第0話:あの日の戦い。巻き戻された時間。忘れてはいけない記憶
「その答えは正解では無いわ」
そう言って苦笑すると、特級天使がにぃっと壮絶な笑みを浮かべる。
直後、俺達の頭上に出現する無数の羽。羽。羽。
ゆっくりと舞い降りてくるソレは――
「くふふっ♪ 正解は『時を巻き戻す羽を、****させることが出来る』でした。残念ねぇ~♪」
――特級天使の言葉と共に、加速する。
『エゼルっ!!』
羽の範囲からエゼルを突飛ばそうとした瞬間、なぜか俺は彼女に抱きしめられた。
そしてそのまま俺を強引に押し倒して、腕立て伏せをするみたいに、身体の上に覆いかぶさってくるエゼル。
悲しそうな表情を浮かべた直後、彼女の背中に、普段は隠されている黒と白の綺麗な羽が広げられた。
思考加速状態なのに、時間がゆっくりに感じて――何もできない自分を認識して愕然として――気付いた瞬間には、エゼルの翼が俺達に向けて落下してくる羽毛を、全て受け止めた後だった。
『悪ぃ、水島おにーさん。エゼルはバカだからさ♪ こんな方法しか思い浮かばなかった』
ゆっくりと、俺が守ると決めた人の身体が消えていく。520年分の時間が失われていく。
エゼルが、泣きそうな顔をくしゃりと歪めて、無理やり笑顔を作った。
『ディルのことは頼んだぞ(≡ω)b あいつは泣き虫で甘えん坊だから、1人きりにはしちゃいけないんだ』
エゼルの身体が、もう半分以上も透き通っている。
そんな自身をチラりと見て、フフッとドヤ顔で格好付けてから、エゼルが優しい笑顔を浮かべる。
彼女の目から俺の頬に向かって、ぽたぽたと涙が雨のように零れ落ちてきた。
『エゼルのことは、半年くらいは絶対に忘れちゃダメだぞ? 忘れられたら、エゼルはガチ泣きするからな? そして1年が過ぎたなら……エゼルのことは忘れて下さい……お願いだ』
『エゼル? そんなこt――『悪い、水島おにーさん、時間が無いんだッ!!』――ッ!』
俺の言葉を強引に遮ったエゼルが、困ったように苦笑した後に言葉を続ける。
『それじゃ水島おにーさん、そろそろお別れだ』
覆いかぶさっていた腕の力を抜いて、エゼルが俺に顔を近づけてきた。
そして重なる、震える言霊。優しく触れたソレはすぐに離れて――。離れたはずなのに――。エゼルの顔の輪郭がぼやけて見えない。
『水島おにーさんが、そんな顔するなよ(≡ω)ノシ こんな状況でも、エゼルが惚れた水島おにーさんなら、何とかできるはずだろ? 期待しているからなっ♪』
ドヤ顔のイメージをのせたテレパシーを送ってきて。エゼルは光の粒が崩れるように、ゆっくりと消えていった。
そして――エゼルの翼から零れた黒い羽毛が、1つだけ、俺の顔の上にゆっくりと降ってきた。
特級天使のモノとは違う、温かい気持ちを感じるエゼルの羽。それが俺の頬に触れた瞬間――世界が真っ黒に染まって固まった。
エゼルの願いで、小さな奇跡が起きたのだ。……いや、起きてしまった。
ゆっくりと時間が巻き戻る。人々の記憶と世界の交差点を、すべて無かったことに改変しながら。
(次回につづく)