運命、そして始動
だから、私は本物の力を持っている舞浜くんのことを見習いたかった。自分が何をできるかもいまだに分からないけれど、この人といれば変われるかもしれないと思ったのです。
だから、活動内容も何もかも空白の、「言霊愛好会」が出来たのです。全ては私の個人的な願いに過ぎません。
でも、この前舞浜くんにこの話をした後でよくよく考えて、一つだけ自分にもできそうなことを思いつきました。
私は、先程も述べた通り「良い子」です。自分で言うのも情けないことですが……
ですから、先生方と良好な付き合いをすることは苦手ではありません。先日、ある先生にご相談したんです。舞浜くんが、その力強い言葉をもっと発揮する機会を、どこかで作れませんか、と。
そうしたらとても良い返事をいただきました。講堂は軽い許可を取れば昼休みや放課後自由に開放できるし、生徒の希望次第では式典のスピーチも設定できるとのことでした。
私は舞浜くんをサポートしたいです。その力強い言葉を、一人でも多くの人に伝えるために。後付けながら、「言霊愛好会」の活動目的ができました。
なんだか偉そうでごめんなさい。全ては私のエゴです。
でも、もしこんな私でもよければ、あなたの力を最大限に発揮するお手伝いをさせてください。
お話したいことがあります。お時間をいただけるなら、昼休みに校舎裏の広場まで。
春山 言葉 より
昇降口で不自然に棒立ちしている彼の中には色々な言葉が渦巻いて、処理が追いつかなかった。
この手紙を読んだことは、突然脳天に衝撃が走るような出来事だった。
ただただ怪しいとだけ思っていた「言霊愛好会」に、このような思いが込められていたということなど、彼の予想の範疇を超えていた。
それだけではない。彼はここに来ていよいよ無視できなくなっていた。
自分の力がどれほど大きなものかということ。他人が本気で欲するようなポテンシャルを秘めているのだということ。
この「言葉の力」を振るうことにようやく抵抗をあまり感じなくなってきた今でも、彼は自分が才能のある人間だという事実からは目を背け続けてきた。
「人を動かす人間になろう」という、彼が初めての演説で固めた決意も、所詮は単なる夢物語として心のどこかをさまよっているだけに過ぎなかった。
いつの間にか、それは逃れられない事実となっていた。彼が、一生その才能を背負っていかなければならないという責任が。
そう、今までにだって、彼に感化を受けた人間というものが、いくらでもいたはずなのだ。その大小はそれぞれ違えども。
春山先輩の登場によって、彼の影響力ははっきりと顕在化した。
「天職」という言葉がある。もしもその言葉を、職業よりもうちょっと抽象的な活動にも使って良いとするなら、彼の才能は天職に近い。
与えられた使命は、彼を言葉の伝達者の道へと導くのだ。
午前の授業が終わると、彼は急いで校舎裏の広場へと向かった。相手の方だって授業がギリギリまであるのだから、早く行き過ぎたって仕方がないわけだが、それでも構わないと急いだ。
広場には噴水がある。一見するとまだ誰も来ていない。急かしすぎたかと思って噴水の隣のベンチに腰掛けた。
すると、駆け足で彼のところへ寄ってくる一人の少女がいた。
「早すぎますよ、舞浜くん」
「すみません、気が急いてしまったもので」
彼女が近寄ると、彼はベンチから立ち上がった。そのことは彼女の意表をついた。
彼は手を差し出した。
「あなたの思い、しかと承知しました。是非ともよろしくお願いします、春山先輩」
彼女は少し戸惑いながら、でも確かに微笑んで、その手を、握る。
「ありがとうございます、本当に、ありがとう、舞浜くん」
「この手紙を書くのにも、本当に勇気が必要だったの」
「だって、舞浜くんの素晴らしい言葉を聞いて、それでこんな凡人以下の話しか出来ない私が、こんな差し出がましいことを言えるのかって」
「でも、やっぱり、素敵な才能に触れたい、応援したいっていう気持ちは本心だったから」
「僕なんかの力を買っていただけるなんて、本当に光栄です」
「そんな、謙遜しなくても」
「本当にそう思っているんです。僕は、自分のこの力、大したものだとは思っていなかった」
「でも、春山先輩の手紙を読んで気がついた。なんの役にも立たないと思っている自分を、必要としてくれる人間がいるんだって」
「未だに自分がなんだか天才のように扱われることには慣れない節があります。でも、もしもそれが僕に求められているあり方なのだとしたら、誰かがそういう僕を必要としてくれるのであれば、僕はその使命を果たします」
「舞浜くん……」
「あと、実は僕からも春山先輩にお伝えしなければならないことがあります」
「うん、何かな?」
「初めて出会った時、話しかけたのは僕だったの、覚えていますか?」
「ええ、私のスピーチでその前に一度舞浜くんには言及したけどね」
「はい、そのことなんですが……」
彼は彼女に話しかけようと思った動機を話そうとした。だが、それを言葉にして伝えようとするとなんとなく喉に引っかかってしまう。
「美しすぎる?」「どうして普通に振る舞える?」そんなことをストレートに伝えるのは、一般的にあまり好ましいことではない。
――彼女のスピーチを、純粋だと感じたこともまた事実だ。だけど、僕の演説がこんなに持ち上げられている状況で、それを言うのはやはり嫌味らしい。
「なんというか、うまく表現できないのですが」
「うん」
「興味があったんです、春山先輩に」
「私に?」
彼女は少し目を見開いて、分かりやすく驚いた表情を見せた。
「はい」
「どうして?」
「分かりません」
「分からないけど、敢えて言うのなら、それは運命だったのかもしれません」
彼女は笑った。それは今までのような控えめの笑いではなくて、結構な大笑いだった。
「ははははは、そんな、運命だなんて、なんだか舞浜くんらしくない」
確かにらしくないので、彼は言い返す言葉もなかった。
「な、なんかごめんなさい。確かに変だったかも」
「いや、いいんだよ。面白かったから。ふっ……」
「馬鹿にしないでくださいよ!」
彼は精一杯の抗議をしたが、やはり彼女は笑い続けた。
彼女はしばらくすると笑いを止めて、彼の目を見てこう言った。
「ところで、もう一つ大事な話があるの。これは愛好会の話よりも大事」
「な、なんでしょうか?」
彼は息を呑んだ。あれほど自分が心を揺さぶられた愛好会の話より大事とあっては、その話が何なのか注意を向けずにはいられなかった。
「周りを見てみて」
「え?」
「私達の周り」
立ちながら互いの言葉を伝え合う二人の周りには、多数の生徒がいる。ここは生徒たちの憩いの場、昼休みともなれば癒やしに飢えた人が集まるわけだ。
そしてその生徒達は、広場の中心で、立ったまま熱く言葉を交わす二人に意味ありげな視線を寄せている。
「あっ……」
春山先輩といるのは大変である。常に周りに気を配らなければ、色々あらぬ推測がたちまち校内中を飛び交い……
「そ、その、ごめんなさい、僕はもう帰りますね!」
「あっ、待って、また詳しい話が終わってないよ!」
彼はそそくさと生徒の中を逃げ帰る。この行為の方が却って誤解を生みかねない気もするが。
彼女は追いかけるフリだけをして、後はニコニコと笑っていた。
ひょっとすると彼女は彼をサポートするというよりは、操る方に適性があるのかもしれない。
ともあれ、これで愛好会活動は本格的に始動したのである。