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美しき少女に言の葉を  作者: 大和階梯
恋は思案の外
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自分を呪う

 想いはやがて言葉となって現前するのだろう。

 舞浜明の想いは、演説の場に立つと、本人も意識しない内に現れていく。


 それまで言語化できなかった思考が、演説の場という興奮状態の力を借りて、自己主張を始めるのだ。


 だから、演説をする前から彼が演説内容について思い悩むことは必要ないはずだった。想いは場の空気を借りて、作為を加えずともおのずから現れていくものなのだから。


 仮に思い悩んだしても、そんな作為はすぐにひっくり返る。今までの彼の演説は皆そうだった。


 つまり彼が今まで演説前に思い悩んできた内容というのは、結局のところアイディアのゴミのようなもの。

 だからこそそれは、「言霊」を持ちえない、ただの力ない言葉に過ぎないはずだった。


 だが。


 今彼の前には、とてつもなく強い感情が、とてつもなく強い言葉を欲している感情があった。

 たとえ演説の前であっても、彼はその感情を言語化しようとせずにはいられない。


 互いを少しだけ引き寄せるつもりだった磁石同士が、力加減を間違えたせいでくっついてしまったかのような感触。くっついて離れない自分の想い。


 彼は常に安易な言葉を用いることを憚っている。それもそのはず、彼は「綺麗事」がどうこうという件で、一度愛好会をやめる決断をしたくらいには言葉にこだわっている。


 だが、その彼でも、この言葉は使わざるを得ない。

 ――これがそうなのか、という驚きの中に、これしか有り得ないという確信が混ざり込んでいる。


 なんだか誰に言われなくとも、本能で分かってしまえるようにさえ思えるこの感情。


 ――恋、か。


 そう認識してしまった途端に、家に一人いる自分が寂しくなってしまう。

 土曜日の夜。人の営みが消える日の、さらに営みが少ない時間。

 世界で孤立してしまった彼は、胸の高鳴りを抑えることができない。



 普通なら、「憧れ」になるのかもしれない。

 完璧美少女の彼女と付き合おうとする男など、よほどの自信家かチャレンジャー。恋する勇気も同様である。


「恋心は抑えきれないもの」ということもある。確かに、一度恋に落ちてしまえばそうなのかもしれない。だが、恋が始まる段階の話をするなら、彼女のように完璧すぎる人間には、大半の男が心のストッパーをかけてしまう。


「この人には惚れることはできない」と。自分が相手を惚れさせることはできない、という以上に強い確信として、そんな本能が働いていく。


 だからこそ、普通はその「恋」とやらは、実際の所「憧れ」に終わるはずなのだ。

 その人自身を自分の物にしようと入れ込む感情ではなく、その人を遠巻きに見つめたいと思うだけの感情に終わるはずだった。


 だが、彼の気持ちは「憧れ」ではない。本物の恋に他ならなかった。

 等身大の彼女の姿を彼は感じる。それは決して、「完璧」というレッテルに支配された一種の幻想などではない。


 手の届かない雲の上の存在が、いつの間にか手を伸ばせそうな距離にいるかのように彼は感じた。いや、感じて「しまった」のかもしれない。


 相手がいる前でなく、自分一人の時に自分の恋心に気付いてしまうのがなんだか悔しい。ロマンのかけらもなく、ただの煩悶に終わってしまうからだ。


 実際現時点の彼にとっては、恋はロマンなどではなく、胸の苦しみに過ぎない。

 伝えたい想いが、どうして伝わらないのだろう。ドラマで見たロマンチックな恋の姿は、現実にはもっともっと泥臭いものなのだということを彼は知る。


 ――もしかすると、自分がそういう人間なだけかもしれないけど……


 ひょっとすると恋は一人でするのかもしれない。矛盾しているようだが、それでも本当に自分を苦しめるのは相手の存在ではなく、相手を意識してしまう自分自身なのだから。


 彼の恋は「過熱」だった。

 ゆっくりと温めてきたはずの交流は、気が付かない内にしきい値を超えていて……

 あるきっかけを境に、爆発してしまったのだ。


 経験したこともないような壮大な感情に襲われて、彼は無力に夜空を眺めていた。

 その夜はほとんど眠れなかった。



 朝方になってやっと眠気が出てきたかと思えば、二度寝をしてみると時刻は昼前になっていた。


 折角の休日を無駄にしてしまったという罪悪感を起き抜けの頭に抱きながら、カーテンを開けてもう十分すぎるくらいに明るい日の光を取り込む。


 根は真面目である彼は無駄にした時間を取り返そうと、半ば寝ぼけながらも、とにかくやるべき何らかのタスクを見つけようとする。

 彼は真っ先にスマホを取り出した。


 そして、まず自分がやるべきことを……半開きの目でスマホを操作する。

 睡眠時間は十分なはずなのに寝起きが悪い。変な時間帯に眠っているのが良くないのか。


「よし」

 彼は弱々しく呟く。季節柄、幸いにも室温は暖かかったので、布団に支配されるということは起きない。次第に彼の寝ぼけ頭も冴えていく……


「もしもし」

 彼の部屋に声が鳴り響いた。

 彼は半ば反射的に答える。


「あ~、もしもし、言葉先輩ですね」

「あ、うん、そうだけど、何かあった?」

 そう、こなすべきタスク。話をしておかなければならない人、人……


 ――え?

「一体自分は何をしているのだろう」と彼はハッとする。

 ――な、なんで言葉先輩が電話口にいるんだ!?


 ……答えは一つ。君が電話をかけたから。


「え、えっと、うまくは言えないんですけど……」

 うまく言えないどころか何も言えない。大体どうして無意識のうちに言葉先輩になんか電話をかけるんだ……


「うん」

 彼女の方はなんだか重大な雰囲気を感じて真剣な声音だ。それもそのはず、メッセージで送れば済むものをわざわざ通話してくるなんて重大に決まっている。


 ――何を言えばいいんだ、「間違い電話です」?思わせぶりな台詞を吐いておいて今更何を言う。大体なんで「やるべきタスク」といって真っ先に言葉先輩に電話しようとしたんだ寝起きの僕!?もう絶交してやる!


 彼の中ではいま現在の目を(強制的に)覚ました自分と寝ぼけ頭の自分は別人だった。

 どちらも同じ自分なのだが。


「えっと、電話ではうまく言えなくて……」

 それは間違いない。間違いないことだが……

「それじゃ、実際に会った方がいいのかな?お昼ご飯まだだよね?」


「あっ、はい」

 実際に会ったら話せる……彼女はそう捉えた。

「それじゃあ、駅前の某レストランでいいかな?お手頃な所になっちゃうけど」


 彼が「はい」と肯定したのは「お昼ご飯まだ」の部分。それがいつの間にか質問全体の回答へとすり替わっている。

 気が付けばもう「いいえ」と言えない空気になってきてしまった。


「は、はい」

 まだなんの準備も出来てないくせに、そんなことを言い出す。いや、半ば言わされている。


「それじゃあ、今から一時間後に……ごめんなさい、色々取り込んでいるところだったから時間かかっちゃって」

 彼の方としても洗面なりなんなり一切行っていない。


「え、ええ、突然連絡してしまって、すみません」

 ――すみません、僕の友達だった「寝惚けくん」が……


「いえいえ、大事なことだったらしっかり付き合うから!」

「それじゃあ、またね」

 彼女は電話を切った。


 彼は心から思う。

 ――どうしてこうなったんだろう?  

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