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る、る、る、る、る、る、る  作者: 蜂矢ミツ
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瑠璃とロウ

 瑠璃と狼は、とても仲良しになりました。

 長いこと一緒にいた中で、ふたりがどのような時間をともに過ごしたか、少しばかりお話しすることにしましょう。


 瑠璃、というのは赤子の名前です。


 彼女と出会ってほどなくして、狼はそれが赤子の名前であることを知りました。

 瑠璃は、いつも狼の背中に顔をうずめては、きゃっきゃと笑っていました。時々毛が抜けてしまうほど強くひっぱられることや、ひどくいじくりまわされることなどもあり、歯を剥き怒りかけるようなこともままありました。


 しかし狼は瑠璃を甘やかしておりましたので、その無邪気な笑い顔を一瞥すると、ふんっと息を吐いて顔をそむける程度で済ましていました。


 ロウ、というのが狼の名前です。


 名前は瑠璃がつけました。

 ふたりが出逢ったとき、瑠璃は「る、る、る」と言っているように聞こえていましたが、実を言うと「ロウ」と勝手に名前を付けて、何度も呼びかけていたのでした。

 狼だからロウという、子どもらしい、なんとも安直な名前です。ロウもまんざらではない様子で、その名で呼ばれれば、素直に返事をしたものです。


 ふたりはいつも一緒でした。ロウは、そのうちに瑠璃以外にも姿を見せられるようになりましたが、一度おっかない人間の男に怒鳴られ追い払われてからというもの、しばらくはだれにも姿を見られないよう、息をひそめて暮らしておりました。

 さすがに狼だとは思われませんでしたが、大きな野良犬がうろついていると噂にでもなれば、面倒なことになりかねませんでしたから。


 瑠璃が三才を越えた頃には、多少の知恵を働かせることができるようになってきました。ロウとふたりで遊ぶのはとても楽しかったのですが、見えないものとばかり遊んでいると、両親がたいそう心配しましたので、やはりロウを見てもらい、あわよくば仲良くしてほしいと考えました。


 どのようにすれば、それが叶うか。

 瑠璃がただの子どもであれば、きっとなにもできずに終わったに違いありません。


 けれども瑠璃には、特別な青い目がありました。

 それは、遺伝的なものではありません。瑠璃の両親はどちらも黒い目でした。かなり遡っても、黒い目以外の血は混じっておりません。そのため瑠璃が生まれてからと、一体全体どういうわけだ、と騒然となりました。


 しかし最近のかがくぎじゅつとやらはなかなか素晴らしいもので、瑠璃と父母の親子関係は、難なく証明されました。視力に問題もなく、先祖返りか色素が薄かったか等々それっぽい理由で説得され、なんとはなしにそうなのか、と両親がのんきに信じたことで、騒動は終わりを迎えました。

 しかし瑠璃の青い目は、ただ色素が薄いわけでも、先祖返りでもなかったのです。様々なものを見通す、特別な力が備わっていました。


 瑠璃は望む未来、ものの本質、こころといった、本来目には見えないものを見ることができました。


 そんな瑠璃が選び取った行動は、ロウに『子犬の振りをさせる』ことでした。

 ロウ自身すら知らなかったことですが、そんなに姿かたちの変わらない動物であれば、化けることができたのです。


 ロウははじめ嫌がりました。気高い狼である己が、矮小な犬の振りをするなど――と怒りすら覚えたほどでした。


 しかし、瑠璃は言うのです。ちょっと我慢すれば、だれの目も気にせず追いかけっこできるし、じゃれあえるし、前みたいに一緒に眠ることだってできるんだよ、と。(瑠璃が大きくなってからは両親と並んで寝るようになったので、ロウはひとり部屋のすみっこで眠っていました)


 ちっぽけな誇りは、大いなる誘惑に敗北しました。

 その日から、ロウはちいさな子犬に化けて、度々瑠璃の家にもぐりこみました。(そもそもそれまでも常に潜り込んでいましたが、だれの目にも見える姿であらためて、です)


 最初は難色を示していた両親を、子犬らしい愛らしき仕草と賢き芸、そして瑠璃の必死の説得をもって懐柔し。

 ロウは晴れて、瑠璃の家の一員となったのでした。


 それからというもの、ふたりはどこへ行くにも大手を振って、一緒に遊びまわったものでした。


 ある秋の日には。

 瑠璃は、どんぐり拾いに精を出しておりました。もちろんロウも一緒です。


 歳の近い子どもが集まり、だれが一等たくさんどんぐりを拾えるか、また一番ぴかぴかなどんぐりを見つけられるかを競っておりました。


 一番ぴかぴかしたどんぐりを見つけるのは大得意でしたが、瑠璃より歳が上の子どもよりもたくさんどんぐりを採るのは一苦労でした。少しばかりずるをして、ロウの手(あるいは口)を借りようとしましたが、ロウはいたずら好きで、瑠璃にどんぐりを手渡すふりをして、ぱくりと飲み込んでしまうのでした。


 面白がってそんなことを繰り返していたために、ロウはおなかがいっぱいになり、その日の晩ごはんを半分しか食べられませんでした。


 ある春の日には。

 ふたりは桜の木のかげに隠れ、こそこそとある老婦人と老紳士を見守っておりました。


 彼らは昔恋人同士だったのですが、戦争によって生き別れ、その後別々の人と結婚し生活しておりました。その後配偶者が亡くなり、一人寂しく老後を送っていたのです。互いが近所に住んでいるなどとは露知らず。


 瑠璃はそれを見抜き、ちょっとした企てをしてみることにしたのです。


 それぞれに、短い、しかし印象に残る手紙を出して、この日この場所で出会うように仕向けたのです。

 瑠璃とロウは、固唾をのんで見守りました。


 しかし――年月というものは残酷なもので、老婦人と老紳士は互いに気づくことなく、すれ違っただけで終わってしまいました。


 まあ、瑠璃にはそんなことは分かっていました。何事も、一度で諦めるものではないのです。

 その後も瑠璃は不思議な手紙を出し続け、二度目の春を迎えた頃には、老婦人と老紳士は桜の木の下でお茶を飲みながら、思い出話に花を咲かせるまでになりました。


 瑠璃とロウは、その頃には老婦人とすっかり仲良くなって、二人の隣に座り、思い出話に耳を傾けながら、ちゃっかりお団子をごちそうになりました。


 ある夏の日には。

 黄金色が一面に広がる美しい麦畑で、かくれんぼをしました。


 しかし、ロウはなんでも嗅ぎ分けられるよい鼻をもっていましたし、瑠璃は件のなんでも見通してしまう目をもっていましたので、どちらが鬼をやっても、すぐに見つけてしまうのでした。


 かくれんぼ、といえるものではなかったのですが、それでもふたりにとっては大層楽しいことだったようです。その内に遊びは鬼ごっこにかわり、はしゃぎながらしばらく走り回っておりました。


 黄金色の麦畑が夕日であかく染まるころまで、ふたりは、いつまでも遊び続けていました。


 ある冬の日には。

 瑠璃は母に、マフラーをねだっていました。


 ただのマフラーではありません。ロウとふたりで一緒に巻くのに十分な長さを持ったマフラーがほしいと言って、母を困らせました。既製品ではそんな長さのものはないのです。


 しかし、そこは愛情深い母でしたので、不器用ながらも編むことを約束してくれました。まあ、完成したのは頼んでから二回後の冬だったのですが。


 編みあがったカラフルなマフラーを巻いて、瑠璃は大変ごきげん、ロウは首元がわずらわしくてふてくされていました。つけたままいつものように走り回ろうとすると、瑠璃の首が締まってしまいかねませんので、満足に動くことすらできないのです。


 瑠璃も、外で動きもせずただ突っ立っているだけで、寒くなったのでしょう。あったかいけど寒いねと言いながら、久方ぶりにロウの胴に抱きつきました。

 ロウはふてくされながらも、たまには悪くない、なんて思ったのでした。

二話目です。

とても仲良しなひとりといっぴき。

しかし、ふたりは……


Next>涙痕

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