13話:正一の高校、大学受験。
田端家の3人が近くの神社に行き合格祈願と家内安全、健康、商売繁盛を
祈願した。その後クラスで5番の最高順位をとり正一は気合いをいれ受験勉強
に励み都立戸山高校と滑り止めに城西大学附属高校を受験して目標の
東京都立戸山高校に合格した。そして4月から池袋から山手線で高田馬場で
降りて東京都立戸山高校へ通った。
合格祝いに何が欲しいと聞くと1981年5月にNEC、PC8001
をが欲しいと言うので買い与えた。高校の近くに早稲田大学があり、その後、
遊びに行く様になった。それが憧れとなり早稲田大学に入りたいと思う様に
なり学園祭にも出かけた。東京都立戸山高校入学すると宿題も多く1年の
中間テストでクラスで58人中30番目と屈辱的な成績で将来、早稲田大学
理工学部をめざそうと猛勉強を開始した。
1年の期末テストで18番目まで成績を上げたがベスト10をめざしていた
ので全く納得できなかった。2学期の期末テストで念願のクラス10位に
滑り込んだ。やがて1982年を迎え今年4月から2年生。そこで2年生に
なったら、大学合格のために予備校へ通わせて欲しいと言うと両親が了解
してくれ6月に予備校に入った。
その後、予備校の1982年10月の一斉テストで早稲田大学理工学部
の合格確率が70%と言う判定が下り合格圏内の80%をめざして夜遅くまで、
勉強を続けた。やがて1983年となり息子の正一は3月から高校3年生
になる。1983年春の予備校の一斉テストで早稲田大学理工学部の合格確率
が75%となり、もう一息の所まで来た。
その後、過去の早稲田大学理工学部の受験問題集を買い込んで問題集を
徹底的に解きはじめた。やがて1983年、秋の予備校の一斉テストで
合格確率が80%となり、ひと安心した。やがて1984年、大学受験の年
になると、体調管理をして風邪をひかないようにすることに専念し集中力を
高め、あがらない様に落ち着いて試験を受けベストを尽すために深呼吸や
軽い屈伸運動などをした。
そして3月、早稲田大学の受験の日を迎え、この日は両親が休暇を取り、
試験会場に一緒について行った。試験が終わり出てくる正一は、やり終えた
充実感と笑顔でベストは尽くしたと言った。その後、結果発表の日に両親も
同行し受験番号を母が最初に見つけた、
念願の早稲田に合格し正一は満面の笑みを浮かべていた。その後、早稲田
大学理工学部数学科に入り確率、標準偏差など数字の変動と収束の投資工学
を勉強をした。その対象は日本株と為替だった。そして実際に父の田端虎吉
に日本株投資をしたいと言い、N証券に虎吉の口座を開いた。
そして日本株の雑誌を見てグラフと時系列データを日本を代表するトヨタと
ソニー株について長期の詳細データ観察していった。すると1984年1月に
トヨタ株が1147円の高値をつけて下げ始めてるのに注目し田端虎吉に
投資の用意をするように言うとN証券の投資口座を2500万円にし預金の
口座が5000万円となった。
株価を追うと1985年2月にトヨタ株が749円最安値を確認したと、
田端正一が父、虎吉に告げ755円で3万株、2265万円で購入し虎吉の
投資口座残金が235万円となった。正一は大学に入ると家庭教師のアルバイト
をして金を貯め始めた。そして学校卒業後、小さな金融機関、例えば信用組合
、信用金庫のような所で金勘定の管理をして勤務時間の長くない仕事をしたい
と話した。
そして働きながら日本株投資、割引債、郵便預金で金を貯めて早期退職を
したいと言うことを話す様になった。学生時代には友人と山登りをしたりする
程度で無駄遣いをせずにアルバイトした金をきちんと銀行に預けていた。




