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美しき少女に言の葉を  作者: 大和階梯
孤高の美女:未知との遭遇
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知られざる力、言の葉の矢

 いまだ誰も知らないとさえ思う。

 心が通じ合った時の感触を。


 それがどんなに素敵なことか。

 それがどんなに大変なことか。


 もし、心を引き寄せる磁石のようなものが、この世にただ一つ存在するとすれば

 それは言葉なのではないだろうか。


 少なくとも、そう信じたいのだ。


 舞浜(まいはま)(あきら)は大人しい子供であった。彼の日常の所作に、とりわけ際立った点はない。社交性は人並みには持ち合わせていたようだが、躍起になって同輩たちの歓心を買おうとするようなタイプでもない。これと言って目立った特技もなく、ただ凡庸に日々を過ごす。


 そうしてきっと人並みの道を歩き、人並みの人生を送るのであろう。周りの誰もがそう思っていたし、彼自身もそう思っていた。


 彼は中学に進学すると、自分のとある能力に気がついた。彼は勉強が人より一段とできた。しかしその才能は何らかの分野に特化しているようなものでもなかった。だから彼は磨けば光る原石というよりも、ただの実用的で量産可能な素材に過ぎなかった。


 もしかすると彼の歩く道は、この能力によって少し明るい方向に変わるかもしれない。周りの人間や、彼自身もそう思った。しかしそれはやはり、ちょっとばかし社会に出るまでの間持て(もてはや)されて、少しスタート位置が前に動くだけのことに過ぎない。そんなことは、彼にとってはさしたる魅力ではなかった。


 しかし、彼の才覚が露見せずに済んだのは、たかだか人生十数年のごくごく短い間に過ぎなかった。


 おそらく彼が部活に所属せず暇であったのが理由だろうか、彼は一年次の修了式で挨拶をする代表に選ばれた。こんな仕事は面白味のないテンプレの焼き増しであって、目立ちたがり屋の人間でさえもやりたがらなかったのである。

 そうして、彼は先輩達の書いた、どこかで見たような文章を参考にしながら、原稿を書き下ろしたのだった。


 当然教師のチェックが入ったが、儀礼的なこの慣習にわざわざ情を燃やすはずもなく、適当な確認に終始して、原稿作りはすぐに終わった。


 ここで事件が起こった。彼は修了式当日、あろうことか家に原稿を忘れてきてしまう。

 どうしよう、先生に相談しようか。


 初めのうちはそんな焦りを抱いた彼だったが、すぐさまこの行事が形式的なものであることを了解し、要点だけ思い出してメモを作り直し、あとは即興でなんとかすればいい、という考えに至った。


 実際に、壇上ではそれでなんとかなった。


 いや、正しくはうまく行き過ぎてしまった。


 ステージ上に立って意外に大きな観衆を見下ろした彼は、言いしれぬ高揚感に襲われた。それは緊張ともまた違う、敢えて言うなら興奮状態であった。


 彼ははっと一息を吐いて、固定されたマイクを確認し、メモをチラリと一瞥(いちべつ)した後に話し始めた。


 彼は自分の中で、何かが自分を操っているかのような感覚を覚えた。

 彼の頭は、一度作り上げたあの原稿を完璧に再現することなど到底できなかった。それどころか、話す内容は全く別のものになっていた。


 勝手に言葉が紡がれていく。そんな感覚だった。そして自然に、上半身に力が入る。勝手に彼の体は身振りを初めた。


 ものすごい急流から滔々(とうとう)と川の水が流れるかのように、言葉も流れていった。彼にとっては驚きでしかなく、また聴衆にとっても驚きでしかなかった。


 彼の言葉は学生生活の賛歌であり、叱咤(しった)であり、激励でもあった。

 話の内容など聞く耳を持たない人々も、彼のただならぬ雰囲気に閉口し、じっと彼を見つめた。


 一つ話題が終わると、彼はじっと黙り込んだ。その沈黙がさらに場の緊張感を高め、次の彼の発声に期待が高まっていく。


 もう全員が、彼の口元に釘付けになった。


 彼が話し終えても、しばらく場は沈黙に包まれていた。聴衆は彼を称賛するような眼差しを送るのではなく、恐ろしいものを見たというような表情をしていた。

 長い拍手が起こったのは、そこからしばらく経った後であった。


 その日彼に直接の称賛を投げかけるものはいなかった。もはやそれは、「すごい」などと片付けられるものではなく、畏怖(いふ)の対象であった。本来ならばどうでもいいような話題が、気がつけば呼び物、いやもっと壮大なものへと変質していたのだった。


 その日から周りの彼を見る目は変わった。誰に対しても強い態度に出ようとする心の弱い未熟者達も、彼に対しては迂闊(うかつ)な行動には出なかった。


 彼は普段その才能を発揮することはなかった。ただの寡黙(かもく)な一少年にしか見えなかった。しかし、誰もが彼の恐ろしさを知っていた。


 ある日のことであった。国語の教師が「このクラスのテストの成績が悪すぎる!」と叱責したことがあった。このクラスは宿題を真面目にやっていない、だとか授業態度が悪い、だとかいう愚痴を連続で並べ立てた。


 当然生徒たちは黙ってこの話を聞き流し、気まずい空気に耐えようと試みていたわけだが、そんな最中に突然、舞浜はこう吐き捨てた。


「封建主義のエセ教育者めが」

 その声は決して大きくはなかった。しかし尋常ではないオーラを放っていた。


 その言葉から伝わる憎悪はとてつもないものだった。教師は当然これに反駁(はんばく)しようと試みた。


 しかし気付けば教師は彼にまくし立てられるばかりで、教室中が沈黙に包まれるのにそう時間はかからなかった。そのまま、その授業は終わってしまった。


 彼はクラスメイトから讃えられた。

 一方で、彼は震えていた。自分の言葉のあまりの力強さに。


 彼は三年間成績優秀で中学を卒業した。彼に卒業式の答辞を任せるべきだという意見も随所で見られたのだが、結局あの教師をやり込めた後、彼が演説の才能を発揮することはなかった。


 彼はいくら成績優秀とはいえ、それほど飛び抜けた成績をとっているわけでもなく、まして彼のいる中学は地方の公立中。おそらく彼は地元の進学校にでも行くのが妥当なところだろうが、三年の夏ごろ、彼は学校長から呼び出され、特別な話をされていた。


「やあ、舞浜くんだね。修了式の時のスピーチには驚いたよ」

 校長はもう二年近くも前のスピーチの話を持ち出してくる。

「はい、舞浜です。あの、何か……?」


 彼は自分が何か規則に抵触するようなことを犯したのかと危惧していた。呼び出しは担任を介さない校長直々のものであったから、無理はない。


「突然呼び出してすまなかった」

「実は高校入試の話なのだがね、君は高校に進学する予定だったよね?」

「ええ」


 彼は怪訝(けげん)そうな表情で答えた。


「いきなりで恐縮だが、学術研究都市という名前、君も知っているよね」

「ええ、都市部の郊外に研究のための新都を作ろうっていうやつですよね」

「ああ、実はそこに新しく国立高校ができることになってね、その推薦入試の案内が本校に来ているんだ」


「はあ」


「前評判だけど、おそらくかなり優秀な生徒が集まることになると思う。推薦入試だけじゃなくて一般入試も当然やるんだけど、そこの受験者層がかなり高い」

「なかなかいい機会だと思うけど、受けてみる気はないかい?」


「はい、興味はありますが……しかしどうして私に?」

「言うまでもなく君が成績優秀だからだ」

「この学校、間違いなく地元の進学校よりもレベルの高い学校になる」


「しかし、それだったら私より優秀な生徒が……」

「それが、新興の学校であるせいか、皆すぐに断っちゃってね……彼らは地元の進学校には楽に行ける成績だから、安泰(あんたい)を取ったのだろうね」


「いや、しかしそれだけ優良な学校なら挑戦しようとする人もいるでしょうに」

「それがどうも地方の生徒は情報が少ないからだろうか、やっぱり警戒心が強いみたいで。都市部ではこの学校の話題で持ち切りなんだが」


「さらに言えば、この入試には地方枠が設定されていて、地方の人間には有利だ。実験校として、色々な人材を集めたいみたいでね」

「まあ考えてみてほしい、取る生徒数も多めだから、意外とチャンスはある」


 彼は考えた。彼は確かに成績優秀と呼べる部類ではあったが、一般入試で地元最上位の進学校に確実に入れるかと言われると、少し危ないところもある。そこまで圧倒的な学力ではないのだ。そう考えれば、自分は大した人間とは思えなかった。


 したがって、運良く推薦で合格できるようなことがあれば、それが未知の学校であれ、賭けてみたって構わないように思えた。


 そして翌年の春、彼は学術研究都市、通称学研都市に行くこととなったのだった。

 こんな好待遇で入試を受け、あっさりと難関であろう高校に入ってしまうのは、なんだか卑怯な気がした。


 彼は内側からも外側からも、既にして運命に翻弄(ほんろう)されていたのである。

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