累々(るいるい)たる澱
瑠璃は、林の中にいました。
坩堝の地のはずれの林で、ここのところ、動物が傷つき倒れていることが続いていたのです。
いつもならば、けものたちがうごき草のすれる音、鳥のさえずり、虫のとぶ音とにぎわいを見せている林が、なにかをこらえるように、しん、としています。
これといってあやしいものはみあたりません。もしかすると、とても小さななにかだろうか?
そんな風に考え、瑠璃は目をこらしながら、ゆっくりと林の中を歩き進みました。
しばらく歩いたところで、木のひくいところ、根元のすこし上あたりに、なにか赤いつぶがあるのが見えました。
なんだろう、と足を止めてよくよく見ますが、わかりません。
瑠璃の青い目でもわからないもの――。
はっと思いあたったときには、もうなにもかもが遅かったのです。
瑠璃のその足に、とてつもない力で、それは巻きついていました。
すさまじい力で地べたを引きずられながらも、必死に顔を動かし、瑠璃が見たものは。
彼女をとらえる、赤い澱。
土をつかもうとも、木につかまろうとも、その赤い澱は瑠璃をむしり取るように引きずり、林を抜け、野を越え、やがて坩堝の地とそとの堺まであっという間につれてきてしまいました。
そとに出てしまう。あとのこり四百二十一日だったのに、また一日目からやり直しになってしまう!
瑠璃はとても焦り、悲しくなり手を伸ばしますが、もう、つかめるものもありませんでした。
ついに、坩堝の地のそとに出てしまいました。
そこまでくると、澱は瑠璃を引きずることなく、ただただその足に強いちからでからみつきました。
そこは光のあまりささない、水の溜まった土地でした。こうべをたれた枯れ木がいくつもならび、くろいつたが這う、寂しいところです。
そこには、男の子がいました。
その子は、赤く、とてもみにくい目をしていました。
あなたはだれ、どうしてこんなところにつれてきたの。
おまえのことが気にいったからさ。
じゃあふつうに遊ぼうっていえばいいじゃない。
べつに遊びたいわけじゃないよ。
ひどい、どうしてこんなことをするの。
べつにひどくないよ。たのしいことしているだけさ。
いたい。やめて。
ぼくはいたくないよ。
つらい。やめて。
ぼくはつらくないよ。
くるしい、やめて。
ぼくはとてもたのしいよ。
かえりたい。
もう少ししたらね。
たすけて。
たすけなんて呼んでみろよ、みんなおまえと同じようにしてやるから。
おねがいだから、もうかえしてよ。
また。そればっかりだ。
おねがいだから、もうかえしてよ。
やだよ。おまえのたのみなんて聞いてやらないよ。
かみさま。
かみさまなんていないよ。
かみさまはいるよ。
いないよ。いるならなんでおまえはこんな目にあってるんだよ。
かみさまはいるよ。
いないよ。その証拠に、だれも、おまえをたすけにこないじゃないか。
かみさまはいるよ。なにもしないし、できないけど。
それでも。
いつも、みている。
その言葉が気にくわなかったのでしょう。
赤い目の男の子は瑠璃ののどを裂き、燃えさかるたいまつの火をあてて、焼いてしまいました。
もう、たすけを呼ぶことはできません。
もう――うたうこともできません。
瑠璃はそれがなによりもつらく、悲しく、その青い目からは、とめどなく涙がながれました。
それでも、目をこらします。
何度も何度もこころみたことですが、ここからのがれる未来をつかもうとしても、男の子のあのいやな赤い目が、それを許さないのです。
瑠璃の見た未来を、あざ笑うように打ち払ってしまうのです。
打ちたおされ、這いずり、踏みつけられたとしても。
それでも、目をこらします。
瑠璃は死にます。
どんなにがんばっても、それはもう、くつがえせないことでした。
それでも、目をこらします。
わたしの死が、のがれられないことであるならば。
それならば、その先を。
――わたしは、死の先の未来をみよう。
瑠璃の見たものは、どんな未来だったのか。
それは別のお話にて。
次で一区切りです。
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