第16話:エゼルと出会った時の記憶①
「あでゅ~(≡ω)ノシ」
別れの言葉とともに、監視用の魔道具を破壊したエゼル。そして俺達がいる迷宮の最深部へと侵攻を開始した。
でも、その時の俺の種族はまだ人間のままだった。
だから俺は「このままでは、ディルのお荷物になるだけ」「ダンジョンマスターとしての力を手に入れなければ、俺は生き残れない」「ダンジョンマスターとしての力の使い方を教えて欲しい」――と若干早口でディルに提案する。
そんな俺に頷きを返してくれるディル。
「はい、ダンジョンマスターの力に目覚めていないと、水島おにーさんは普通の人間ですからね。さっそくですが、私ちゃんことカンディル・バイオレッドと契約して下さい!」
「ああ。だが、その前に1つ聞きたい。きみの――いや、カンディルの正体は?」
この時の俺は、ディルの正体がダンジョンコアだとは気付いていなかった。赤髪の可愛い女の子で、どこか吸い込まれるような『怖さ』のある魔物だとは感じていたのだけれど。
そして明かされる、ディルの秘密。
「……私ちゃんは、私ちゃんの正体は、ダンジョンコアです。人間でも魔族でも獣人族でも天使族でも何でもなくて、ただのダンジョンコアなんです……」
泣きそうな表情で、ディルは言葉を続ける。
「実は……私ちゃん、『ただのモノ』なんですよ。DCなのに……たった……たった3500DPで生成された……消耗品の……モノ……なんです」
消耗品、そう自身のことを例えたディルの説明は、まるで血を吐くような声だった。自身のことを『ただのモノ』と言い切ったディルに、もう一人の俺も狼狽を隠せていない。
でも、そんな俺に対してディルは言葉を続ける。
「本来のダンジョンコアは、もっと静かで落ち着いた『お姉さん』なんです。私ちゃんの同期は、みんな大人っぽいダークエルフやサキュバスで、50,000DPはするDCなのです。……でも、私ちゃんだけ、なぜか……成長途中で……宝石型DCよりも低いDPで生成されて……」
「そっか♪ それじゃ、ディルは欠陥品のダンジョンコアなんだね」
正直、時間が無かった。
いやそれ以上に、マイナスの言葉を自信なさげな顔で口にするディルを、その時の俺は見たくなかった。だから、あえてキツイ言葉を口にしていた。
両目に涙をいっぱいにためて、絶望したような目をするディル。
そんな彼女の頭に、もう一人の俺はポンポンと優しく右手を置く。
「安心しろ♪ 俺はディルを消耗品なんかにしない。10年や20年どころか、最低300年は一緒に生きるぞ。最短で世界征服、成し遂げてやるから、それを一番近くて見ていて欲しいな♪」
言葉を区切って、ディルの頭をゆっくりと撫でる俺。
「その代わり、世界の半分をお前にくれてやる。だから、今この瞬間から――そんな顔は、もうするな。ダンジョンマスターな『水島おにーさん』との約束だ♪」
ダンジョンマスターとダンジョンコアは、一心同体。
それが、異世界ダンジョンモノのお約束だろ?
そんなあの時の俺の気持ちが通じたのだろう、ディルの瞳に光が戻って覚悟を決めた顔でもう一人の俺を見た。
心を鷲掴みにされるような、危ない力を持ったディルの紫水晶色の瞳。
彼女の眼差しがすぐ近くに無いと、俺は「世界征服」を頑張ることは出来ないだろう。でも逆に、彼女のこの瞳さえあれば、俺は誰が相手でも、何が相手でも、頑張れるような気がしていた。もちろんそれは、今の俺も変わらない。
そして、涙目で笑顔のディルともう一人の俺が笑いあったその瞬間――モニター越しじゃない生身の笑い声が聞こえてくる。
「フフフ、はははっ、フハハハハハッ(≡ω)ノ」
俺達が視線を向けたその先には、銀髪のケモ耳天使が、鍾乳洞の光と闇の境目に仁王立ちで立っている。
そして冷たく固まる、周囲の空気とディル達の身体。エゼルから発せられる威圧感は途轍もなくて、その時の俺は身体を震わせることすら出来なかった。
ダイヤモンドダストのような不思議な粒子。それが生み出す光がギリギリ届かない薄暗い鍾乳洞の闇の中。
ゆっくりと、銀髪のケモ耳天使がこちらに近づいてくる。
一歩一歩が無警戒にも見える軽い足取りと、フリフリとご機嫌そうに揺れている銀尻尾。
純白色と宵闇色の羽が碁盤状に綺麗に入り混じったその翼だけ、周囲を警戒するように大きく広がっている。
「ほう、その紫色の瞳は、吸血鬼型のダンジョンコアか?」
エゼルは、とても珍しそうな視線をディルに向けて、言葉を続ける。
「ははっ、吸血鬼型のダンジョンコアとは、ガチで珍しいなぁ♪ 精神操作で男のダンジョンマスターを操って、心も身体も喰い散らかすだけ喰い散らかして、最後にはサクッと殺してから、後腐れなく別の男に乗り換える『最低なやつら』がココに居るなんて」
挑発するような言葉。軽蔑するような視線。
「120年前に地上から絶滅させたと、先輩の天使に聞いたがな??」
聞こえてきたケモ耳天使の言葉と同時に、隣にいたディルが「びくっ!!」と身体を震わせる。
下を向いて俯いているディル。
その震えが止まらない左手を、そっと右手で軽く握るもう一人の俺。
分かっている、ディルはそんな子じゃないってことくらい。正規品のダンジョンコアの『お姉さん達』がどうなのかは知らないけれど、欠陥品なディルは違う。――そんな風にあの時の俺は思っていた。
「ふ~ん、お前ら仲がいいのな? まだ、精神操作が軽いのか?」
エゼルがもう一人の俺の方に視線を向けて、驚いたような表情を浮かべる。
パクパクと口を動かし、ごしごしと目をこすって、もう一度パクパクと口を動かして。
「――もしかして、お前、ただの人間なのか? まだ、この吸血姫型のダンジョンコアと未契約なのか??」
そして、小さな呟き声が聞こえてくる。
「ぼそっ(どうしよう……? この男、犯罪歴もぜんぜん無いし、これじゃ勝手に殺せない……)」
急激に弱くなったエゼルの圧力。
これは、もう一人の俺達に与えられた「最初で最後のチャンス」だった。
小さな光が見えた彼は、ゆっくりと、そうゆっくりと敵対していた彼女との交渉を口にする。
「……そうですね。俺は、まだ人間ですよ? 信じてもらえるかは分かりませんが……」
(次回につづく)