畳に叩きつける。
「素晴らしい命中精度だ……」
「バレルを交換すると、やっぱり違うでしょ?」
「ふひえええ! あひいいっ!!」
男は鼻血を垂らしながら、片足にパンツを引きずって逃げていった。
「あんたに頼んで正解だった」
「でしょ!!」
エナはふふんと胸を張った。
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