第10話:守る力。護れる力。
「……えっと、誓いのキスをすると、俺はDMになれるの??」
「はいっ! キスすることで人族からDMに成れます♪」
「うむうむ、キスは大事なのだ(≡ω)b ディルの後でエゼルとも、配下契約のためのキスをするぞー!」
俺の右胸に抱き着きながら、赤く染まった顔で「キスが必要」だと笑顔で口にしたディル。
俺の左胸に抱き着きながら、のんびりとケモ耳をパタパタさせながら「後でキスするぞ!」と嬉しそうに口にしたエゼル。
2人とも瞳がとても潤んでいて、なんだか頭がくらりと来そうになる。
これ、確実に女の子特有のフェロモンを発していると思う。
だけど、俺の頭の中の「正常な部分」が警鐘を鳴らしていた。
可愛いディルやエゼルとキスできることは、本当に男としては嬉しいよ? でも、俺の社会的な立場とか、人間としての超えちゃいけないラインとか……きっと色々と問題があると思うんだ。
でも、そんな風に頭の中でブレーキを一瞬かけてしまったのは、大きな間違いだったらしい。
「おにーさんは、私ちゃんとキスをするのは、嫌なのですか……?」
しゅんとしたディルの声が聞こえてきたのだから。
そしてその声が、俺に告白した七社と何故か被ってしまって……俺の身体と心は一瞬で動きを止めた。いや、拘束されてしまったという表現の方が正しいか。
なんでだろう、この声色はちょっとずるい。
そして、あることに気が付いた。纏っている雰囲気が全然違うから、今まで気づかなかったけれど――ディルは七社にとても似ている。いや、改めて考えてみると正直、姉妹だと言われても納得してしまうくらいに顔や体格が似ている。
なんで俺、今まで気づかなかったんだろう??
纏っている雰囲気が違うから? ディルの方が色白で、お淑やかな雰囲気だから??
「うぐっ、ぐしゅっ……」
唐突に聞こえてきたディルの嗚咽。
まずい! 考え事をしていて、ディルに返事をするのを忘れてた!! なんだか俺らしくないミスが多い。
とりあえず、すぐにディルに謝ろう。
「ディル、ごめん。ディルとキスするのは……その、なんというのか――「嫌なのですよね?」」
途中で遮られてしまった俺の言葉。弱々しいディルの声。
大きなぬいぐるみにしがみつく子どものように、俺の胸に顔を埋めてじっと動かなくなったディル。
俺の視界に入っているディルの右手に、ぎゅっと力が入っているのが分かってしまった。
……ああ、もう。
なんで俺はディルに、こんな声や態度をさせているんだよ。
「嫌じゃない。ディルのことは、嫌じゃないんだ。ただ……年齢差とか考えると、ちょっとだけ、その、俺が元いた世界じゃ――「なぁ、水島おにーさん?? とりあえずさ、コレを見た方が良いんじゃないか?」――え?」
そう言ってエゼルが指さした先には、タイムリミットを示す時間の表示が。
俺が迷ったり、言葉のクッションを置いたりしている間にも、時間だけは進んでいると彼女は言いたいのだろう。
「女勇者が攻めてくるまで、あと4分を切ったぞ。さぁ、水島おにーさんが今するべきことは何か――エゼルが言わなくても分かるよな??」
俺がするべきこと――それは、DM契約だ。
俺の中で済むことならば、何を犠牲にしてでも“護るための力”を手に入れないと始まらない。
そして、攻めてくる女勇者を撃退しないと、俺達のダンジョンは終わってしまう。
もう、とっくに覚悟を決めたはずだった。
だけど、俺はまだ「世間体」とか「常識」とかに囚われていたみたいだ。
そんなもの、こっちの世界では何の役にも立たないだろうと予感しているのに。
「エゼル、ありがとう。自分の不甲斐なさに気付いたよ」
「ん、なら良し(≡ω)b」
ぴしっと親指を立ててはにかむエゼル。格好良いな、ってマジで感じる。
でも、その頬が少し紅いのは……考えるだけ野暮ってやつだと思う。
とりあえず今は、うつむいて動かなくなってしまったディルに笑顔を取り戻してもらおう。
そして「DM契約」をしよう。
そっと、俺にしがみついているディルの頭に右手を添える。
ゆっくりと髪を撫でると、ぴくりっとディルの身体が小さく震えた。
うちのお姫様は、少しだけ手強そうだ。
でも、それが「可愛くて良いな」って俺自身は感じてしまう。
多分、俺が……ディルのことを大好きになっているせいだろう。だから、自然とその言葉を口から出せた。
「ディル、好きだよ」
小さく息を呑む音が聞こえた。
ぎゅっと握られた手が、小刻みに震えている。
「――ディルを守る力を、ディルの大切な人を護れる力を、俺に下さい」
(次回につづく)