第3話:異世界召喚。そして再び出会ったエゼルとディル
ちょっとリッチなディナ―の後で。酔っ払った七社を、マンションの部屋まで送っていく。
すでにタクシーからは降りた後。七社の部屋があるマンションのエントランスに入って、エレベーターで5階へと移動する俺達。
「先輩♪ 先輩♪ にゃはは~(≡ω)ノシ」
「七社、ちょっと飲み過ぎだぞ? 何で先輩の俺が、後輩のお前を部屋まで送らないといけないんだ??」
「そんな~、寂しいことを言わないで下さいよ~」
「正直、お前を部屋に送るのは、身の危険を感じるからとても嫌なんだけれどなぁ」
「らいじょうぶですよー。鮎にゃん先輩は、私のことを美味しく食べてくれますからぁ~♪」
鮎にゃん? いや、そこもだけれど七社を俺は食べちゃダメだろ?
――なんていうツッコミは、今のこいつには通用しないのだろうな。しかも、すぐ隣から感じる気配で「下手なツッコミをしたら余計に絡まれそう」だということも理解できてしまった。
だから、俺は難聴系主人公をあえて演じてみよう。それとなく『話題を切り替える作戦』を取るとも言うけれど。
「七社、今日の料理は美味しかったな♪」
「はい、でも、メインディッシュがこれから待っていますよー」
「メインディッシュ? まだ何か食べたいのか??」
「先輩……あのっ(///Δ) わ、私を食べて下さいっ!!」
急に立ち止まった七社。
彼女に肩を貸している俺も、必然的に足を止めざるを得なかった。
「……」「……」
二人きりで歩いている、七社のマンションの廊下。
遠くに犬が吠える鳴き声が聞こえているだけの、妙に静かな時間。
七社が大きく息を吸い込む音だけが、妙に大きく聞こえてしまう。
「私、先輩のことが好きなんです!! 最初は、近所のおにーちゃんみたいで頼りになるなぁ……くらいの軽い気持ちだったんですけれど、私が仕事で初めて大きな失敗をして、それを慰めてくれた先輩が好きになってしまって、毎日、毎日、顔を合わせる度に先輩が好きになってしまって――だから、だから、あのっ、私をもらって下さいっ(///Δ)!!」
「……七社? そういうことは――」
もっとよく考えろ、と口にしかけた俺の返事を遮って、七社が早口で言葉を紡ぐ。
「先輩もその気なんですよね?? 私が酔っ払っているからといって、こうして部屋の前まで送ってくれるのは、その、私のこと好――「七社、部屋の鍵は持っているか??」――は、はいっ♪ これです!!」
酔って赤くなった顔をさらに真っ赤に染めて、七社が俺に部屋の鍵を渡してくる。
その手が、若干震えているのは、あえて見なかったことにする。
空いている左手で鍵を受け取って、無言で部屋のドアを俺が開けて。少し緊張しながら中に入って……強引に、でも優しく、玄関の床へ七社を座らせる。
「先輩……(///-)」
潤んだ瞳で七社が俺を見上げてきて、そっと目を閉じた。
俺は彼女の唇に優しく――
「七社? とりあえず酔いを醒ませ。酒臭い女の子を抱くような趣味は、俺には無いんだ♪」
――人差し指を重ねて、キザっぽく苦笑する。
なるべく優しい瞳で、なるべく柔らかい声になるように気を付けて。
目を開けた七社が、捨てられた子犬のような絶望の表情を浮かべていた。
ああ、もう、もったいないな。
今ならまだ「嘘だよ」って笑って、合意の上で押し倒すこともできる。
彼氏彼女な甘い関係になることが出来るだろう。……だから、俺は立ち去ろう。
本当に、本当に、俺はバカな男だから。
「七社、いや――神楽?」
「ひゃぃ!?」
「今夜のことは忘れてやる。だから明日もお前の笑顔をみせてく――「先輩のバカっ!! 格好付けて、忘れるなんて言わないでよ!!」――っ!?」
初めて聞いた、七社の叫び声。
全身から血を吐くような悲しげな叫び。俺の身体が、何かを思い出しそうになって、思わず固まっていた。
戸惑う俺に、七社が真剣な瞳を向けてくる。
「私、先輩のこと諦めません。押して、押して、押しまくって先輩を――って、先輩?」
自信満々だった告白の途中で、急に聞こえてきた困惑の声。
そして気付いた。俺の身体が、ぼんやりと緑色に発光している事実に。俺の周囲を取り囲むように、螺旋を描いて蠢いている「怪しげな魔方陣」が浮かんでいる現象に。
ドクドクと俺の心臓が早鐘のように動いていた。
耳の奥で血が流れる音が聞こえている。
本能的に感じる、これは絶対的に不味いという警告。
「そんな、こんなの、先輩があの世界にしょuka――」
七社の声が途切れた瞬間、俺は鍾乳洞の中に立っていた。
天井から釣り下がる大小の石柱。
ぴたぴたんと心が落ち着くような音が響く薄暗い洞窟の中、少し奥に見える透明な泉だけが、妖しく青色に輝いて見えた。
そして、小柄な『赤い何か』と『銀色の女性』に、俺はかなり激しい勢いでタックルされる。
「おにーざんッ!」
「水島おにーざん、逢いたかっだぞ(Tω)!!」
赤い何かは、メイド服を着た「小動物系の可愛らしさ」を持った赤髪の女の子。
銀色の女性は、「銀色のケモ耳と尻尾&サラサラの長い銀髪」を持ったメイドさん。
「……え?」
ついさっきまで、七社と甘い雰囲気になっていたというのに――これ、俺の妄想が入った白昼夢なのか??
そんな俺の戸惑いをよそに、女の子達は俺に抱き着いたまま嬉しそうな声で言葉を口にする。
「「本当に、本当に、逢いだかっだです!!」」
号泣する2人の女の子。俺が苦しく感じるほどに、その腕にはぎゅーっと強い力が込められていた。
ちなみに俺は、どんな反応を返したらいいのか、正直戸惑っている。
2人は「俺に逢いたかった」と言ってくれているけれど、赤髪や銀髪の知り合いは残念ながら俺には……いや、いないこともないか。
取引先の海外企業には、赤髪や銀髪の美人さんも少なからずいたのは間違いないから。でも、こんな15~18歳くらいの美少女とは、知り合いではないのは確定しているはずなのだ。
……いや、今の時点で重要なのは「そこ」ではないか。
とりあえず――
「二人とも、涙を拭こう??」
――格好つけさせてもらいましょうか。
(次回につづく)