第16話「レオン“F”クルーガー」
ワイバネットの赤い炎が、アイリスの隠れているテーブルに迫る。
レオンは風のように走りながら、3匹の頭に向けて発砲した。
頭に弾丸を受けたワイバネットは、激しく仰け反り、炎の軌道が逸れる。
炎に舐められたテーブルクロスが燃え上がった。
「アイリス……!!」
レオンは柔らかい絨毯の上をスライディングしながら、アイリスを抱きかかえる。
燃えるテーブルの影から脱出したとき、ワイバネットたちは床に転がって呻いていた。
「グキェッ……ケェッ……!」
しかし大きく羽をはばたかせると、再び空中に舞い上がる。
「頭を狙っても無駄ってか。つくづく頑丈な奴らだ」
「レオン……」
「大丈夫だ、しっかりしがみついてろ」
――残り6発。
レオンはアイリスを抱えたまま器用に弾倉を開いて空薬莢をばら撒くと、弾丸を3発だけ装填した。
「……レオンさんっ!」
サラは大テーブルの影にいた。
レオンは残った3発の弾丸を、サラに向かって放り投げた。
サラはわたわたしながらそれを受け止める。
「なんでもいい! 強烈なやつを頼む!」
レオンはそう言って大テーブルを走り抜ける。
その直後を追う3条の炎。
「押すんじゃない! 衛兵を通せ!」
「クソッ! なんでこんなことが起こるんだっ!」
この先は貴族が怒号を上げながらたむろしている出入り口だ。
レオンは絨毯を蹴ってターンする。
その動きに合わせて、ワイバネットたちは大きく空中を旋回した。
「えらく素直じゃないか……」
再び炎が押し寄せた。
レオンは空中に飛び上がり、身体をひねりながら回避する。
炎がアイリスの黒髪の先をわずかに焼いた。
「…………!」
レオンは空中で3発の弾丸をワイバネットたちの頭に叩き込み、再び炎の軌道を変えた。
――残り3発。
しかもその弾丸はサラの手にある。
拳銃の弾倉は空だ。
銃撃で姿勢を崩したワイバネットは、今度は落下せず、大きな羽を開いて体勢を整えた。
「レオンさん!」
サラはワイバネットに狙われるのも恐れず、大テーブルの下から顔を出した。
レオンはサラに向かって叫んだ。
「投げろ!」
「右脇腹ですっ!」
サラは魔法を付与した弾丸をレオンに向けて放り投げた。
3匹のワイバネットのあぎとが大きく開かれ、喉奥の炎が膨らむ。
レオンが床に足をつけたとき、弾丸は目の前だ。
「………………っ!」
レオンは素早く弾倉を開くと、弧を描くように拳銃を回転させた。
1発、2発、3発の弾丸が、空中で吸い込まれるように弾倉に収まる。
手首を捻って弾倉を戻すと、黒く光る銃口はワイバネットの右脇腹に向けられていた。
「これが最後だ」
レオンの拳銃が火を吹き、ワイバネットたちの右脇腹、右脇腹、右脇腹に弾丸が突き刺さる。
ワイバネットが衝撃に身体を捻ったその瞬間――。
「……グキェッ!?」
ピシッ
銃弾のもぐり込んだ場所から、巨大な氷の結晶が発生し、内側から鱗を突き破った。
氷魔法だ。
ワイバネットの黒い目が、灰色に濁る。
再び床に落下したワイバネットたちは、完全に生命活動を停止していた。
――残弾数……ゼロ。
銃口から、細い煙が立ち上っている。
レオンはアイリスを床に下ろすと、空薬莢を排出して、銃を懐に収めた。
「サラ、また君に助けられたな」
「お互い様ですよ」
「アイリスっ!!」
テーブルの下から飛び出したフィリップが、アイリスを抱きしめた。
続けてエレノアが走り寄ってくる。
「怪我はないか!?」
「大丈夫、レオンが助けてくれたから……」
「本当に……良かった……!」
エレノアはその場で膝をついた。
「2度も娘を助けて頂いて、なんとお礼を言えばいいのか私には……」
「ありがとうと言えばいい」
アイリスはフィリップに抱きしめられたまま、レオンに首を向けた。
「ありがとう……レオン」
「そういうことだ」
レオンは振り返って、ワイバネットたちの死骸を見つめた。
「……こいつらを撃った俺自身、何が起こったのかさっぱりって感じだ」
サラが答えた。
「ワイバネットは体内で炎を燃やし続けることで、生命活動を維持しています。その主要な臓器が一定の温度を下回ると、血液が凝固するんです。それが右脇腹に」
「詳しいんだな」
「筆記は得意でしたから」
事態が収まったことに気づいた貴族たちは、ざわめきながら列をなし、ホールの外へ出て行く。
シャンデリアが消え、暗くなったホールのあちこちで、ヒールの光が輝いた。
テーブルの下から起き上がったひとりの老貴族が、レオンに声をかけた。
「まさか今の世に銃士がいたとは。しかも3匹のワイバネットをひとりで倒すなど……自分の目が信じられんよ……」
「珍しいものが見られて良かったな爺さん。長生きはするもんだぜ」
レオンは部屋を区切るためのカーテンに、なんとなく目をやった。
そこに隠れていたはずのドルバック伯爵親子の姿はない。
「どうしました? レオンさん」
サラが尋ねた。
「……いや、なんでもない」
ホールを出ようとすると、ひとりの衛兵に呼び止められた。
「ウォルポール卿」
優秀な城の衛兵は、来客すべての名前を把握しているらしい。
「このたびは、まことにありがとうございました。ワイバネット3匹に襲われて、死者が出なかったのは奇跡です。同僚もどうにか助かりそうで……ですが」
衛兵は言った。
「おそれながらウォルポール卿。城内への杖の持ち込みは固く禁じられております。これは報告しないわけには……」
「こいつが杖に見えるかい?」
レオンは懐から拳銃を取り出して見せた。
「け、拳銃なんてものをお持ちだとは……確かに規則にはございませんが……!」
「アンティークの趣味があってね。まあ、多めに見てくれよ」
サラはレオンの後ろで、慌てて杖をドレスの中に隠す。
「しかし氷魔法が使用された形跡が……」
「私が杖なしで、呪文を詠唱して氷魔法を使いました」
口を挟んだのはエレノアだった。
「魔法学の心得がございますの。女だてらに、と仰らないで下さいましね」
「そういう事でございましたか! まことに失礼を致しました!」
衛兵は深く頭を下げると、慌てて立ち去っていった。
「手柄を横取りしてごめんなさいね。私、嘘をつくくらいしか取り柄がないものだから」
「たいした取り柄だ。正直者の俺としちゃ見習いたいね」
レオンがそう言うと、エレノアは貴族らしい美しい笑みを浮かべた。
今回の事件は、多くの貴族が目撃している。
衛兵が事情を漏らしたりすることはないが、人の口に戸は立てられない。
噂はあっという間に王都に広がった。
正体不明の銃士がワイバネット3匹をひとりで倒した!
しかし魔術師たちの間で、銃士といえばひとりしかいない。
あの、レオン“F”クルーガーだ。
「今回ばかりはマジらしいぜ」
酒場でエールを飲みながら、魔術師のひとりが新聞記事を手の甲で叩いた。
「Eランクより下って野郎ができる芸当じゃねえぜ。絶対裏がある。ガンショップのプロモーションとかよ」
「ガンショップなんて田舎モンの平民相手の商売じゃねえか。そんな金あるもんか」
「とにかく俺は信用しねえ。第一銃士ごときが城にいるなんて話がそもそもおかしい」
「あら、レオンさんがすごいのは本当よ」
エールのおかわりを持ってきたジョナが言った。
「親友から直接聞いたんだから。間違いなしよ」
「どんなホラ吹きだそいつは」
「私の親友を悪く言う人には、もうおかわり無しだからねー」
ジョナがエールを取り上げる。
「冗談だよジョナちゃーん、俺の酒返してくれよ。親友の話は信じるからさ」
「それならよろしい」
このニュースは嘘か本当か。
王都のあらゆるところで、あらゆる魔術師が噂した。
魔術師のプライドゆえに良い評判は少なかったが、それでもレオンの名は着実に広まりつつあった。
名前:ワイバネット
レベル:41
・基礎パラメーター
HP:512
MP:596
筋力:463
耐久力:825
俊敏性:732
持久力:320
・習得スキルランク
火炎放射:A
ひっかき:B
かみつき:C




