第17話「魔族」
「城に魔物だと!?」
報告を受けた王立騎士団団長ガットンは、部下を連れて本部を出た。
幸い、魔物はその場にいた貴族に倒されたらしい。
しかし王都に魔物が飛来したということは、結界にほころびがあるということだ。
それはあり得ない話だった。
毎朝20人の魔術師が、支城の宝玉に魔力を注ぎ込むことで、王都の結界は維持されている。
今日の儀式も、滞りなく行なわれたはずだ。
――ということは。
「行き先は支城だ! 着いてこい!」
支城は王都の中心近くにある小さな建物だ。
しかし王都の結界は、そこでコントロールされていた。
王立騎士団が到着すると、そこに衛兵の姿はなかった。
「………………」
ガットンが合図をすると、騎士たちは一斉に杖を抜いた。
頭の上の耳をピクピク動かして、ガットンは内部の音を探る。
奇妙なほど静かだ。
ガットンは両手に杖を構え、体当たりするように支城の扉を開いた。
素早く中に入り込み、左手の杖で灯魔法を発動――周囲を照らす。
――誰もいない。
「他に異常がないか、手分けして探せ。魔術師が潜んでいる可能性がある。油断するんじゃないぞ」
支城の灯はすべて消されている。
灯魔法だけが唯一の明かりだ。
階段を昇り、しばらく廊下を歩くと、その明かりが小さな山を照らし出した。
「………………!」
積み上げられた衛兵の死体だった。
ガットンは光魔法で照らしながら、状態を確認する。
衛兵たちはみな、口の中に土を詰め込まれて死んでいた。
「なんということだ……」
「団長!」
騎士のひとりが走ってきた。
「結界を維持するルーン文字の一部が破壊されております!」
「すぐに馬を飛ばせ。結界魔術師に連絡を取るんだ」
「了解! 団長、そこにあるものは一体……」
ガットンの灯魔法は、今も口に土を詰め込まれた衛兵たちを照らしていた。
「……うっ!」
騎士は凄惨な光景に、思わず口元を押さえた。
この騎士は、訓練所を出たばかりの新人だ。
「吐くんじゃないぞ。この仕事をやっていれば、いずれ見ることになるものだ。今回は特に酷いがな」
「………………了解しましたっ」
騎士はふらつきながらも、廊下を戻っていった。
ガットンも一応の検分を済ませてから階下に降り、騎士のひとりに鑑識師を呼ぶよう命令した。
「………………」
結界が破壊されたことと、それを見計らったように魔物が侵入し、城を襲ったことは、おそらく偶然ではない。
しかし衛兵を殺し、結界を破壊したのは間違いなく人間だ。
人間が魔物を遠くから1箇所に呼び寄せるなど、できようはずもない。
「あの死体の魔術師といい、最近は妙な事件ばかりだ」
ガットンはため息をついて、煙草に火を点けた。
………………。
…………。
……。
オルディエール邸、応接室。
レオンはサラとアイリスとお茶を楽しんでいた。
「レオン、クッキー食べたい」
アイリスが言った。
「食べるといいさ」
「あーん……」
小さな口を開けたので、レオンはクッキーをつまんで、くわえさせてやった。
アイリスは幸せそうな顔で、もぐもぐとクッキーを食べる。
「美味しいか」
「うん……ありがとう」
その様子を見ていたサラが、もじもじしながら言った。
「あの……私も、それ、やってみたいかな、なんて……」
サラはほんのり頬を染めている。
「そうか。アイリス、口を開けてやってくれ」
「わかった、あーん」
「………………」
サラは何かを諦めたように、アイリスにクッキーをくわえさせた。
「ありがとう、サラ」
「いえ、どういたしまして……」
「サラは子供好きだな」
「ハイ……私、子供好キデス……」
サラは耳を伏せて答える。
「クルーガー様」
執事のアルフレッドに声をかけられた。
「王立騎士団の方がおいでになっています」
「ウォルポール卿じゃなくて」
「ええ、クルーガー様です」
「お見通しってわけか……」
エントランスへ出ると、騎士が直立不動でレオンを待っていた。
「団長の命令により参上致しました。クルーガー殿、ご同行をお願いしたい」
「そいつは断れるお願いかい?」
レオンが言うと、騎士は落ち着き払って言った。
「なにとぞ、ご同行を」
「わかったよ。今度は牢屋はなしだぜ」
1頭立ての小さな馬車に乗って王立騎士団本部に着くと、レオンはさっそく団長室に案内された。
「来てくれたか」
「嫌だって言っても連れてきただろう」
「それはその通りだ、まあ座ってくれ」
悪びれる様子もなく、ガットンは言った。
「さて、ウォルポール卿」
「……人違いだ」
「だろうな。まあいい、その件は城の近衛兵の管轄。私にとってはどうでもいい。重要なのは、この王都に魔物が侵入し、あろうことか城を襲い、それを銃士が倒したという、その事実だ。クルーガー」
ガットンは机の上で指を組んだ。
「何があった」
金色の猫の瞳。
その鋭い視線を歯牙にもかけず、レオンは答えた。
「そうだな、ウォルポール卿の話だと……」
レオンは固いソファの上で足を組んだ。
「奴らはアイリスだけを狙っていた」
「間違いないのか」
「ああ、最初はそこら中に火を吹きまくってたが、アイリスの匂いを嗅ぎつけた途端、よそには見向きもしなくなった」
「よく狙われる娘だ」
「ああ、不自然なくらいにな」
軽く髭をしごいて、ガットンが言った。
「実は事件の直前、王都を魔物から守る結界が破壊されていた」
「王都にはそんなものがあるのか。俺の村にも欲しいところだ」
「しかし結界は念の為のものだ。王都の近隣に魔物の棲む場所はない。しかもワイバネットの生息地はここからうんと離れた深い渓谷だ。それがまるで狙ったように王都に飛来した。それも城へ向けて一直線に」
ふたりは目を合わせた。
「魔物をおびき寄せた人間がいるってことか?」
「いいや、人間にそれは不可能だ。できるとすれば……」
ガットンの顔が曇った。
「できるとすればそれは……魔族だ」
レオンはまるでおとぎ話を聞くような気持ちで、その言葉を聞いた。
魔族は、魔物の上位存在として知られている。
見た目は人に近く、人語を解し、高い知能を持っている。
強力な未知の魔法を使い、また魔物を使役することができるという。
それ以上の詳しいことがわかっていないのは、魔族と遭遇した人間が、まず生きては帰らないからだ。
「俺を呼んだ理由はなんだ? 魔族に狙われているとわかったら、王立騎士団がアイリスを守ってくれるのか」
「王立騎士団に私人護衛は禁じられている。だからお前が雇われているわけだろう。いいかクルーガー」
ガットンは、レオンを真っ直ぐに見て言った。
「魔族と遭遇したら、決して戦うな。どんなことをしても逃げろ」
低い声には、切実なものがこもっていた。
「遭ったことがあるのか」
レオンは尋ねたが、ガットンは返事をしなかった。
それで全てが伝わった。
「なるほど、生き証人ってわけだ」
レオンは立ち上がる。
「俺の受けたクエストは、アイリスの護衛だ。勝てない敵と戦うことじゃない」
背を向けて、扉を開きながら言った。
「忠告、ありがたく受け取っとくよ」
後ろ手に扉が閉められる。
その扉に向けて、ガットンはひとり呟いた。
「死ぬなよ、クルーガー……」
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