第12話「オルディエール家」
レオンとサラは渡された地図を見ながら、オルディエール家の邸宅に向かった。
この辺りは、街を見下ろすような高台だ。
「でかい家ばかりだな。掃除が大変だろうに」
「私はお掃除、好きですよ……あ、このお屋敷ですね」
オルディエール家は高級住宅街の中でも、とびきり大きな邸宅だった。
「あ、私大事なことを忘れてました! アポイントメントを取ってません!」
「あぽいんとめんと?」
「こういう大きなお屋敷にお邪魔するときには、使いを出して約束を取り付けないといけないんですよ」
門の前まで来てしまった。
トイレにでも行っているのか、門衛室には誰もいない。
「仕方ないですね、いちどギルドに戻って……」
「なるほど」
門には当然、かんぬきがかかっている。
「え……ちょっと……!」
レオンは飾りの突起を足場にすると、身長の倍近くある門を軽々と飛び越えた。
「ま、待って下さい! 不法侵入ですよ!」
「呼んだのは向こうだ。気にすることはないさ。君は待っているといい」
「ダメダメダメですっ! ちょっとレオンさん!」
レオンは後ろ向きに手を振りながら、悠々と庭の奥へ進んでいった。
色とりどりのつるバラがアーチを包み、庭は甘く涼しい香りが漂っている。
アーチを抜けると、大きな噴水のある広場に出た。
「庭だけで、ウチの村くらいはありそうだ」
そんなことを呟きながら歩いていると、大きなニレの木の下で少女が本を読んでいるのを見つけた。
「お嬢さん、ちょっと尋ねたいことがあるんだが……」
レオンが声をかけると、少女が顔を上げた。
サーモンピンクのレースのワンピースに、濡れたように艶やかな黒髪。
いかにも育ちの良いお嬢さんという感じだ。
「………………」
少女はそっと立ち上がると、お腹のあたりで組んだ指をもじもじさせた。
大きな青い瞳が、ちらちらとレオンを見上げる。
目が合うと、恥ずかしそうに俯いた。
「きれいな庭だな」
レオンは辺りを眺めながら言った。
「本を読むには良い場所だ」
少女はこくりと頷いた。
レオンは木陰に入って、少女が読んでいた本を拾い上げる。
タイトルを見ると『銃士物語』とあった。
「銃士の話か、珍しいな。どんな話なんだ?」
本を向けると、少女は顔を真っ赤にした。
やがてぷっくりとした小さなくちびるが、少し開いた。
「ぁ……あの……」
少女はドレスのポケットから何かを取り出して、レオンに見せた。
それは萎びたヤママツタケだった。
「こいつは……ああなるほど、君はあのときの」
彼女はレオンが昨日助けた少女だった。
「それ、早く焼いて食べた方がいいと思うぞ」
「あの……」
少女が何かを言いかけた瞬間、庭に鋭い笛の音が鳴り響いた。
「侵入者だーっ!!」
たちまち十数人の魔術師が集まって、レオンを包囲した。
魔術師の長らしい、赤いコートの女が叫んだ。
「貴様何者だっ! 何をしているっ!」
「ただの世間話だよ」
「どこから入ってきたっ!」
「正門からだ」
嘘は言っていない。
「白昼堂々忍び込むとは……両手を上げて、お嬢様から離れろっ!」
「わかったよ」
レオンは言われた通りに両手を上げ、少女から離れた。
「ぁ……」
「確保ぉーっ!!」
女の指示が飛ぶと、十数人の魔術師の杖から、一斉に光のロープが放たれた。
ぐるぐる巻きになったレオンは、そのまま庭に倒れ伏した。
「いいか、動くんじゃないぞっ!」
「どうやって動けってんだ? ミノムシになった気分だ」
「どうしたね、騒々しい」
背の高い執事服を着た男が、屋敷の方から歩いてきた。
「アルフレッド様! 侵入者です! 今すぐ王立騎士団に連絡を!」
「またお嬢様を狙った賊か!」
そのとき少女がアルフレッドに走り寄って、スーツの裾を引っ張った。
「お怪我はございませんかお嬢様! ………………え、な、なんですとっ! この方が例の“キノコの君”!」
アルフレッドの顔が、真っ青になった。
「イリーナ! 今すぐこのお方を解放するのだっ!」
「え、しかしこの賊は……」
「賊などではないっ! この方はお嬢様を救って下さった、あのレオン・クルーガー様だっ!」
「なっ……!」
魔術師たちがざわめいた。
「そんな……こいつが……」
「いいから早く捕縛魔法を解かんかっ!」
光のロープが消えると、レオンはゆっくりと立ち上がった。
「クルーガー様、大変失礼を致しましたっ!」
アルフレッドが深々と頭を下げると、慌てて魔術師たちも頭を下げる。
「お怪我などされてはおられませんか……」
「そこまでヤワじゃないさ。こっちこそ騒ぎを起こしてすまなかった」
「使いを寄越して下されば、迎えの馬車を用意したのですが」
「ちょいと手違いがあってね」
レオンは、ポンチョに付いた芝を払った
「クエストの依頼主に会いたい。あと、ツレを門の前で待たせてる」
「すぐにご案内致します」
レオンは屋敷の応接室に案内された。
「ギルドのサロンより広いな」
大きな壺や風景画などの調度品が、部屋の所々に飾られている。
しかし華美に過ぎることはなく、この広い部屋は心安まる雰囲気があった。
柔らかいソファに座って待っていると、アルフレッドに案内されてサラが入ってきた。
「なんかすごい騒ぎが起こってましたけれど……」
「ちょっとしたご挨拶さ」
「重ね重ね、申し訳ないことを……主人が参りますまで、もう少々お待ちを」
アルフレッドと入れ替わるようにして部屋に入ってきたメイドが、ふたりの紅茶を注いだ。
お茶請けに用意されたのは、銀のケーキスタンドに乗ったマカロン。
「こんな香りの良い紅茶初めてです」
「初めて食べるお菓子だ。うん、甘いな。紅茶に合う。俺はコーヒー党なんだが、悪くない」
ふたりでいろいろ話をしているうちに、再び部屋の扉が開いた。
アルフレッドに誘われて来たのは、藍色のドレスを着た美しい貴婦人だった。
「初めまして、クルーガー様、トレイン様。私はオルディエール家の当主、エレノアと申します」
エレノアは深々と頭を下げた。
レオンとサラも、つられるようにして頭を下げる。
エレノアがソファに座った。
「先日の誘拐事件で、おふたりが娘のアイリスを救って下さったと伺っています。本当に、感謝してもしきれません」
「ああいうことは、珍しくないのか?」
「最近、とみに増えているのです。衛兵を増やしてはいるのですが……」
「あまり大きな家に住むのも考えものだな」
「レオンさん!」
大貴族相手にふてぶてしい態度を崩さないレオンに、サラは気が気でない。
「いえ、クルーガー様の仰るとおりです。でも主人が遺した屋敷ですから」
エレノアは寂しげに笑みを浮かべた。
「平民の気楽さを教えてあげたいね。で、俺たち名指しのクエストってのやつの話をしようじゃないか」
「率直に申し上げます。アイリスの旅の護衛をお願いしたいのです」
「賊に狙われる娘を旅に出すのか。妙な話だな」
レオンが言った。
「護衛をつけてこの屋敷で籠城した方がまだマシじゃないのか?」
「先日の犯人は、当家の雇った庭師でした。とても温和な、魔力を持たない平民です。奇妙なことです」
奇声を上げながら周囲に魔法を放つ、あの血走った目をレオンは思い返した。
王立騎士団団長ガットンの言葉が脳裏に浮かぶ。
(奴は我々が到着する3日前には死亡していたことがわかった)
「確かに妙な話だ。あの事件の前に、おかしな兆候はなかったか?」
「ええ……ただ少し目の痛みを訴えていたという話は聞きました。それが関係あるかどうかは分かりませんが」
エレノアは深いため息をついた。
「この屋敷も、もはや安全ではありません。王都の外にある、娘の身を守れる場所まで護衛して頂きたいのです」
「場所と言うと?」
「ジャスティン様の居城であるベローテ城までです」
これを聞いて、サラが目を丸くした。
「ジャスティン様というと第2王子の!?」
「そうです。城には王立軍が駐屯しています」
「王都にも王立騎士団がいるだろう」
レオンにはガットンのような実直な男にこそ、こういった任務は相応しいように思われた。
「我々のような者であっても、王立騎士団に私人護衛を任せることは法で禁じられています。しかし王立軍には、アイリスの護衛を任せられる正当な理由があります」
エレノアは言った。
「アイリスは、ジャスティン様との婚約が決まった身なのです」
名前:アイリス・ギュスターヴ=オルディエール
レベル5
・基礎パラメーター
HP:42
MP:???
筋力:30
耐久力:28
俊敏性:35
持久力:40
・習得スキルランク
ヒール:A
灯魔法:A
社交術:B
名前:エレノア・ギュスターヴ=オルディエール
レベル:49
・基礎パラメーター
HP:320
MP:832
筋力:142
耐久力:173
俊敏性:92
持久力:96
・習得スキルランク
氷魔法:A
シールド魔法:S
灯魔法:D
社交術:S