第15話:ディルと出会った時の記憶
気が付くと、俺はモニターの中に立っていた。
うん、自分でもどこか日本語がおかしいと気付いている。
なぜ「モニターの中に立っている」と認識出来るのか?
それは、さっきまで画面越しに見ていた「記憶を失う前の俺とディルのやり取り」を、第三者の視点で再び見ている俺がここにいるからだ。
今の自分の身体は半透明になっていて、ディルやもう一人の俺には見えていない。
2人にそっと声をかけても、何も反応が返ってこないことを考えても……俺は「モニターの中の世界」には干渉が出来ないと思われる。
だから、じっとモニターの中の世界で行われている「過去の記憶」を見守って、自分なりに追体験することに決めた。
さっき、ある程度の記憶を取り戻すことは出来たのだけれど、まだおぼろげで不完全だから。
虫食いのように記憶が途切れているのだから。
そして全ては――ディルの嬉しそうな声で始まる。
彼女は国民的RPGに出てきそうなクラシカルな服装で、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳びはねていた。
「私ちゃんの大召喚、成功ですっ!!」
ふんすふんすと鼻息が荒くなるくらい大興奮しているディル。
その一方で召喚された俺は、信じられないモノを見るかのような視線で彼女を一瞥した後、現実逃避をするように視線を外した。
「もうっ!! 何で私ちゃんを無視するんですかっ!? 流石の私ちゃんも、プンプンですよっ!?」
無視されて怒り出すディル。
仕方がないなぁという表情を押し殺して、一見丁寧に見える「事務的な対応」を返す俺。
そして何回か「ちぐはぐで噛み合わない会話」のキャッチボールを繰り返した後、真剣な表情のディルがドヤ顔であの言葉を口にする。
「私ちゃんと契約して、ダンジョンマスターになってよ?」
「……これ、アカンタイプの召喚だわ……otz」
ぐったりと項垂れる俺。
キョトンとした表情を浮かべた後、ぷんすかと怒り出すディル。
そんなディルに対して、論点をずらすことで対抗する俺。
そう、この時の俺は「異世界召喚は誘拐だから、どう責任を取るの?」とディルに笑顔で問いかけて、彼女を追い詰めていた。
まだこの時の俺は、ディルのことを「自分の夢の中の登場人物」くらいにしか認識していなかったし、自分の夢の中の人物だから、好き勝手にいじっても別に良いだろうと軽く考えていた。
その結果――ディルは俺に対してブチ切れる。
「もぅ! 分かったもんっ!! ダンジョンマスターになってくれたら、何でも、何でも一つだけ願いを叶えてあげますッ! 私ちゃんに出来ることなら、全力で何でも1つだけ願いを叶えてあげますからっ! ――男の人にはそう言えば良いって、ダンジョン女子の先輩が言っていましたもん!! 何か間違っていますかね!!?」
我ながら、この場面はちょっと苦笑してしまう。年頃の女の子が、男性相手に口にして良い言葉ではないから。
実際、俺も本気じゃないけれど、ディルをいじめたくなってしまっていたし。
「何でも言うことを聞くって言ったよね?」
俺の追及に驚いて、泣き出してしまうディル。その涙を見て、ようやく自分の過ちに気付いた俺。
泣いているディルにハンカチを渡して、何とか仲直りをしようと試みるけれど……気まずい沈黙が広がってしまう。
「ごめんね、意地悪して」
謝罪した俺に、ディルはどこか冗談っぽい笑みを浮かべる。
「水島さんは……ほんとうに、意地悪でした。でも……だから……責任、取ってダンジョンマスターになって下さい♪」
「……かわいく言っても駄目だよ? ダンジョンマスターにはならないよ。人類の敵、まっしぐらだからさ?」
「え~~」
「えーじゃないの」
「んじゃ、もっと可愛く言ってみます!! みっ、みみ、みっ、水島おにーさん(///ω)ノシ」
「「ぐはっ!!」」
思わず2人で悶えてしまった俺とディル。
いや、それを見ていた「今の俺」も悶えていたから、3人で悶えてしまったという表現が正しいかもしれない。
そして、ディルが笑顔で俺をDMに誘ってくる。
「ダンジョンマスターになって下さい(///ω)」
「それとこれは、全然話が――」
違うんだよ? と優しく言いかけたもう一人の俺の言葉を――大きな轟音と振動が遮った。ビリビリと空気が震えて、鍾乳洞の石灰氷柱から水の雫が雨のように降り注ぐ。
侵入者がやってきたのだ。
そう……中級天使の彼女が、DCとDMを殲滅させるために、俺達のダンジョンにも攻めてきたのだ。
監視用のモニター越しに姿を見せたのは、銀髪の狼耳娘。
彼女は、俺達に向かって話しかけてくる。
「新米ダンジョンマスターに告ぐぞ。お前を倒すのは、中級天使のエンゼル・マーブルことエゼル様だ♪ せいぜい命が消えるまでの間、生まれたことを後悔して神に祈りな♪ フフッ、あでゅ~(≡ω)ノシ」
どこか暢気な声だけれど、彼女から感じるプレッシャーは計り知れない。
その時のディルはレベル6で、俺に至ってはレベル1。それなのに、エゼルはレベル251だったのだから。
こうして――絶望的な「あの戦い」が始まった。
(次回につづく)