第18話「レオンの拳銃」
レオンとサラは、街に買い物に来ていた。
旅の準備はほとんどがオルディエール家がしてくれるのだが、それでも自分たちでないとわからないものもある。
ありがたいことに、軍資金はたっぷりと預かっていた。
市場はこのあいだの事件で破壊されたので、西の広場に移っている。
「サラ。この街にガンショップはあるか」
買い物袋を抱えたレオンが尋ねた。
「もちろんありますよ。隊商の方なんかは狩猟銃を使っていらっしゃるので。道案内なら任せて下さい」
ガンショップは、すぐ近くにあった。
【アルマーク・ガンショップ】
看板の文字はかすれていて、かろうじて読めるという感じだ。
「邪魔するぜ」
ドアを開けると、中は薄暗く、埃臭かった。
けれども壁に並ぶ狩猟銃は、きれいに磨かれている。
メガネをかけた少女が、カウンターの向こうに座って、新聞を読んでいた。
「何か用?」
新聞から目も上げずに、ぼそりと言った。
無愛想な少女だ。
「用がなくてガンショップに来る奴はいないだろう。コーヒーの1杯も出るなら話は別だが」
「まあ、そうかもね……」
少女はようやく顔を上げた。
「何が欲しいの……」
「弾を5カートン。オルディエール家に送ってくれ」
「オルディエール家……あなたたち、貴族様のお遣い? なんで貴族が弾なんかを」
「この店は客を選ぶのかい?」
「できるなら、選びたいものよね……」
少女が椅子から立ち上がると、サラよりも背が低かった。
踏み台に上がって、埃を被った棚から木箱を取って持ってくる。
「これでいい?」
レオンは木箱を開けた。
「いや、違うライフル弾じゃない。俺が欲しいのは拳銃弾だ」
そう言うと、少女は目を丸くした。
「拳銃弾……? まさかオルディエール家には銃士がいるの!? もしかしてこの人のこと!?」
急に大きな声を上げた少女は、カウンターに新聞を広げて、記事を指さした。
『城に魔物が出現――謎の銃士が制圧か?』
「疑問文の記事は信用してないんだけど、まさかこれが本当だったなんて! その銃士ってのはどんな人!?」
「たいした奴じゃない」
レオンはそう言って、ポンチョの裾を払ってホルスターを見せた。
「あ、あなたが銃士!?」
少女はずり落ちたメガネを直すと、さっきまでのふてぶてしい態度が嘘だったかのように、輝くような笑顔を浮かべた。
「ウチに銃士が来るなんて、おじいちゃんが生きていたとき以来よ! もしよければなんだけど、あなたの得物、見せてくれない!?」
「見せびらかすようなもんじゃないさ」
レオンはそう言って、またポンチョの裾でホルスターを隠した。
「そう言わないでよ、私、こう見えてもガンスミスなんだからっ!」
少女はカウンターを叩いて言った。
「いつも触ってるのは狩猟銃だろう」
「ところがどっこい」
少女がうんせっとカウンターのふたを開けると、中にはあらゆる種類の拳銃がずらりと並んでいた。
「骨董品とは言わせないよ。いつでも撃てるようにしてあるわ」
「見ていいか?」
「もちろん!」
レオンはそのうちの1丁を手に取って観察した。
「それは伝説の銃士エンドールが使ったのと同じタイプよ。照星が削ってあって、早撃ちに適してる。バレルの上が丸くなってるでしょ? それもその工夫なの。それの面白いところは重心が後ろにあって……」
「ちょっと静かにしてくれ」
並んだ拳銃をひとつひとつ時間をかけて確認し、もとの場所に戻した。
「……あんたの腕はわかったよ」
レオンは黙って拳銃を取り出すと、弾を抜いて少女に手渡した。
「ありがとう! じゃあ早速見るわね!」
少女はカウンターを閉め、奥から道具を持ってきた。
「バラして元に戻せない、なんてオチはなしだぜ」
「誰に向かってモノ言ってんの、こっちは王都一のガンスミスよ!」
紐付きのメガネを首に垂らして、拡大鏡をつけると、少女は早速レオンの拳銃を分解し始めた。
「バラした! 見た! 驚いた! オッホホーイ、これホント1級品!」
少女が叫んだ。
「うちにもちょっとは置いてるんだけどね、これは鋳鉄じゃなくてグラッド鋼製。うんうんうんうん! 加工が難しくて技術も手間もかかるんだけど、いちどできちゃえば最後、ゴーレムを殴りつけたって歪まないわ! かーっ! 良いねえ!」
少女は部品をひとつひとつ眺めながら、べらべらとまくし立てた。
「ん……? でも弾倉は別のものに交換してある……そうか、そうだよそうだよ、間違いない、ダークエレファントの牙だ! 滑りが良くてリロードがスムーズ。しかも重心のことも考えた素材ね。これなら早撃ちにも精密射撃にも、バランスが取れてる。シュッと抜いてズドン! これをカスタムした人は相当なキレ者よ!」
少女が言うと、レオンはカウボーイハットのつばを触りながら言った。
「そいつはおじいちゃんからもらった銃だ。子供の頃からずっと手元にあった」
「それは幸せな人生ね!」
少女は顔を上げて言った。
「私はエナ・アルマーク。あなたは?」
「レオン・クルーガー。ツレはサラ・トレインだ」
後ろでじっとしていたサラは、慌てて頭を下げた。
「レオンに、サラね! よろしく!」
エナは再び銃に取りかかった。
「本当に良い銃よこれは! でも、うーん、よく手入れしてあるけど……相当長く使い込まれてるわね。ライフリングが摩耗してる」
外した銃身をのぞき込みながら、エナは言った。
「さいわい、ウチに同じ型の新品バレルがある。交換した方がいいわ」
レオンはしばらく考えてから言った。
「わかった、頼む」
「グリップの材料はキャリンナットか。うん、悪くない。でもこれはもう剛性が不安ね。そろそろ割れてもおかしくない」
「そんなふうには見えないが」
「私にはわかる。ガンスミスを信用して。戦闘中にこいつが割れてみなさい、あなたおしまいよ」
「……わかった。じゃあ、そいつもどうにかしてくれ」
エナは拡大鏡を外すと、再びメガネをかけた。
「しかし、グリップは確か無かったわね……新しいのを作らないと。しかしキャリンナットなんて、この街で手に入るかどうか……」
エナは腕を組んで唸った。
レオンは少し考えてから言った。
「こいつが役に立つなんてことはあるかい?」
そう言ってバッグから取り出したのは、ジュリ村で手に入れたものだ。
手渡すと、エナはしばらくそれを眺めたりさすったりして、それから急に大声を上げた
「リッパーウルフの大爪じゃない! あなた、どうしてこんなものを!」
「ちょいと縁があってね」
「あなたツイてるわ! ていうか私ツイてる!」
エナは頬を真っ赤にして喜んだ。
「お父さんが言ってたわ。リッパーウルフの爪は不吉だなんて言われてるけど、こんなに良い材料はない。頑丈で滑りにくくて、肌に良く馴染む。だいたいの使い道はトリガーガードね。他に使えるほど大きいものが獲れることはそうそうないから。でもこれなら、グリップを作るのには充分よ!」
うきうきした様子で、銃の部品を工具箱にしまい込んでいく。
「あなたの銃、ちょっと預からせてくれない?」
「バラバラにして箱にしまって、今更って話だぜそいつは」
レオンが答えると、エナは満面の笑みを浮かべた。
「あの……お代は……」
黙っていたサラが、おずおずと言った。
拳銃の修理代がどれだけかかるのかはわからないけれど、渡された軍資金を超えるのはちょっとよろしくない。
しかしエナは笑いながら言った。
「ああ、たっぷりとまけてあげる! 趣味以外でこんな仕事ができるなんて夢みたい!」
拳銃の修理代と弾代は、想像したよりずっと安いものだった。
「明日来てちょうだい。そうすればあなたは、世界一の拳銃を手にする男になるわ」
エナは平たい胸をどんと叩いてみせた。
名前:エナ・アルマーク
レベル:9
・基礎パラメーター
HP:157
MP:0
筋力:142
耐久力:135
俊敏性:71
持久力:131
・習得スキルランク
ガンスミス:S




