第15話「ワイバネット襲来」
パーティー当日。
「動きづらいったらないな。人形になった気分だ。鏡を見ても人形だった」
分厚い生地にたっぷりと刺繍が施された礼服を着せられて、レオンはぶつくさ文句を言っていた。
髪も整髪料できれいに撫でつけられている。
「そんなことないですよ、レオンさん。素敵です!」
サラが着ている目に優しいエメラルドグリーンのドレスには、フリルがふんだんにあしらわれている。
胸元は少し大胆に開いていて、首元にはいつもの鈴の付いたチョーカーではなく、きらびやかなネックレスがかかっていた。
「こういう肩がこるのは苦手だ。でも君は確かにそういう服装が似合うみたいだな。きれいだ」
「もう、お上手言わないで下さい」
サラは頬を染めた。
ドレスのひだから、ぴんと立ったしっぽが見える。
「レオン、かっこいい……」
アイリスのドレスは、いつもの色のサーモンピンク。
けれどもその上に重ねられたレースが、全身を輝くように見せていた。
小さな指には、ドレスと同じ色の宝石が光っている。
「ウォルポール卿、馬車の準備ができましてございます」
アルフレッドが言った。
それがレオンとサラに与えられた偽の家名だ。
遠い親戚の田舎貴族ということで押し通すことになっている。
馬車に乗りながら、フィリップが言った。
「クルーガー。サラ君はともかく、レオンという名前は貴族らしくない。そうだな……レオナルドと名乗るといい」
「レオナルド・ウォルポールねえ。チーズ臭い名前だ」
「では頑張ってチーズを演じるんだな」
「そんなこと言うものじゃありません。ねえ、レオナルド」
エレノアは笑いながらたしなめた。
4頭立ての馬車2台で城に着くと、衛兵が頭を下げた。
「杖を預からせて頂きます」
5人とも杖を衛兵に渡す。
しかしレオンは銃を、サラはもう1本の杖をそれぞれ隠し持っている。
フィリップとエレノアもそうしたいところだったが、もし仮に何かがあったとしても、城内に杖を持ち込んだことがわかったら大変な問題になる。
最悪、家の取り潰しもあり得た。
「大人しくしてるんだぞ」
「パーティーで騒ぐ趣味はない」
シャンデリアに照らされたホールに入ると、貴族たちがざわめいた。
「オルディエール公爵がいらっしゃったわ」
「公爵夫人、ご機嫌うるわしゅうございます」
「アイリス様、すっかり立派な淑女になられて……」
さすが王族の仲間入りが決まった一家だ。
次々に人が集まってくる。
テーブルには豪勢な料理が並んでいたが、王の到着がまだなので誰も手をつけていない。
レオンがペンネ鳥の塩焼きに手を伸ばそうとすると、フィリップが袖をぐいと引っ張った。
「そちらのお二方は?」
貴族の一人が訪ねる。
「こちらは私の遠い親戚のウォルポール子爵です」
フィリップはそう言って、こっそりレオンの腋を肘で突いた。
「レオナルド・ウォルポール」
レオンはぼそりと呟く。
「お初にお目にかかります、サラと申します。このような場にお招き頂き、大変光栄に存じております」
サラはノリノリだ。
「彼らはセレンボワから招いたのですよ」
「まあ、そんな遠いところから。長旅大変なことでございましたでしょう」
「旅は嫌いじゃない」
再びフィリップがレオンの腋を突いた。
「そうですね、ふたりとも少し疲れが出ているようで。何か行き届かぬことでもあれば、笑って許してやって下さい」
フィリップは快活に笑った。
屋敷ではアイリスにしか見せないような笑顔だ。
とっさにこういう表情を作れるのが大貴族なのだなと、レオンはぼんやり思った。
アイリスも、屋敷にいるときよりもずっと堂々と振る舞っている。
そういう訓練を受けてきたということだ。
「アイリスも大したもんだな」
「そうですね。やっぱり大貴族の娘となると違いますね。でもレオンさん」
サラは少し頬を染めて言った。
「レオンさんと夫婦の役をするの、ちょっと楽しいです」
「君には役者の才能があるのかもな」
そんなことをひそひそ話していると、フィリップのもとに大柄な男がやってきた。
その影に隠れるようにして、薄い紫のドレスを着た少女が歩いている。
少女の髪色はサラよりも少し青みがかった銀色だ。
フィリップの周りに集まっていた貴族たちが、ざっと道を空けた。
「これはこれは、オルディエール公爵」
黒いあごひげを生やした男は、尊大な態度を隠そうともせず、フィリップに言った。
「相変わらずご健勝のようでなによりだ」
「お久しぶりです、ドルバック伯爵」
フィリップは相変わらずの笑顔だ。
しかしふたりの間に流れる剣呑な空気は、レオンにも感じとれた。
「姫君もごきげんよう」
アイリスが頭を下げようとすると、フィリップはそれを遮るように前に出る。
「まだ婚約の段階ですから、姫君というのはどうも」
「確かに、仰るとおりだ。まだ姫君ではない……その通りだ。イリム、ご挨拶しなさい」
イリムと呼ばれた少女は、ドレスの裾を持って頭を下げた。
「お久しぶりです……オルディエール公爵……」
「イリム様。すっかりご立派になられて」
「聞くところによるとアイリス様は、大変な目に遭われたそうですな。誘拐騒ぎだとか。王都も物騒になったものだ」
ドルバック伯爵は、睨めつけるようにアイリスを見下ろした。
アイリスは少しびくっとしたが、誰かの後ろに隠れるようなことはしなかった。
勇気を振り絞ってそこに立っている。
「……この先、何もないことを願っておりますよ」
「ご心配、痛み入ります」
「それでは失礼」
ドルバック伯爵は、大股で歩み去って行った。
「ずいぶんと仲が悪そうじゃないか」
レオンが言った。
「敵というのは、誰にでもいるものだ」
フィリップがそう答えた瞬間――高い音と共に窓の鉄枠が次々と吹き飛び、壁に突き刺さった。
「………………っ!」
鉄枠の外れた窓には、3匹の赤い翼を持った魔物が鋭い爪をかけていた。
突然のことで、誰も声を上げようとしない。
――グルルル、と喉を鳴らす音。
魔物のあぎとが一斉に開かれると――。
「………………!!」
――炎が渦を巻きながらホールを襲った。
漆喰の塗られた白い天井が赤く染まる。
炎に巻き込まれて燃え上がる衛兵、ドレスに火が付いて転げ回る女。
ドルバック伯爵親子は、部屋を区切るためのカーテンの裏に素早く隠れた。
「ワ……ワイバネットだーっ!」
ようやく誰かが叫ぶと、一気にパニックが広がった。
貴族達は我先にと出口に殺到する。
「外の衛兵はまだかーっ!!」
しかし出入り口に殺到した貴族たちのせいで、騒ぎを聞きつけた衛兵はホールに入れない。
自分たちで助かる道を塞いでいるのだ。
火炎を吐き終えたワイバネットたちは、ホールに侵入し、翼を広げて天井を舞った。
ひゅううと音がするほど大きな呼気は、次の火炎放射の先触れだ。
レオンはホールを走りながら、次々にテーブルを蹴り倒した。
皆が隠れる遮蔽物を作るためだ。
「しかし動きにくいったらないなこの服は……」
懐から銃を抜いてワイバネットの1匹に向けトリガーを引く。
3発の銃弾がワイバネットの固い鱗に食らいついた。
胸元に弾丸を受けたワイバネットは、大テーブルの上に落下して食べ物を撒き散らす。
苦し紛れの火炎放射がシャンデリアを焼き、蝋燭が一瞬にして溶け落ちた。
――致命傷ではない。
「頑丈な野郎だ……」
レオンが続けて発砲できないのには訳がある。
当然のことながら、こんな場所にガンベルトを持ち込むことはできないので、残弾数が少ないのだ。
――残り9発。
「どうして王都に魔物が!」
テーブルの影で誰かが叫んだ。
悲鳴を上げながら出口に殺到している貴族よりは、マシな連中だ。
「……どうしてって、いるんだから仕方ねえだろう」
誰もが杖を衛兵に預けているので、いま戦闘能力を持っているのはレオンだけだ。
貴族は誰もが高い魔力を持っているが、杖を使わずに魔法が使える者は非常に限られている。
杖が生まれたために、この数十年、誰も呪文など必要としなかったからだ。
残りの弾丸でワイバネットをどう始末するか、レオンは走りながら思案する。
(サラを探すしかないな……)
大テーブルの上で暴れていた1匹が、再び天井に舞い上がる。
3匹のワイバネットは、渦を巻くようにホールを飛んだ。
明らかに何かを探している。
「クキェーッ!!」
耳障りな鳴き声を合図に、突然3匹がひとつのテーブルに狙いを定め、炎を吹き出した。
そのテーブルの裏が、レオンの位置からは見えていた。
そこに身を隠している小さな影は――。
「アイリス……!!」
レオンは力の限り赤い絨毯を蹴った。
読んで下さってありがとうございます!
面白かった、続きが読みたい、という方!
あなたのブクマ、評価、ご感想が、作者のモチベにつながります!!
評価は最新話にある広告の下のボタンからお願い致します!




