第11話「大貴族のクエスト」
食事のあと、どうしたわけかすぐに宿に帰ろうという流れにはならなかった。
そうして今、レオンの手元にはウィスキーが、サラの前にはマタタビ酒が置かれている。
「俺以外の銃士と会ったことがあると言っていたな、その話を聞いてもいいかい?」
「ええ、そうですね……」
サラの頬には、ほんのりと朱が差している。
とろりとした声で話し始めた。
「王都の外に遠い親戚が住んでるんです。そこでおじいさんが亡くなって、集まることになりました。長い道のりを馬車で揺られているときに、私たちはアンデッドバットの群れに襲われたんです」
ときどきマタタビ酒のゴブレットを桃色のくちびるにつけ、サラは話を続ける。
「屋根のない馬車でしたから、格好の獲物だったんでしょうね。母は魔術訓練所の教官だし、父も母ほどではないですけれど、そこそこ魔法を使えます。でもふたりで相手をするには、あまりに魔物の数が多すぎました」
レオンは黙ってサラの話を聞きながら、焼けるような琥珀色の液体を喉に流し込んだ。
「そこに馬に乗った銃士さんが現われたんです」
………………。
アンデッドバットは穴だらけの巨大な翼を広げて、一家に襲いかかる。
両親は幼いサラを背中に隠し、アンデッドバットに火魔法を放った。
火魔法は攻撃範囲が広いので、動きの読めないアンデッドバットにも一定の効果がある。
黒い影は金切り声を上げながら焼け落ちる。
森に挟まれた細い道は、腐肉の焦げる臭いに満ちていた。
しかし空には未だ、数え切れないほどの影が宙を舞っている。
道路でエンカウントする魔物としては、異常な数だ。
サラは両親の背中に挟まれ、耳を伏せて震えていた。
「まずいぞ、そろそろ魔力が切れる……!」
猫人族の父は、銀色の耳をピクピクと動かして、次の攻撃に備える。
「情けないこと言わないでちょうだい!」
そのとき、いちどに8匹のアンデッドバットが風を切りながら舞い降りてきた。
夫婦の火魔法がそのうち2匹を撃ち落とす。
しかし次の1撃が間に合わない。
――夫婦が死を覚悟した、その瞬間。
続けざまの轟音が森に響き渡った。
「キィィッ!」
6匹のアンデッドバットは、黒い血を吹き出しながら地面に叩きつけられた。
馬を下りたのは、白い髭を生やしたひとりの老人だ。
空薬莢が地面に転がる。
ゆったりと歩きながら、拳銃を空に向け無造作にトリガーを引く。
響き渡る轟音とともに、つむじ風のような黒い影は、次々と落とされていった。
「……悪いがおふたりさん、もう少し気張ってくんな」
「ありがたい!」
夫婦は再び一心不乱に火魔法を放つ。
炎と弾丸が、次々と黒い影を落としていく。
長い、長い戦いだった。
最後にとうとう1発の弾丸が、最後に残った大きなアンデッドバットの腹を撃ち抜いた。
ドサリという音を最後に、森が静まりかえった。
魔力を使い切った夫婦は、気を失う寸前だ。
男はふたりの肩を抱いて、荷馬車に寝かせた。
サラが両親のもとに走り寄る。
「サラは……娘は無事ですか……?」
母には、もう娘の姿が見えていない。
「あんたらよりピンピンしてるさ」
「そうか……本当に……なんと……お礼を……」
夫婦はとうとう、馬車の上で気を失った。
「お母さん! お父さん!」
サラは涙目で必死で両親の身体を揺すった。
「大丈夫だお嬢ちゃん、疲れて眠ってるだけだ」
白い髭を生やした男は、サラの頭をぽんと叩いた。
「目が覚めるまで、お爺ちゃんとお話でもして待っていようか」
老人はそう言うと、カウボーイハットを指先で突いた。
………………。
「それから両親が目を覚ますまで、銃士さんはいろんな旅のお話をしてくれました。今でも全部覚えてますよ。今思えば、ちょっとお下品なお話もありました」
サラは笑った。
「それで、旅のお守りだと言って、これをくれたんです」
そう言ってサラは、乗馬ズボンのポケットから1発の弾丸を取り出した。
なんの変哲もない拳銃弾だ。
しかしサラは、それを大事そうに指でなぞる。
「それから大人になっても、私……いつもこれを持ち歩いてるんです。おかしいでしょう?」
そう言って、クスクスと笑った。
少し垂れ気味の目が、手のひらの弾丸を見つめる。
緑色の瞳は、甘い酒の香りに濡れていた。
「おかしくはないさ、誰にだって大事なものはある」
「レオンさんにも、大事なものはありますか」
「そうだな……今はさしづめ、これくらいだ」
レオンはポケットから、Fランクのバッジを取り出して、指で弾いた。
「もう……!」
サラは笑って、マタタビ酒に再び口をつける。
弾丸を見つめながら、サラは言った。
「これがあるから、レオンさんといると安心するのかも……」
思わず口を滑らせた。
「銃士がいると安心かい?」
レオンが言うと、サラはぴんと尻尾を立てて真っ赤になった。
マタタビ酒だけのせいではない。
「いえ、安心するというのはそういう意味ではなくてですね……っ!」
「どんな意味でもいいさ。安らぎは大事だ。じゃあ、穏やかな夜に乾杯しようか」
「乾杯……です……」
ふたりのゴブレットが、こつりと音を立てた。
………………。
…………。
……。
翌日の朝。
ふたりはギルドを目指して街を歩いていた。
「クエストをひとつ受けただけなのに。本当にいろいろ、ありましたね」
ギルドにレオンが現われたとき、まさかこんな経験をするとは、サラは夢にも思っていなかった。
生まれて初めて、自分の魔法に少し自信が持てた。
「そうだな。おかげで昨日はぐっすり眠れたよ」
レオンは大きなあくびをひとつした。
「そろそろ金欠だな。新しいクエストを受けないと。次はもうちょっと気楽なやつがいいね」
「レオンさんなら、どんなクエストもひとりでこなせますよ」
「ひとりで? てっきり次も君が一緒に来るものだと思ってた」
そう言うと、サラは少し寂しげに答えた。
「私は最初のクエストの随伴者ですから……」
サラは少し俯きながらも、笑顔を見せる。
「今はFランクだからパーティーを組むのは難しいかもしれませんが、レオンさんの実力なら、きっとすぐにランクアップしますよ……そうすれば仲間を増やすかどこかのパーティーに入るかして、どんどん報酬の高いクエストを受けられます!」
レオンはサラの横顔を見て言った。
「君はこれからどうするつもりなんだ?」
「今まで通りです。ギルドで雑用係として働きます。でもいいんです。私、雑用、好きですから!」
「雑用が好き、か」
受付嬢に、自分を無理矢理押しつけられたときのサラの姿を、レオンは思い出した。
「好きなことをするのはいいことだ。けれど何をするにせよ、誇りだけは失わないでくれよ」
「もちろんです。レオンさんがくれた誇りですから」
サラの鼻は、少しだけ赤くなっていた。
ギルドに到着すると、ふたりはクエストの完了報告をするためにカウンターに向かった。
完了報告といっても報酬はすでに受け取っているから、かたちだけのものだ。
「レオン“F”クルーガーがいるぜ」
魔術師たちが囁く声が聞こえる。
「あいつが噂のFランク銃士か……確かにおかしな格好をしてやがる」
「例の事件で、オルディエール家の令嬢をひとりで救ったって話、ありゃさすがにホラだぜ」
「でも俺の友達に見たって奴がいるんだよ」
本当に、噂が広がるのは早い。
「時代遅れの銃士ごときが……」
そんな声も聞こえてくる。
「気にしちゃいけませんよ、レオンさん」
「気にしてるように見えるかい?」
カウンターに辿り着いて声をかけると、受付嬢はあっという顔をした。
「レオン“F”……じゃない、レオン・クルーガーさん、お待ちしていました! 少々お待ち下さい」
しばらくして戻ってきた受付嬢は、カウンターに大きな金貨を重ねた。
「オルディエール家から謝礼が届いています!」
それを聞いて、周囲がざわめいた。
「あの噂、本当だったのかよ!」
「銃士ごときがどうやって……」
レオンはそんなざわめきは歯牙にもかけず、金貨を受け取った。
「すごい額ですよ、レオンさん!」
サラが小さく声を上げる。
「そうだな、次のクエストはいいか。しばらく寝て暮らして……」
「あ、それとレオンさん、オルディエール家からクエストを受注しました!」
金貨をバッグにしまったレオンは、顔を上げた。
「クエストってのは、自分で選ぶんじゃないのか?」
「これは指名クエストといって、依頼者が冒険者を指定するんです」
受付嬢は書類を目で追いながら言った。
「指名者はえーっと、レオン・クルーガーさんと……え、嘘、サラ・トレイン! ちょっとサラ、あんたも指名されてるわよ!」
「え、私がですか!?」
目を丸くしているサラに、レオンが言った。
「……雑用はしばらくお預けらしいな」
読んで下さってありがとうございます!
ここで1章完結、次は2章へと進みます!
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