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る、る、る、る、る、る、る  作者: 蜂矢ミツ
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坩堝(るつぼ)の地

 そこは、いろんなものが溜まる土地でした。よいものも、わるいものも。


 そのため、いつしか『坩堝の地』と呼ばれるようになりました。


「ようこそ、瑠璃。早速今日からよろしく頼むよ」


 その地には、一本の不思議な樹がありました。

 なんと喋るのです。そしてその樹は、お守りをつくるための枝を、瑠璃に分けてくれた樹でもありました。


「きみにあげた枝のお礼に、しばらく僕を手伝ってほしいんだ。そうだねえ……一万日ほどこの地にいてくれればいいよ」


 いちまんにち。それは一体どれほどの長さでしょうか。瑠璃は樹に問いました。


「きみは今六つだったね。六年といえば、およそ二千と二百日くらいだね。一万日はその四・五倍といったところかな」


 なんという長さでしょう! 瑠璃がこれまで生きてきた時間の何倍も、ここにいなくてはならないなんて!


 その間、ロウにも、お母さんにも、お父さんにも会うことはできないのです。

 瑠璃はびっくりして、悲しくなって、その青い目から大粒の涙をぽろぽろこぼし、泣き出してしまいました。


「ああ、ああ、泣かないでおくれ! そうだねえ、人の子の時間は短いのだった。一万日は、あまりに長い時間だね。それじゃあ、きみのこれまで生きてきた時間のおよそ半分、千日ならどうだい」


 瑠璃は考えました。あのすばらしいお守りをくれた上に、最初に言った日数からはずいぶんと短くしてくれたのです。


 千日くらいは我慢しなければ、釣り合いはしないでしょう。それに、泣いた瑠璃を慰めて、いたわってくれるやさしい樹です。手伝ってほしいということだって、きっとすてきなことにちがいありません。


「いいのかい? よし、それじゃあ決まりだ。といっても、ただこの地に留まってさえくれれば、好きに過ごしていいからね。


 ついでに、たまに僕の頼み事を聞いたり、住人たちの話を聞いたりしてくれると、とても嬉しい。

 なぜかというと、僕の手伝い、と言っても具体的にこれといってやることはなくてだね


――僕のしたいことというのはとても曖昧で、正解のよくわからない、むずかしいことなんだ」


 樹はなんだか気恥ずかしそうに言い淀み、しばらく間のあいたあと、またゆっくりと喋りだしました。


「僕はね、この地にいるものをみんな、幸せにしたいんだ」


 しあわせ。すてきなことですが、よくわからないことでもあります。人によってまったく違うでしょうし、なにをもってしあわせになったといえるのか。

 瑠璃は考え、その目で正解を紐解いてみようとこころみましたが、なんにも見えてきませんでした。


 ただ――自分の『しあわせ』について考えてみると、ロウの背中に顔をうずめ、眠っている自分の姿が見えました。


「そう、むずかしい。でも、ずっとずっと昔にね、決めてしまったんだ。この地のもの全部幸せにしてやるぞ、ってね。


 どうしたらいいかとがむしゃらになって頑張ってみたけれど、いまだに達成できないんだ。

 諦めがわるすぎて、どうしようもないんだ、まったく」


 そんなことを考えて、守りはげましてくれる樹がいるだけで、みんなとてもしあわせなのではないかしら。


 瑠璃はそんな風に思いましたが、言葉にはしませんでした。樹は、そんなことでは納得しない頑固者であることが、瑠璃にはわかりましたので。


 坩堝の地での暮らしは瑠璃にとって、そんなにわるくはない、むしろ楽しくすらあるものでした。

 (もちろん、さびしくて時々泣きそうになっていたこともしばしばありはしましたが)


 喋る樹に名前はありませんでしたが、坩堝の地のみんなから慕われ、「やさしい樹」と呼ばれていました。

 樹は住民ひとりひとりと、つらいことはないか、どうしたら心地よく暮らせるか、日々話をしていました。時にはその貴重な葉を分け、必要であれば実をならし、その身に傷をつけさせ樹液をしぼりだす。

 坩堝の地には痛みを抱えたものが多く流れてきておりましたので、そうしてみんな、樹に助けられながら生きておりました。


 住民は受け取ったもののお返しとして、ふかふかで栄養たっぷりの肥えた土や、清らかな水を運び、樹にお礼を言い時に励ましながら、日々暮らしておりました。


 坩堝の地の住民の中には、『案内人』という役目を担った者がおりました。


 彼らも元々はなんらかの問題を抱え、坩堝の地にたどり着いた者でしたが、すでに癒され問題を解決したため、自分の次に助けが必要でさまよっている者を迎えに行くのです。

 それは樹が定めたものではなく、だれが言い出したものでもありませんでしたが、坩堝の地の古くから続く慣習となっておりました。


 案内人のひとりに、汰一という少年がおりました。瑠璃より歳はいくつか上でしたが、まだ子どもでした。

 汰一は瑠璃が来たことを大層よろこんで、いろいろと世話を焼いてくれました。


 彼は手先がとても器用で、テントを張り、机やベッドをこさえ、あたたかい服や丈夫な靴まで作り、瑠璃の生活にかかわる多くのものを与えてくれました。


 汰一はなんでもつくることができると言っても過言ではないほどに、様々なものをつくることができました。

 その上、自らの手でつくったものに命を与える、不思議なちからをもっていたのです。


 汰一は折り紙で蝶をつくり、内緒だよと言いながら、瑠璃に飛ばしてみせてくれました。


 彼は、自身でつくったものを自分自身に見立て、魂を分け与える。


 やさしい樹は、そう教えてくれました。

 魂が削れてしまうから、あまり大きなものに使ったり、長時間動かし続けたりはしないこと。

 汰一とやさしい樹は、そのように約束しているとのことでした。


 瑠璃は、これまで自分のほかに不思議な力をもった子に会ったことはありませんでしたので、とても驚いたのと同時に、ぜひとも仲良くなってみたいと、親しみを覚えました。


 そして、汰一と同じように案内人の仕事をやってみたいと思いましたが、瑠璃はやさしい樹との約束で『坩堝の地に千日間留まり続けること』と『一日たりとも坩堝の地を留守にしないこと』になっています。

 坩堝の地から外へ出ることはできないため、それは適いませんでした。


 しかし、外にでられずとも、坩堝の地でやれることは限りなくありました。


 ある気持ちのよい天気の朝には。


 坩堝の地を、まっくろな巨人が闊歩しておりました。


 瑠璃と汰一は物陰にかくれ、じっと様子を見ます。

 人の形をしてはいますが、顔もからだもまっくろで、まるで影が立体的になったような見た目をしていました。


 なんでもあれは、日暮れ時の、子どもたちのまだまだ遊びたい気持ちが集まったものだというのです。


 普段は普通の子どもサイズで何体かが遊びまわっているだけですが、しばらくだれも遊んでやらないと、いつのまにかひとつに固まってしまうとのことでした。


 今回は汰一が当番をすっかり忘れて巨大化してしまったため、なんとかしなければならないと瑠璃に泣きついたのです。


 あんなものが歩き回り続けていたら、いつ住処が踏みつぶされてしまうことやら。おちおち眠ることもできません。

 もとに戻す方法はただ一つ、存分に遊んでやり満足させることです。


 汰一の、命がけの鬼ごっこがはじまりました。


 鬼さんこちら! と叫ぶ汰一の顔はまっさおです。


 瑠璃は汰一が間違っても潰されないよう逃げ道を示し、万が一怪我をするようなことがあれば大人を呼びに行く役を仰せつかっておりました。


 あまり身のこなしがよくない汰一は、それはもう必死に走り逃げまどいます。


 巨大化したくろい子どもは、その巨体からは想像もできないほど俊敏で、たやすく汰一の頭をまたぎ脅かすのです。


 根のわるいものではないので、意図的に踏みつぶすようなことはしないでしょうが、間違いで蹴飛ばしてしまうようなことはやりかねません。


 瑠璃は見守っているだけで心臓がとびでそうなほど心配しました。


 もう見ているだけでつらく、なんとかしなければならない、と瑠璃はその青い目を見開きました。


 見えた解決策に、一瞬躊躇はしたものの、勇気をふり絞り、登った遊具からくろい巨人の首へと飛びつきました。


 そして手も足もつかい息まで吹きかけて、思い切りその首をくすぐったのです。


 巨大なくろい子どもはたまらず、前のめりになり止まります。

 瑠璃は汰一にも脚をくすぐるように呼びかけ、そのままそれはもう必死にくすぐり続けました。


 その甲斐あって。

 巨大なくろい子どもはげらげら笑うようなしぐさをしばらく続けた後、ぱっとはじけました。


 それから。


 瑠璃と汰一がぐったりとうなだれている横で、分かたれた後も、まるで何事もなかったかのように、くろい子どもたちは走り回り、遊び続けていました。




 ある少し肌寒い午後には。


 瑠璃は、透明な女の子と手を繋いで歩いていました。


 その女の子は、親、家族、その他周りの人みんなにいないもののように扱われている内に、ほんとうに消えてしまえたらいいのに、と思い続けたために、だれの目にも写らず、気づかれない存在になってしまった子でした。


 皮肉なことに、だれの目に留まらなくなったとしても、彼女の存在までは消えず、生き続けていかなければなりませんでした。


 案内人が女の子を保護したものの、困ったことに、坩堝の地にいても女の子はどこにいるか分からなくなり、存在を忘れられ、ひとりでひっそりと過ごすことが多かったのです。


 しかし、瑠璃が来てからというもの、その生活は一変しました。


 どこにいたって、たとえ隠れたとしても、その青い目は彼女を見つけられました。


 その上ひどくおせっかいで、今日はごはん食べたの、おやつはもらったの、学校いこうよ、あやとりしよう、こおりおにしよう、宿題おしえて、この漢字よめる? などと毎日うるさいことこの上ないのです。


 これまで経験のないことに女の子は目を白黒させてしまって、いちどだけ、うるさい! と怒ってしまいました。


 それはほんとうにそう思ったわけでなく、びっくりしたために思わず口から飛び出てしまった言葉でした。

 (そしてそれは、女の子が親からいつも言われ傷つけられた言葉でもありました)


 女の子ははっとしました。いやじゃなかったのに、うれしかったのに、ひどいことを言ってしまったと。


 こんな時、なんと言うべきなのか。ずっとひとりだった女の子には、どうしたらいいかわかりません。


 女の子が黙り、うつむきそうになったところで。


 瑠璃はきょとんとした後、にやりと笑って、言いました。


 そっか、ごめんね。で、なにして遊ぶ?


 そう言って女の子の手をとり、歩きだしました。


 女の子はまたもびっくりしましたが、今度は手をふりはらうことはありませんでした。


 ふたりは手をつないだまま歩き続け、きれいな花の咲く野原につくころには、たのしいおしゃべりの花を咲かせておりました。




 ある美しい星の出る夜には。


 多くのものが、やさしい樹の下につどい、くつろいでいました。


 別になにか集まりが開催されているわけではありません。

 星の美しい夜には、なんとはなしに樹の下に足を運ぶものがおり、それがひとりふたりと増え、いつの間にやら賑わいはじめるのです。


 火を焚いたり、お茶会をしたり、歌い踊ったりと日によってさまざまですが、瑠璃は大抵そこにいました。

 樹のそばのテント暮らしでしたし、いつもなにかしらのご馳走にあずかれたものですから。


 その夜は、みんなで本を持ち寄り、順々に朗読が行われておりました。

 とはいっても、夜ですから。たき火や星灯りでは字を読むほどの明るさは得られません。


 みんな本を手に持ってはいるものの、それを読み上げることはせず、どこかで聞いた話、空想の話、おもいでの話、ほんとうをまぜたおとぎ話など、それぞれが思い思いのことを語っておりました。


 瑠璃が語るのはもちろん、ロウとのおもいでの話ばかりでした。


 嬉しい時はしっぽをぴんと立てて、目が左右にくるっとうごくこと。


 雨が降ってそとで遊べないときは、しゅんとして窓のそとを眺めながら、しっぽをゆらゆらと揺らしていたこと。


 瑠璃に枕にされていたときは、重いと言いながらも、じっとうごかずに寄り添ってくれていたこと。


 そんなことを話しているうちに、恋しさがつのり、瑠璃はぐっと口をつぐんでしまいました。


 周りは話が終わったのだと思い、また別のひとがたのしい話を語りはじめます。終わりなくにぎわう中、瑠璃は輪をそっと離れ、泉に向かいました。


 その泉は、やさしい樹からさほど離れていないところにありました。


 ふしぎなちからがあり、その泉に飛び込むと、世界のどこかに落ちるのだといわれています。(もっとも、どこに落ちるかわからないそうで、実際に試そうとする人はいませんでしたが)


 そのふしぎな泉のちからを借りると、瑠璃の目であれば、世界中をみわたすことができるのでした。瑠璃はいつも、そこからロウのいるところを眺めておりました。


 ロウがいます。びゅうびゅう吹く風を切り、暗い野原を駆け抜けています。瑠璃にはとても追いつけない、ふたりでいた頃には見たことのなかったはやさでした。


 瑠璃はうたいます。


 る、る、る、る、る、る、る


 ロウの耳がぴくりとうごき、その足が止まります。


 る、る、る、る、る、る、る


 うたが返ってきました。


 それは、合言葉のような、ふたりだけのひみつのような。

 どちらかがうたえば、どちらかがうたを返す。出逢ったころから続く、ふたりのお気に入りのあそびでした。


 る、という言葉をすきなメロディーにのせ、うたいあうのです。


 はなれてしまった今では、唯一ふたりのこころを繋ぐ、大事なあそびです。


 る、る、る、る、る、る、る


 どこにいたって聞こえます。


 る、る、る、る、る、る、る


 どこにいたって一緒です。


 ひとりといっぴきは、遠く離れた、しかし同じくきらめく星の下、いつまでもうたいあっていました。

四話目です。

離れ離れになった、ひとりといっぴき。

離れてたって、いつでも一緒ですがね。


Next>流狼(るろう)

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