第20話:エゼルと出会った時の記憶⑤
俺が見守る中で、過去のエゼルが小さく苦笑した。
「最後に、何か言っておきたいことは無いか? エゼルを追い詰めたDMとDCとして、エゼルの記憶の片隅に残しておきたいからな。あ、でも――つまらないことは言うなよ? 本当に一言だけだ」
余裕な表情のエゼルに対して、過去の俺は混乱している。
なぜDPアタックを避けられたのか? なぜ敵対している中級天使が立っていられるのか? そして、これからどうしたらいいのか?――そんな思考の渦に巻き込まれそうになっていた俺を、過去のディルが現実に戻してくれる。
『おにーさん、私ちゃんも協力します!! もう【身代わり】が使えないのでDPアタックは無理ですが、残り1万2000DPあります! これ以上は鼻血も出ない、カツカツピンチの領域に入っちゃいますが、私ちゃんとおにーさんが生き残らないと何も始まりませんからっ!!』
そう、「ディルが俺のことを信じてくれている」というその気持ちに、あの時の俺は自分を取り戻せた。彼女に真摯に向き合って、最後まで一緒に足掻くと決めたことを俺は思い出していた。
俺の表情に生きる力が戻ったせいだろう、少し驚いたような目で、エゼルが過去の俺とディルを見た。
その瞳には、好奇心と軽い称賛の色が伺える。
「ん? その気配……まだ、諦めていないのか?」
「諦めるには、まだ早いだろ?」
「私ちゃんもおにーさんと同じです!」
格好付けた過去の俺達の言葉に、過去のエゼルは満足げに口元を緩めた。
そして、ゆっくりと言葉を口にする。
「……そうか。その言葉、忘れないようにしよう。お前達は、とっても面白かったぞ。あと10年後、いや4~5年後に出合っていたら、エゼルが苦戦しただろうなと思えるくらいにはな!」
エゼルの賞賛の声はまだ続く。
俺達との別れが、どこか名残惜しいと言いたげな雰囲気を発しながら。
「それじゃ、2人ともまた来世で会おうな。できるなら、お前達みたいな面白い奴らとは、今度は味方同士で会いたいぞ」
過去のエゼルは微笑むと、ゆっくりと別れの言葉を口にした。
そして間髪を置かずに、光属性の上級魔法【光ノ炎】の短縮詠唱を口にする。
「深く昏い深淵を照らす光、その白き炎を我らの前に示して、照らし出せ!!」
過去のエゼルの短縮詠唱が終わったその刹那。
彼女が魔法を発動させるために息を吸い込むその直前――295㎏の『キシ〇トールの微粉末』が、彼女の頭上ギリギリに具現化された。
そして重力に基づいて自然と落下する、大量の白い粉。
「ひかrino――うわ、ちょ、コレ――ゲホゲホッ! ごホッ――」
大量のキシ〇トールが、エゼルを真っ白な粉人形に変えた。
その直後、ディルの魔法が発動する。
エゼルの周囲だけを闇魔法の膜で覆うように囲み、その中で緩い竜巻を起こしたのだ。そのせいで白い粉末が隔絶された空間の中でミキサー状に渦を巻き、ホワイトアウト状態となっていた。
なお、この時の俺は「詠唱を阻害するためだけ」にDPでキシ〇トールで取り寄せたのではない。
けもみみのエゼルにとって、この白い粉は劇薬だと予測を立てていたのだ。
犬や狼にキシ〇トールを食べさせたらどうなるか? 答えは、低血糖でぶっ倒れるだ。
人間にとっては、甘いだけの代替甘味料でも、犬や狼にとっては劇薬になる。彼らがキシ〇トールの大量摂取した場合、すぐに低血糖で動けなくなり、最悪の場合30分~1時間で死亡する。
これは、ある意味で大きな賭け。
例えば、キシ〇トールが「万人に対する毒物」だとこっちの世界で認識されていたら、【毒無効】のスキルが付与された装飾品の効果が発動して、中和されるかもしれなかった。
あるいは、けもみみを持っていても獣ではないエゼルにはキシ〇トールが効かないかもしれなかった。
でも、俺はその賭けに勝つ。
実際、目の前にいる過去のエゼルは、HPやステータスが大幅に減少していた。【体力枯渇】【魔力枯渇】【全ステータス低下・極大】【行動低下・極大】などの状態異常もついている。
事実上、エゼルのステータスは、そこら辺にいる10歳前後の子どもと同じ程度の数値に低下していた。
「かはっ。――あれ? なんか、力が、入らなぃ!?――っ!!?」
レベル6のディルの気まぐれで、あっさりとエゼルをコロコロすることが可能な状況。
だからこそ、窮地を脱した過去の俺は――白い粉まみれで怯えた目をしているエゼルに、真面目な表情で声を掛けたんだ。
「俺と契約して、俺達の仲間になりませんか?」
(次回につづく)