第12話:誓いの言葉と大切な契約。
真っ赤に染まったディルの白い肌。
潤んでいても、意志の強さを感じられる紫水晶色の大きな瞳。
そして、抱き着いている彼女から感じる温かいぬくもり。
「……ディル、本当に綺麗だね」
本当は、もっと格好いい言葉を口にしようと思っていた。せっかくなのだから、印象に残る言葉を選ぼうと思っていた。
なのに――ディルが本当に可愛くて、本当に魅力的で、本当に愛しくて――気が付けば、シンプルな言葉が俺の口から零れていた。
「えへへ、嬉しいです♪」
とびっきりの笑みを俺だけに向けるディル。そして、ほんのりと俺を誘うように、彼女は唇をわずかに動かした。
音は発せられていない。でも、俺にはディルが何を言っているのか分かってしまった。
ディルの唇から読み取れた言葉、それは――「いまは私だけをみて」。
声にならなくても、はっきりとした独占欲を感じる、ちょっとずるい危険な囁き。
すぐ隣でエゼルが俺に抱き着いていることを知っていて、その言葉を選んだディルの魅力にくらくらする。小悪魔を通り過ぎた『魔神的』なディルでさえも、魅力的な女の子に感じられてしまう俺がいるのだ。
視界の端に浮かぶモニターでは、カウントダウンが進んでいた。
残り時間はあと2分16秒を切っている。だから俺は、俺達の決断を形にしよう。
「……ねぇ、エゼル? ちょっといい?」
「ん? 水島おにーさん、どうかしたのか?」
現状、俺の左胸に抱き着いたまま、もふもふな尻尾で俺をくすぐって遊んでいるエゼル。本人は悪戯のつもりだろうけれど……尻尾で背中や太ももにじゃれついてくるなんて、めちゃくちゃ可愛いとしか言えないよ?
でも、涙を呑んで離れてもらおう。そうしないと、俺の考えた『作戦』は遂行できないから。
「ディルとDM契約する時に、しっかりとディルと向き合いたいからさ。ちょっとだけエゼルが俺の身体から離れてくれると、助かるんだけれど……どうかな?」
真面目な雰囲気を察してくれたのだと思う。
エゼルが小さく笑って頷いた。
「うむ、りょーかいだ(≡ω)b ちなみにエゼルと契約する時には、エゼルとも向かい合ってくれるんだろう?」
「そうだね、そういうことになるよ」
「なら、ちょこっと名残惜しいが、水島おにーさんから離れるのだ♪」
すぐに抱き着く腕の力を抜いて、俺から離れるエゼル。
そして、くるりっと後ろを向いたかと思うと、大股でゆっくりと歩き出す。
「1歩、2歩、さ~んぽ!!」
3歩目はかなり大きく5メートルくらいジャンプしたエゼルだけれど――うん、今は突っ込むのは止めておこう。
ディルが俺の方を落ち着かない様子で見つめているし、エゼルも俺達に気を使ってくれたのだから。
なお、エゼルが俺から離れる時に「もきゅっ」と自己アピール&誘惑をしてから、ドヤ顔を作って離れていったのは、俺とエゼル2人だけの秘密になるだろう。この状況では、ディルにはとても言えないし。
「さて、ディル?」
「はい」
俺の呼びかけに、お淑やかな声で返事をしてくれたディル。でも俺に抱き着くディルの腕には、ちょっと痛いくらいの力が込められていた。
多分、ディルも緊張しているのだろう。俺も緊張しているけれど、優しくしてあげないといけないなと感じた。
「ディル。DM契約をしようか?」
「はいっ♪」
改めてディルが返事をしてくれたのを聞いてから、俺はディルの背中と腰に腕を回して――ディルの耳元でゆっくりと言葉を口にする。
「もしも嫌だったら、すぐに言って欲しい」
「嫌? 何がです?」
「んー。とりあえず、腕の力を抜いてみて?」
「はぃ? 腕の力を抜くのですよね?――きゃっ!?」
疑問形のディルの声は、すぐに小さな悲鳴へと変化した。
腕の力が抜けたタイミングで、俺が彼女を『お姫様抱っこ』したのだから。
「はわ、はわ、はわわわぁ~(///Δ)ノシ」
ディルが可愛い声をあげながら、目をぐるぐる回している。
掴みは上々。視界の端に浮かんでいるモニターの表示は、1分31秒を切った。
さぁ、ここまで来たんだ。
とびっきり格好付けて、最初で最後で最高のDM契約をしようか♪
「ディル?」
ゆっくりとした俺の呼びかけに、ディルの両目が俺を見る。
潤んだ瞳。紅く染まった顔。こくりっと動く彼女の小さな喉仏。
――あ、ヤバい。
格好つけてスマートにキスする予定が、ディルの魅力に俺の方があてられそう。
思考が一時停止を起こしそうになった瞬間、ディルが小さく微笑んだ。
「ふふっ。おにーさんも、緊張しているのですか?」
「そうだね、ディルが可愛すぎて何も考えられない」
「普通なら、嘘っぽく聞こえるのですが――今のおにーさんの顔を見ていると、嘘には見えません。私ちゃんは、幸せ者です♪」
「俺も、幸せだよ?」
2人で小さく笑い合う。
女勇者のタイムリミット? そんなものは、今だけは放っておく。
ゆっくりと、ディルが唇を動かした。
「私ちゃんは、おにーさんだけのダンジョンコアになるのです。私ちゃんの隣に立っているマスターは、おにーさんじゃなきゃ嫌なのですよ♪」
「俺も、ディルやディルの大切な人達を護れるダンジョンマスターになるよ。俺の隣に立っているのは、ディルやディルの大切な人じゃないと俺も嫌だから」
「……はいっ♪ 私ちゃんだけじゃないところが、ちょっと妬けちゃいますが、許してあげます♪ だから、幾久しくお願いします」
「ありがとう。俺の方こそ、幾久しくお願いね」
彼女の甘い香りと温かいぬくもりが、なんだかとっても愛おしい。
俺はこの子を一生大切にする。だから――俺の腕の中で静かに『その時』を笑顔で待ってくれている彼女に――永遠の愛を誓おう。
お互いに、小さな微笑みを浮かべて笑い合う。
ゆっくりと目を閉じながら、顔を少し上げて俺に近づいてくるディル。
そして、俺達は唇を重ねる。
ゆっくりと、ゆっくりと、お互いを確かめ合いながら――俺達は絆を交わした。
(次回につづく)